160 繁盛の謎
「……量が多い……」
雑炊は、量が多かった。
おそらく、孤児院時代にお腹いっぱい食べられなかったルディナが、『これくらい食べたかった』と考えた量なのだろう。さすが、メニューのベン図で『量が多い』、『価格が安い』、『ヘルシー』の重複部分に載っていただけのことはある。
……って、いや、確かに雑炊自体は割とヘルシーかも知れないけれど、これだけ量があれば、ヘルシーを売りにするのは如何なものか。
スプーンで掬って食べると、予想以上に美味しい。……そして、材料費にはあまりお金がかかっていない模様。これなら、確かに低価格で提供できるだろう。なかなかやるな、ルディナ!
って、孤児院の時のレシピに、少し具材を追加しただけなんだろうな、多分……。
美味しく完食して、普通に支払いを済ませた。
「美味しかったよ。頑張ってるね!」
お釣りを受け取る時にそう言うと、シルアの頬が少し引き攣ったかのように見えた。
すると、お客さんのテーブルから、驚いたような声が聞こえた。
「おお、シルアちゃんが微笑んでる! 凄い、俺が見るの、これが2回目だよ!」
「俺、初めて……、って、お前、よくあれが微笑みだって分かるなぁ……」
ビックリだよ!
いや、今の頬の引き攣りが微笑みだっていうのも、それが判るお客さんがいるのも、そしてシルアがそんなに滅多に微笑まないというのも、全部!!
私の前で無表情なのは、雇い主の前だから緊張しているんだと思っていたら、まさか、常時だったとは……。
ふと店内を振り返ると、カウンターの向こうにルディナの姿があった。奥で作る料理が一段落して、次はカウンターで作る料理の番かな。
ルディナは、私の方を向いてにっこりと笑い、軽く頭を下げた。うん、ルディナはちゃんと愛想を振りまいて……。
「凄ぇ! ルディナちゃんが、作り笑いじゃなくて本当に笑ってるぞ!」
えええええ、ルディナのいつもの笑顔、あれ、演技だったの! そして、どうしてそれが判るのよ、あのお客さん!!
……まぁいいや、『ファンが付いている』ということなんだろうから。
まさか、ストーカーとかじゃないよね?
よし、今回は、これにて撤収!
……って、この木製の扉についている、5~6ミリ間隔で一直線に並んだ4つの小さな穴は……。
周りをよく見てみると、扉の周囲にもう2箇所、同じような穴が……。
今度、営業時間外に来た時に、ゆっくり話を聞こう。困っていること、私に相談したいこと等があるかも知れないからね。さすがに、いくらふたりに任せるといっても、ちょっと放置し過ぎたよ。
よし、このあたりの飲食店は結構繁盛しているのか、ちょっと周辺のお店を覗いてから帰ろう。
……そして、そんなことはなかった。
そこそこの値段で食事ができる周辺のお店は、夕食の時間帯なのである程度のお客さんが入ってはいるけれど、『Gold coin』程には客席が埋まっていなかった。
それに、他のお店も勿論ウェイトレスには若い女の子を雇っているから、別に無愛想なシルアや胸のないルディナにそんなに特別な集客効果があるとも思えない。
なぜ、新参の『Gold coin』があんなにお客さんを集めることができているんだろうか。別に宣伝も打っていないし。
……謎だ。
* *
「あ……」
隊長さんのところへ行って、私宛のメールの確認をしていると、とある国からの連絡が……。
『朝貢の儀の際に戴きました旅行券を行使致したく……』
あ~、完全に忘れてたよ!
そうそう、第1回と第2回、それぞれ2枚ずつ贈ったんだっけ……。
そして、これは第1回の方の国からだ。ここぞという時のために温存していたのかな。
でも、それなら、今使うべき理由があるのだろうか。例の戦争騒ぎで、私が地球に来るのを控えているということになっている、この時期に……。
まぁいいや、あそこには動植物の分析とか色々頼んでいるし、外交官の人もいい人だったから、とりあえず連絡を取ってみよう。
この後は向こうに戻るから、私がこっちへ来ていることが分かっても問題ない。あの国ならばおかしなことは考えないだろうし。それに、サビーネちゃんとコレットちゃんがいなければ、私ひとりならば大きな問題はない。遠距離狙撃とか爆発物とかで一撃必殺、とかを狙われない限り。
……狙わないよね?
* *
「本日は、よろしくお願い致します」
そう言って私に頭を下げるのは、まだ若い……といっても、30代後半だけど……の官僚さんと、頭髪もお髭も真っ白の、やや小柄な、人の良さそうなおじいちゃん。
……あの小国の、国王様らしい。
ま、王様を相手にするのも慣れたから、今更狼狽えたりはしないよ。
「すまぬな。本当は、若い者を来させて将来のために、と思ったのじゃが、皆がどうしても儂に、と言って聞かぬものでな……」
王様は、なぜか腰が低かった。
私は『しばらく地球に来るのは控える』と各部に連絡していたのに、なぜ、今なのか。
それは、私が連絡を取った外交官が教えてくれた。ま、そこを説明しないと、私から不興を買うのは確実だものねぇ……。
で、その外交官が言うには、王様はどうやら先が短いらしい。
確かに高齢だけど、まだまだ元気そうに見える。でも、病気なんだって。だから、まだ元気そうなうちに、最後の思い出に、と……。
そんなの言われたら、断れないじゃん!
「老い先短い年寄りなどではなく、もっと若い者に経験させて将来のために、と何度も言ったのに、皆がどうしても儂に、と言って引いてくれんでのぅ……」
王様は、私が病気のことを知っているということは知らないらしい。なので、自分の身体のことは黙っているつもりらしかった。
ならば、私も『そんな事情は知らない』。うん、それでいい。
「じゃあ、行きますよ。……転移!」
「おお! ここが、異世界……」
「……と言っても、うちの国とあまり変わりませんね……」
うん、転移したのはうちの領地だから、開発途上の小国の田舎と、あまり変わらない。山と海と畑と農村と漁村。狭い平野部に、小さな町。
……世間一般では『村』と判断される程度だけど、一応は『町』であり、正式には、この子爵領の領都……、って、恥ずかしいから、二度と言わない!
「「「「「オウサマ ヨウコソ!」」」」」
「「「「「オウサマ ダイカンゲイ!」」」」」
「おお……」
道の両側に並んだ領民達が、手に手に持った小さな国旗を振っての、お出迎え。
私が提供したお徳用割り箸とコピー用紙、糊と絵の具で量産した、王様の国の国旗の群れ。歓迎の言葉は、ひとりひと言ずつ覚えさせた。喜んでくれたみたいで、よかった。
手漕ぎの小舟を贈ってくれた国の王様なら、豪華な晩餐会なんかより、こっちの方が喜んで貰えると思ったんだ。……それに、圧倒的に安上がりだしね!
領民達の歓迎に手を振って答えながら、我がヤマノ子爵家領地邸へ御案内。
この国の文明レベルは『異世界懇談会』の参加者は皆知っているし、私の周辺だけは地球からの便利道具があっても全然おかしくない。そして私が通訳しない限りこの世界の者とは会話できないのだから、マズい情報が漏れる心配もない。なので、何も隠す必要はなし。
まずは、邸の見学会から。
基本的には文明レベルの低い建物だけど、ソーラーとプロパンガスを併用した発電システム、水道……実は、給水塔のタンクから給水されているだけ。水の補充は、王都邸(雑貨屋ミツハ)のような電動ポンプではなく、井戸から人力で運ぶ。稼ぎ手を失った家庭の子供にもできる、安全で身体を鍛えられる仕事を提供するというのも、大事なことだ。何でもかんでも省力化すればいいってもんじゃない……、そして無線通信システム等々が設置されている、アンバランスな邸である。
まぁ、私が地球の文明に詳しいということを知っている者にとっては、それくらいは予想の範疇だろう。別に、驚くようなことじゃない。
あまり面白くなかったであろう邸の見学の後は、漁港へ。
「おお、あれは……」
そう、ふたりに見せるために、今日は地引き網漁をやらせている。勿論、活躍しているのは……。
「我が国がお贈りしました舟ですな!」
あの、『朝貢の儀』で贈られた舟が、網の投入の主役である。自分達が贈り、そしてこの旅行の権利を獲得することができた理由である2艘の舟が、主役として大活躍! それを見て、嬉しくないはずがない。
……そして、ふたりの眼が舟から逸れて、浮き桟橋に係留してある、イーラスに……。
「あ」
そう、それは、今までの説明とは明らかに矛盾するものであった。
あんな船を持っていて、小舟を持っていないはずがない。
あちゃ~……。