159 地球(テラ)へ……
新大陸のヴァネル王国の方は一段落したので、地球とサビーネ王国……正式な国名、何だっけ……の方をフォローしとこう。
日本の家の方は、割とこまめに郵便物やメールの確認をしているし、ご近所さんへの『元気に暮らしていますよアピール』もしているから、問題ない。
隊長さんのところ経由の各国への対応は、前回の誘拐事件を利用して、『報復措置で生命力を大量に消費したため、しばらく地球への訪問や活動は控える』と連絡してあるので、しばらくは放置で問題ない。そして、連絡のメールに、『これ以上生命力を無駄に消費したくないから、今度報復措置をする時には、手加減や心遣いは無しで、一発で殲滅することにした』と書いておいたので、安心だ。
……隊長さんが、『どこに手加減や心遣いがあったんだ?』とかほざいていたけど、スルーだ、スルー! 私、スルー力検定、1級資格だよ!
そして、やってきました、私のお店、ギャラリーカフェ『Gold coin』!
今日は平日なので、夕方の繁忙時間帯に、窓からそっと中の様子を窺うと……。
おおお、思っていたよりお客さんが多い! どうなってんの?
いや、そりゃ、閑古鳥が鳴くよりは、お客さんが大勢来てくれて儲かった方がいいに決まってる。
……でも、正直言って、繁盛店になるとか、儲かるとかはあんまり考えていなかったんだ。
何しろ、雇ったのが、孤児院でみんなの食事を作っていた、っていう程度の未成年の女の子と、特技が護身術と『混み合ったところでも、人にぶつからずに、身体の重心をブレさせずに移動できるので、ウエイトレスの真似事はできると思います。……多分』という、よく分からない女性のふたりなんだから、期待する方が間違っているだろう。
しかも、ふたりともクソ真面目そうな表情で、あんまり愛想がいいとは言えない感じ。とても、お客さんに評判の、とかいうふうにはなりそうになかった。それが、どうして……。
でも、ま、別にメシマズ女ってわけじゃないらしいから、需要に合ったメニュー、安くてそこそこの味、そして居心地が良ければ、それなりに客がはいってくれるのか。
これなら、もしかすると、必要経費や人件費を払っても、そこそこの利益が出るのでは?
おおお、ギャラリー部分を抜きにして最初から黒字とか、想定外だよ! 1割の歩合給目当てで頑張ったのかな、あのふたり……。
よし、じゃあ、店に入るか。
雇ったふたりには、私が客として店に来た時には、特別な対応とかはせずに普通の客として対応すること、って何度も念を押してある。忙しい時に仕事の邪魔をしたくなかったし、他の客が特別待遇を受けているのを見るのは、お客さんからすれば面白くないからね。
それに、私がオーナーだと知れ渡るのは、安全上も良くない。
雇われ店長と店員が若い女性でも、店のバックにはちゃんとした大人がついている、というならばともかく、オーナーまでが小娘だと思われたら、舐められて、街のチンピラや暴力団のいいカモにされるだろう。
ま、そのために、警察署に近い場所に店を構えて、ちゃんと署長さんや署員の皆さんには挨拶に行っているんだけどね、手土産を持って……。
この国では、まだ、そういうことには煩くないんだよ。国や市民のために危険な職業に就いてくれている、立派で尊敬すべき人達、って扱いだからね、警察官や軍人さん達は。だから、市民が個人的に寄付や差し入れをしても、誰も文句は言わないんだ。
でも、本当は、そうする必要はなかったんだけどね。
……うん、国の上層部から指示が出てるからね、当然。
免税措置やら従業員募集時の身元調査やら色々やってくれているこの国の上層部が、私の店の安全に気を配らないわけがない。当然、周辺の警察署には特別指示が出ているだろうし、下手をすれば見張りが付いている可能性もあるくらいだ。
でも、いきなり絡まれて暴力を振るわれたり、レジの端金目当てで銃やナイフで一瞬のうちに、とかいうのは、防ぎようがない。だから、そういう時には黙ってお金を差し出すように指示してある。
しかし、小娘相手でリスクなしに簡単にお金が奪えるとなると、恰好の現金自動預け払い機として、毎日強盗がやってくるようになってしまう。……いや、それなら、『預け払い機』じゃなくて、『現金自動払い出し機』か。
とにかく、うちに手を出したらただでは済まない、ということをこのあたりの犯罪者連中に思い知らせるために、防犯カメラはたくさん設置してある。そしてその場では手出ししなくとも、その映像を元にして調査し、後で確実に仕留める。
本人だけじゃなく、仲間や所属する組織、上納金が渡るルート、ことごとく潰す。そして、組織の上の方から『あそこには手を出すな』という半泣きの命令が出されるように追い込む。
うん、そうすれば、店も従業員も安全になるだろう。
かららん、とドアベルが鳴り、ウェイトレスのシルアがちらりとこちらに視線を向けたけれど、全く表情を動かすことなく、完全にスルーされた。
うん、ここでは、店にはいってきた客にいちいち『いらっしゃいませ』なんて言わないらしい。
そんな形式的な言葉を掛けられても何のメリットもないし、新たな客が来たということは、ドアベルが鳴ったのだから、当然店員は認識している。ならば、店内の客達の視線を集めるような余計な声掛けはして欲しくない。それが、ここの人達の考え方らしいのだ。
世界中で評判のいい日本式の接客を教え込もうとしたけれど、この点だけはルディナとシルアに押し切られた。ま、郷に入っては郷に従え、だから、その点はふたりに任せた。
ガラ空きというわけでもないのにひとりでテーブル席を占拠できる程の勇気も図々しさも持ち合わせていない私は、空いていたカウンター席の一番端っこに座った。……うん、隅っこは落ち着くよねぇ……。
そして、置いてあるメニューを開くと……。
「ベン図?」
そう、開いた最初のページに載っていたのは、あの、いくつかの円が重なったような図。学校で習う、複数の集合の範囲と関係を視覚的に図式化したやつである。
重なるように書かれている色違いの円は、3つ。
赤い円は『価格が安いグループ』。青い円は『ヘルシーなグループ』。そして黄色の円は『量が多いグループ』。それぞれのエリアに料理名が書いてあり、それぞれの料理の詳細は、次のページ以降に書かれている。……うん、なかなか考えてるなぁ。
トースト、パスタ、カレー。うんうん、定番メニューだね。
雑炊、すいとん、ふかし芋……。う、うんうん、孤児院時代の得意料理かな。
チャーハン、ピッツァ……。確か、安上がりで、一度に大量に作れる料理以外はあまり得意じゃないって……、冷凍物かっ!!
まぁ、今は冷凍物もかなり美味しいし、冷凍チャーハンとかは電子レンジじゃなくてフライパンで仕上げれば、結構いけるし……。
「……じゃ、雑炊とコロッケ、食後に紅茶を」
水を持ってオーダーを取りにきたシルアに注文。
向こうの世界では米食はあまりないし、日本の自宅では、自分ひとりのために御飯を炊くと、1回分じゃ少なすぎて美味しく炊けないし、2合とか炊くと余っちゃうから、自然とスーパーのパック物の総菜を3個くらい買って、ということになって、あまりお米の御飯を食べることがないんだよねぇ。残って冷凍した御飯は、イマイチだから。
「オーナー、はいりま~す! 雑炊、コロッケワン、食後に紅茶!」
「は~い!」
奥の方から、ルディナの返事が返ってきた。
ここの厨房は、簡単な料理はカウンターの向こう側で行うけれど、鍋を大きく振ったり、フランベで大きく炎が立つ料理、そしてスープやカレー、シチュー等の大鍋を使う料理は、客席からは見えない奥の厨房で行う。……ということになっているが、その本当の理由は、お客さんに手抜きの現場を見られないためだ。
いや、若い女の子がやっている小さな店で本格料理を期待するお客さんはいないだろうけど、一応は、『女の子の手作り』という男性方の夢とロマンを傷付けちゃいけないからね。だから、電子レンジも、あの『チ~ン!』という音が鳴らないように細工してあるのだ。
……で、私の目の前のカウンターに開いている、この4つの小さな赤黒い穴は何だろう?
5~6ミリ間隔で、一直線上に並んだ、綺麗な穴。
そして、なぜか赤黒い。う~む……。
「お待たせしました」
しばらくして、シルアが料理を運んできた。
まぁ、雑炊とコロッケだから、そう時間がかかるものじゃないからね。
でも、もう少し元気よく配膳しようよ。そんな無表情じゃなくてさ……。
ま、いいか、お客さんが多いということは、それは大した問題じゃないということだ。
まずは、フォークでコロッケを……、あ。
ふと思い立って、フォークの先端部を先程の穴に合わせてみた。
……ピッタリだ……。
でも、どうして赤黒い? 穴の奥まで……。
何だか怖い考えになってしまったので、私は考えるのをやめた。
そして、私は全く気付いていなかった。
シルアが、奥の厨房にいるルディナに私の来訪を伝えるために、さっきの注文を通す時に『オーダーはいります』ではなく、『オーナー、はいりま~す!』という符丁を使ったことになど……。
……って、符丁も何も、そのままやんけ!