153 捜 索 1
「え……、いきなり何を……」
いかん、唐突過ぎたか。
「あ、いや、お友達のお父さんとかが乗ってる船かな、とか、漂流している人達の水や食料が保つのかな、とか、心配で……」
「ミツハちゃんは、優しいなぁ……」
チョロい。チョロ過ぎるぞ、軍人くん!
軽く握った両手の拳を口元に当てて、きゃるんっ、という擬音が出そうな顔をしてみせると、イチコロである。真珠の涙を浮かべるまでもない。
うむ、初代みっちゃん直伝の、『男の子を殺す、48の殺人技』のひとつ、ダブルナックルビーム、無敵である!
ちなみに、この時、眼からビームが出ているらしい。(みっちゃん談)
そして、軍人くんから、知っている限りの情報を搾り取った。
よし、今日はこのへんで勘弁しといたろか!
「あ、あの、この前は、プレゼント、ありがとう……」
おお、そういえば、そんなのも渡したなぁ。いつも外出時間を潰させて申し訳ないから、お詫びにとあげたんだっけ、フォールディングナイフ……。
「あれ、あと数本、手に入れられない?」
え?
「……」
「…………」
「………………」
ジト眼で見詰める私の視線に、慌てて顔の前で手を横に振る軍人くん。
「い、いや、ちゃんとお金は払うよ!」
そして、軍人くんが焦って説明してくれた。
何でも、ちょっとした作業で軍人くんがポケットに入れていたあのナイフを使ったところ、それを見ていた士官のひとりが興味を持って『ちょっと貸せ』とか言い出して、下手をするとそのままパクられて知らん振りされる可能性があったため、軍人くんが拒否。言い争いになりかけたところに艦長が通りがかって介入、ちょっと見せろと……。
そして、隊司令が、ちょっと見せろと……。
「金貨3枚出すから譲れ、って言われたけど、ミツハからの大事なプレゼントだから、勿論断ったよ。そうしたら、『同じ物を入手できないか。勿論、お金は払う』って……」
あ~……。
凄すぎたか、ガーバー社……。
まぁ、製品を渡したところで、長年に亘って培われた技術がそう簡単にパクれるはずがない。もしそんなことができるなら、今頃、世界中の刃物メーカーがガーバー、ラブレス、バック、ランドール、Gサカイ並みのナイフを作れるようになっているはずだ。
それに、ナイフは戦争での主力武器じゃないし。
「……分かった、手配してみる……」
面倒だなぁ、という思いが顔に出たのか、私が困っているか不機嫌になったと思ったらしい軍人くんが慌てて機嫌取りをしてきたけど、いいよ、そんなの……。
というか、隊司令がいるということは、軍人くんが乗っている船、『リヴァイアサン』が戦隊旗艦なのか……、って、最新鋭艦だと言っていたから、当たり前か。
……そうだ!
「でも、その代わり、ひとつ頼みを聞いて欲しいんだけど……」
そっちの無茶な頼みを聞くんだから、こっちの無茶振りも聞いて貰うよ!
そして、なぜそんなことを頼むのか不思議がりながらも、別に問題はないだろうから、と言って、了承してくれた。
よし、作戦開始!
* *
「あ、私です」
ワタシワタシ詐欺じゃないよ。
地球では、対外的には『ナノハ』という名前になっているけど、あまり自分で偽名を名乗りたくないから、なるべく自分ではその名を口にしないようにしてるんだよ。他の人が勝手にそう呼ぶのは構わないんだけどね。
そして、今、隊長さんの名義で契約して貰っている私専用の携帯で電話している相手は、以前、新大陸の航空偵察のために給油機を出して貰った国の、外交官さん。
「はい、実は、またお願いがありまして……。
え、前回のお礼に渡した『カンブリア紀っぽいやつ』、学者さん達が大喜び? よかったです、地球にもいるやつで、ハズレだったらどうしよう、って心配してました、ええ、はい。
で、また、お願いしたいことが……。
任せろ、何でも引き受ける? ありがとうございます! では、今度は海軍の方で……」
* *
よし、捜索部隊は出航したな……。では、そろそろ始めるか!
転移!
「よろしくお願いします!」
「うわぁ! あ、し、失礼……」
いや、人気のない場所で待っていて、いきなり背後に人が現れたら、そりゃ驚くのは仕方ないよ。気にしない気にしない!
そして、外交官さんのクルマで、今回は海軍基地へ。
「ようこそおいで下さいました、王女殿下!」
うん、このあたりの国では、王族の御威光は凄いからね。たとえ異世界の知らない国であっても、王女という肩書きは効果絶大なのだ。
基地司令との挨拶を終えて、すぐに滑走路のエプロン地区へ。
……そう、海軍基地といっても、港じゃない。ここは、海軍の航空基地である。そしてエプロンに駐機しているのは……。
対潜哨戒機。
海で捜索活動を行うなら、空軍ではなく、海軍だ。対潜哨戒機の出番だよ!
別に、対潜哨戒機だからといって、潜水艦しか探せないというわけじゃない。ちゃんとレーダーを積んでいるし、乗員は目視捜索の訓練もしている。そして遭難船の捜索も、普段の任務に含まれているのだ。
だから、今回は海軍の対潜哨戒機以外の選択肢はない。
機側まで、クルマで。VIP待遇だね……って、他国の王女をVIP待遇にしなくて、誰をVIP待遇にするんだよ、ってことか。
対潜哨戒機の周りには、機側員達しかいない。搭乗員は、既に搭乗済みらしい。
案内の人にラッタルへと誘導されて登り始めると、機内から搭乗員がふたり、身体を突き出してサポート体勢になってくれた。こっちは大した荷物じゃないし、ラッタルには簡易手すりも付いているから大丈夫なんだけど、まぁ、私の身に万一のことがあれば銃殺モノだろうからなぁ……。
そして、機内に入ると、人が大勢……。
あ、前回も乗ってた、学者さん達だ……。
まぁ、来るわなぁ……。
そして、軽く挨拶して、席に着いて、ハーネスを締めて、発進!
『進路を、マグヘディング、360度に!』
『ラジャー、マグヘディング、360!』
水平飛行になってから、ハーネスを外して、機内交話機でパイロットに指示。これは、地球で磁北に向いた状態で、向こうの世界の磁北に向いた状態で出現させるための、方位整合のためだ。このあたりの手順は、昨日訪れた時に打ち合わせ済みである。
いや、今日がいきなりの顔合わせなら、こんなにさっさと飛び立てないよ。
それに、多分、前回の空軍のパイロットからも色々と情報を得ているだろうし……。
『転移、30秒前!』
私の秒読み開始に、機内に緊張が走る。
『10秒前! ……5、4、3、2、1、ワープ!』
そして、何の面白そうなエフェクトもなく、勿論服が透けるようなこともなく、転移完了。
『オルターヘディング、トゥ、コース。マグヘディング、293度。変針!』
『変針、293度!』
そして機体が左に傾き、しばらくして元に戻った。
『ヨーソロ、293度!』
『よーそろ~』
まずは、捜索海域へ。
チャートは、ヴァネル王国とその近傍の海岸線は、前回の航空写真から作成したものがある。勿論、作ったのは飛行機を出してくれている国の人達。
当然、拿捕船にはこのあたりのチャートは積んであるんだけど、それを出すと前回の調査飛行の建前が崩れちゃうから、それは使えない。それに、搭乗員の人達も、図法、縮尺、その他色々が全く違うチャートより、自分達が作ったチャートの方が安心できるだろう。どうせ、洋上では地形は関係ないし。
そのチャートに、軍人くんから聞き出したデイタムが記入してある。そう、ナイフを手に入れる代わりに出した、『遭難船の、捜索中心点が知りたい』という要求によるものである。
これが戦闘に関することとかであれば、とてもそんなことは聞けないし、さすがに軍人くんも拒否しただろう。でも、平時における海難救助に関しては、秘密行動でも何でもない。敵対国であっても協力するくらいである。
なので、軍人くんが船尾楼甲板の海図室でチャートを見たり、士官達に遭難位置を聞いたりしても、『友人と、お世話になった教官が乗っている』と言えば、その心情を思い遣って、そう不審に思うことなく教えてくれるはずであった。……そして、事実、教えてくれたのである。
いくら捜索には向かわない船であっても、遭難位置の情報とかは全ての船に通知される。他の任務で近傍を航行する場合もあるし、遺体を発見することもある。また、いつ追加兵力として捜索活動に派遣されるかも分からないので、一応は、全ての船が最低限の準備と心積もりはしておくのが常識らしい。……軍人くん情報と、昔聞いた、お兄ちゃんの蘊蓄話によると。
とにかく、入手した位置情報を、地球のチャート用の方位距離に換算して、プロットしたわけである。
緯度経度? この惑星の大きさも分からないのに、意味がないよ。
とにかく、救難部隊の頭上を越えて、現場海域へ進出だ!