130 岩窟王女 3
「「「「「「…………」」」」」」
静まり返る、パーティー会場。
無理もない。王族ですら持っていないような真珠のネックレス。そしてそれを、何の躊躇いもなく、簡単に初対面の相手に贈った。まるで、手作りのマフラーを贈るかの如く、無造作に……。
平然とそんなことをする者は、馬鹿か、馬鹿げた程の金持ちかの、どちらかしかない。そしてこの少女は、馬鹿には見えなかった。
そう、馬鹿には見えなかったのである。実際には、馬鹿であったにも拘わらず……。
ミツハは、最初の130万のネックレスが世界最高峰だと言われたため、その半額のものであれば、この世界ではごく普通の、そこそこのレベルのものだと考えていたのである。丁度半分、真ん中の金額なので、ごく平均的なものであろうと……。
しかし、水爆の半分の威力の爆弾は、決して『ごく普通の、平均的な威力の爆弾』というわけではない。核を持たない国にとっては、水爆も原爆も大した違いはないのである。
そう、60万相当の今回のネックレスは、前回の『水爆』には及ばなくとも、充分に『原爆』であったのだ。
そして更に、ポケットからひょいと取り出された、『予備のアクセサリー』である、最高級の紅玉。
予備。剥き出しで適当にポケットに突っ込まれていた、あの最高品質の大粒の紅玉が、予備……。
皆の眼が、再びミツハの胸元に集中していた。無言のままで……。
(気まずいいいぃ!)
再び自分の胸を凝視する伯爵一家に、ミツハはつい気まずくなってネタに走った。
「そんなに胸を見詰められたら、照れてしまいますわ!」
あはは、と笑ってくれる。そう思っていたら。
「え? 胸?」
きょとんとした顔の、伯爵家御一同。
そして、気の毒そうなというか沈痛なというか、何とも言えない表情をした後、全員に、そっと視線を外された。
「笑ってよおおおぉ! 哀れまないでよおおおぉ!!」
まさかの伯爵家御一同の憐れみの視線に、血の涙を流すミツハ。
そしてその時、後ろから少女に声を掛けられた。
「胸が無くて、ムネん……」
プッ……
くすくす……
周囲で、堪えきれずに数人が噴きだした。
「おおおおお!」
助かった!
この少女のおかげで、気まずい雰囲気から脱却できた!!
ミツハは、感謝で眼をうるうるさせながら後ろを向き、助けてくれた少女の手を取った。
「ありがとう! ありがとう!!」
「え……」
12~13歳くらいのその少女は、驚いて眼を白黒させていた。
* *
「ミシュリーヌ・ド・ミッチェルと申します……」
「よし、じゃあ、『みっちゃん』って呼ぼう!」
「えええええ!」
私のピンチを助けてくれた女の子は、侯爵家のお嬢様らしかった。
お上品に躾けられているだろうに、私の窮地を救うため、敢えて下ネタっぽいツッコミを引き受けてくれたのだ、この恩義には報いねばならない!
砂漠で貰ったひとくちの水は、街中で貰った高級ワイン100本に勝る価値がある。なので、とりあえず。
「これ、お礼の代わりに……」
そう言って、さっき着けたばかりのルビーのネックレスを首から外して、みっちゃんの首に掛けてあげた。
「「「「「「「えええええええええ!!」」」」」」」
そして、ポケットから取り出した、4.5カラットのエメラルドのネックレス。勿論、人造品。石代よりも、金と銀を使った枠やチェーンの方が高い。それを自分の首に掛けた。
……さすがに、この『予備の予備』で、今日のアクセサリーはもう品切れだ。
「「「「「「「何じゃ、そりゃああああああぁっっ!!」」」」」」」
ありゃ、皆さん、貴族としてははしたないですわよ、そんな言葉遣いと大声を上げては……。
次女さんは今日の主役なので、あまり新参者の私が長時間独占するわけにはいかない。なので、みっちゃんと一緒に、少し離れた場所へ移動。
「みっちゃん、さっきはありがとう!」
「……もう、その呼び名で決定なのね……」
何か、全てを諦めたかのようなため息を吐く、みっちゃん。悩み事があるなら、相談に乗るよ!
……で、少し話をしたところ、どうやらみっちゃんは友達が少ないらしい。
「べ、別に、相手にして貰えないわけではありませんからね!
侯爵家で私くらいの年齢の女性があまりいませんから、私が同年代の女性の方達とあまり懇意にしますと、すぐに派閥と言いますか、変なものが形成されてしまいますの……。殿方と少しお話をすると、すぐに牽制合戦が始まり、婚約の噂が流れますの。殿方の方が意図的に流した噂が……」
「あちゃ~……」
そりゃ、こんなに可愛くて、ツンがはいっていて、侯爵家御令嬢となれば、仕方ないか……。
そう、貴族の例に漏れず、可愛いんだよ、みっちゃん。偉い人は美人さんとばかり結婚するから、ごく当たり前の帰結だ。うん、トップブリーダーの仕業、ってやつだ。
「じゃ、私となら、安心だよね!」
「え?」
私の言葉に、きょとんとした顔のみっちゃん。
「いや、だって私、この国の貴族じゃないから、派閥とか関係ないし。完全フリーの、一匹狼だよ。だから、仲良くしても全然問題ないじゃん!」
眼を大きく見開いて、驚きの表情で固まっている、みっちゃん。
侯爵家なら、政界に顔が利くはず。そして、一族から高級軍人を大勢輩出している可能性が高い。
友達を利用するのは気が進まないけれど、情報源としては、美味しい。美味し過ぎるよ!
「……ですか……」
え? みっちゃん、今、何て言ったの?
「馬鹿ですか! 国宝級のネックレスをひょいひょい配って歩く子供が、完全フリーで、派閥と関係ないですって? あなた自身が、全ての派閥から狙われて奪い合われる、巨大な嵐の中心核ですわよっっ! 私など足元にも及ばない、超問題児ですわよっっっ!!」
え……。
いや、上流階級の間で少し顔を売って、コネで軍事施設の見学をさせて貰ったり、政治的な話を聞かせて貰ったり、というのを考えていたんだけど……。
私、また何かやっちゃいました?
ふと周りを見ると、静まり返った会場の、全ての眼と耳が私達の方に向けられている。ホストである伯爵家御一同を含めて。そして全員の眼が、ギラギラと怪しく輝いて……。
「……うん」
「え? 何ですの?」
みっちゃんが、私の言葉に、不思議そうな顔をしている。
「いや、さっきの質問への答え。『馬鹿ですか』って聞いたでしょ? ……で、多分、その通り。馬鹿だ、私……」
がっくりと肩を落とした私に、呆れ果てた、という顔をするみっちゃん。
「では、本日が我が国での社交界デビューとなられる、遠国から来られたミツハ・フォン・ヤマノ子爵を皆様に御紹介しましょう!
ヤマノ子爵、どうぞこちらへ!」
おお、さすがホスト。場を修復する手際が……、って、そりゃ、場を修復しないと、娘さんの誕生パーティーが台無しだもんね。次女さんがいい婚約者を得られるようにと売り込むための大事なパーティーが、私とみっちゃんに喰われてしまい、次女さん本人が空気になっちゃってるから……。
そりゃ、さっさと私の紹介を終わらせて、パーティーの流れを戻したいに決まってる。
さて、手早く紹介を終わらせるべく、伯爵様のところへ行って、と……。
「御来場の皆様、こちらが、自身も子爵位を持っておられる遠国の貴族家の御令嬢、ミツハ・フォン・ヤマノ子爵です。そして、御覧の通り、娘に高価なネックレスをお贈り戴く仲であり、ミッチェル侯爵家の御令嬢と共に、3人、友誼を結ぶ間柄となり……」
待て!
ちょっと待てえぇぇ~~!!
いつの間に、そんな派閥が形成された!
あ、みっちゃんが、あ~ぁ、という顔で肩を竦めている。
そ~か、これが、みっちゃんが避けようとしていた事態か……。
ごめん!
この埋め合わせは、いつか必ず……。