129 岩窟王女 2
最新鋭船をパクってはどうか。
そう考えた時代が、私にもありました。
いや、造りをパクるんじゃなくて、もう出来てるやつ、つまり、完成品をパクる、ってことね。『人間は残れ』で、人間以外をフル装備のまま貰っていくの。艦隊ひとつ分くらい。
そうすれば、苦労することなく艦隊が完成する。いつヴァネル王国やその他の新大陸の国の調査船団が来ても安心だ。いや、新大陸だけでなく、他の大陸からも調査船団が来ないとは限らない。
でも、その方法だと、やはり私がいなくなった場合にどうなるか。
一応現物があるから、見様見真似で何とか建造技術を会得する?
技術っていうのを馬鹿にしちゃいけないよ。明治時代初期の日本に戦艦大和を与えたら、すぐに同じものを造れるか? 造れるわけがない。
それに、見本に1隻与えて研究させるならばともかく、艦隊規模の最新鋭艦を与えたりすれば、真面目に研究したり基礎技術の習得に努めたりする前に、調子に乗って『与えられた玩具を実際に使ってみたい』という方向に流れるのは容易に予想できる。
なので、却下。
やはり、自力建造の道を歩まねば、未来はないだろう。
そもそも、パクリ艦隊がヴァネル艦隊と出会った時、パクったことがモロバレである。そうなると、和平どころの話ではなくなってしまう。
しかし、どうも造船技術では到底太刀打ちできそうにない。ならば、どうするか。
そう、武装で勝負、しかないだろう。
船の大きさには不釣り合いな砲を少数、小型船に積む。つまり、モニター艦である。そして、相手の射程外から一方的に攻撃する。
三景艦は失敗作? うん、確かにアレは失敗作だ。実戦では碌に役に立たなかった。小さな船体に1門だけ搭載された大口径砲は殆ど役に立たず、活躍したのは副砲である速射砲の方だったという……。
でも、そこまで大きな砲ではなく、椎の実形の炸裂弾であれば。そして、外洋航海は捨てて、ガレー船による人力漕走での沿岸迎撃に特化させれば。
う~ん、王様達と相談しよう……。
というわけで、日本で展示台や展示用ケースを買い込み、ヴァネル王国王都の『ヤマノ物産店』へと転送。日本の自宅で使うわけじゃないから、『彫刻 コレット』の経費にできないのは残念……。
転送した台やケースの設置は、場所決めをした順に地球経由で転送し直して行う。いや、自分で重いのをずりずり動かすより、連続転移で置き直した方が、ずっと簡単で楽ちんだから。
何たる、能力の無駄遣い……。
カーテンや照明を、日本製の『本当はそんなに高くないけど、豪華に見えるやつ』に変更。その他、高価そうなものを色々と飾り付けたり設置したりして、準備完了。あとは、商品を並べるのみ!
* *
パーティーである。
うん、知らない人から招待された。
勿論、相手はちゃんとした人だ。銀行の頭取さんが私のことを紹介してくれたらしい。以前、『社交界に出たいけれど、知り合いがいないのでどうしようもなくて困っている』と言っておいたから、手を回してくれたらしいのだ。
招待してくれたのは、何とかいう伯爵様で、今日は娘さんの誕生パーティーだとか。
ここでは、成人していない子供の誕生パーティーも、割と派手にやるらしい。まぁ、貴族は成人前に婚約することが多いらしいから、当たり前か。但し、他家のパーティーへは、成人するまでは、未婚の者の誕生パーティー以外は出席しないらしいけどね。
うん、子供に見える私を招待するには、丁度いい機会だよねぇ。
あ、私は、自分自身が爵位持ちの貴族だから、『貴族家当主』扱いで、未成年であっても普通に全てのパーティーに出席できるらしい。
……成人だけどね! 15歳はとっくに越えているけどね!!
勿論、今回は、私のことを頭取さんから聞いての、何らかの思惑があっての御招待なんだろうけどね。
でも、残念! それは、『頭取さんが、勝手にそう思っているだけ』の情報だ。
そして、子爵位叙爵の時に着たドレスを着て、やってきたわけである。馬車をチャーターして。
……さすがに、徒歩や辻馬車というわけにはいかない。
パーティー会場に入ってから、大勢の視線が私に集中している。頭取さん、どんだけ宣伝してくれたんだよ……。
でも、まずは招待してくれた伯爵様御一家に御挨拶。
「本日は、御招待、ありがとうございます」
伯爵様御夫妻、17~18歳くらいの女の子、15~16歳くらいの男の子がふたり、そして12~13歳くらいの女の子。今日は次女の誕生パーティーだと聞いているから、この、一番下の女の子が今日の主役なのだろう。
「あ、ああ、よく来て下さいました。今日はゆっくりと楽しんで戴きたい。後で、皆に御紹介しましょう」
少し動揺したような感じでそう言う伯爵様と夫人、そして長女さんの視線が、私の胸元に注がれている。
……憐れみの視線じゃないよ!
さすがに、人の動揺を誘うほど悲惨な胸じゃ……、ううう……。実年齢を知られないようにしなければ……。特に、次女さんより年上だということだけは、絶対に! くそ。
皆の視線の先にあるのは、私の胸本体ではなく、お馴染み、真珠のネックレス。
イリス様に売った130万のじゃなく、今回はもっと安い、6200ドル。
うん、前回は日本で買ったけど、今回は他国で購入した。
何しろ、日本でお金を使ったら、その分の補充をするためには『彫刻 コレット』を使っての取引をしなければならず、そうなると為替レートだとか手数料だとか、そして最大の敵、税金とかをガッポリ取られるのだ。なので当然、国外でドルを使って買うに決まっている。
前回のネックレスの約半額と、かなり格下の品物だけど、この大陸でも真珠の養殖に成功したという話は聞かない。だから、あれよりはかなり落ちるこのネックレスでも、そこそこの値打ちがあるはずだ。
よし、ミッション・スタート!
次女さんに向かって、にっこり微笑んで、と。
「お誕生日、おめでとうございます! これ、お祝いに受け取って下さい!」
そう言って、首からネックレスを外して、次女さんの首に掛けてあげた。
うん、以前の、デビュタント・ボールを欠席しちゃったパストゥール伯爵家の次女さんの時にやったのと同じ方法だ。実戦証明済みの作戦は、安心感が違う!
がしゃん!
かしゃん、パリ~ン!
何か、あちこちでグラスや食器が割れる音が……。
そそっかしい人が多いなぁ。
ありゃ、次女さんが、口を開けて呆けてる。
そして、倒れそうな夫人を抱きかかえて支えている伯爵様と、同じく長女さんを必死で支えている、ふたりの男の子。
……あれ、もしかして、これでも高価過ぎるのかな?
でも、130万のが最高峰だとして、これはその半額程度のものに過ぎないのだから、そう驚く程珍しいものじゃないはず……。
「な、ななな……」
ありゃ、伯爵様の顔が、蒼白だ。こういう時って、赤くなるもんじゃないの?
「こ、このようなものを戴くわけには……」
でも、それ、私にとっては、ここの人にとっての金貨7枚分くらいの価値なんだよね。実際に換金するなら28枚分だけど、それは単なる交換レートの話であって、体感的な『金銭感覚』としては、7枚分。平均的な平民の、2~3カ月分の月収程度に過ぎない。貴族にとっては、子供の1カ月分のお小遣い程度の端金だろう。
それが、『養殖真珠のないこの世界』で、どれくらいの価値があるのか……。
「いえ、この国で初めてパーティーに呼んで戴いたのですから、その感謝の気持ちと、そしてこの国で最初のお友達になって戴いた記念に、と……。
それとも、この国の者ではない私とは、お友達になって戴けないのでしょうか……」
そう言って、悲しそうに俯いて見せると、次女さんは、慌ててぷるぷると首を横に振ってくれた。
よし、友達、ゲットだぜ!
あ、ネックレスをあげちゃったから、首元、というか、胸元が寂しくなっちゃった。
普通の女性なら別に構わないだろうけど、私の場合、シンプルなドレスで胸元にアクセサリー無しだと、あれだ、その、シンプル過ぎるというか、何もないというか、貧相というか……、言わせんなよ!!
そういうわけで、ちゃんと用意しておいたのだ。ドレスに目立たないように付いている小さなポケットの中に、予備のアクセサリーを。
それを取り出して、装着!
鮮やかな紅。そう、『ピジョン・ブラッド』と呼ばれる、最高品質の紅玉を使ったネックレスである。
重量、何と5カラット。そして内包物が殆どなく、均質で、キズもない。裸石だけの価格でも、100万どころの話ではない。
これを『ジュエリー』として製品化、つまり、金・プラチナ製の枠や、ダイヤモンドの脇石を付けて宝飾品として完成させたならば、いったい如何ほどの価格となることか!
……もし、それが天然物であったなら。
そう、勿論、これは人造ルビーである。
いや、人造ルビーといっても、模造品ではない。れっきとした、本物のルビーである。……ただ、天然物ではなく、人間が化学的に造りだしたというだけで。
成分も構造も、天然物と全く同じ。敢えて違いを挙げるならば、『天然物に較べ、内包物(不純物)が殆ど無く、均質で、色が綺麗』ということくらいである。
アレだ、『偽物のヴィトンのバッグの見分け方は、本物より縫製がしっかりしていて丈夫なことです』というようなやつ。なので、わざと不純物を入れたりキズを付けたりすることもある。いくら組成が同じとはいえ、やはり人造品と天然物とは値段が段違いだからである。
フラックス法で造られたものは少しは値が付くが、火焔溶融法で造られた物など、殆どただ同然である。そしてうまく偽装されたものは、天然物と人造品の判別が難しく、専門家でも見分けが困難な場合がある。人造ルビーの存在と、その製法に詳しい現代の専門家でさえ。
それが、人造ルビーの存在など知らない、科学技術が数百年遅れた世界であれば?
そう、人造ルビーを見分けるポイントである『内包物がなく、均一でキズがない』という特徴が、『信じられないくらい高品質のルビー』と化すのである。この、私の首に掛けられて、胸元を飾る最高品質のルビーのように……。
1月14日の活動報告に、『講談社 書籍化&コミカライズ秘話』を掲載。
そう、14日は、『ろうきん』第1シーズン完結、そして『平均値』連載開始から、丁度2年です。
当時はまだ『平均値』の書籍化打診も無く、ひとりの「なろう」読者にして素人投稿者でした。
今は、何もかも皆、懐かしい……。(;_;)