128 岩窟王女 1
「口座を開きたいのですが……」
「あ、はい、では、こちらへどうぞ」
銀行の受付の女性に案内されて、個室へと通された。
現代日本と違って、受付番号札を配ったり行列ができたりする程の客が来るわけじゃないし、紙切れ1枚に名前と住所を書けば簡単に通帳が作られるわけでもない。そして、庶民の子供が気軽に口座を開くようなこともない。
でも、仮にも銀行の受付嬢ならば、私の身なりを見れば子供の悪戯だとは思わないだろうから、きちんと対応してくれている。
しかし、両肩に掛けた、ふたつのショルダーバッグが重い……。
個室にはいると、とりあえず両肩のショルダーバッグをテーブルの上に置いた。重かった……。
「とりあえず、口座を開いて、これを換金して入金したいのですけど……」
そう言って、バッグのファスナーを開けた。
片方に15キロ、両方合わせて30キロの、純度98パーセントの金のインゴット。
この国での貨幣感覚でいうと、日本での4億円弱くらいに相当する。実際に日本で売れば、1億数千万円にしかならないけど。
「当座の生活費にと、とりあえず金の地金でこれだけ持ってきたのですけど、この国の貨幣を持っていませんので、換金と入金をお願いしたいのですが……」
眼を剥いて固まる受付嬢。
たっぷり10秒以上経ってから、受付嬢が再起動した。
「し、ししし、しばらくお待ち下さい!」
そして、ダッシュでどこかへ飛んでいった。
うん、まぁ、もう少し偉い人を呼んでくるんだろうな、多分。
この金は、実は借り物だ。
王様に、何も聞くな、国の、いや大陸の全ての国々のために黙って貸してくれ、と言ったら、本当に黙って貸してくれた。勿論、無利子で。いやぁ、太っ腹だねぇ……。
あ、受付嬢が戻ってきた。ふたりの中年男性を連れて。そして、自分は元の業務へと戻り、狭い個室には私とふたりの中年男性のみ。う~ん、ふたりとも、あんまり渋くない……。
「本日は、ようこそお越し下さいました! 私、当銀行の頭取、モーレーと申します。こちらは、副頭取のアグレスでございます」
おお、ここのトップふたりか。では、サクサクと進めますか……。
そして、私が他国の貴族であり、しばらくこの国に滞在すること。その間の小遣い銭として、自国の通貨ではなく、両替し易い金のインゴットを持ってきたこと。そして自国の製品を宣伝するために、あくまでも趣味で、小さなお店を開いてみようと思っていること等を説明した。
「金をこの国のお金に換えて戴けますか?」
「「喜んで!!」」
まぁ、たっぷりと手数料を取るだろうから、喜んで当然か。
「それで、どこか信用の置ける不動産屋を紹介して戴ければ、と……」
「「お任せ下さい!!」」
常に言葉がハモってるけど、これって、ふたり居る必要あるの?
滞在先の宿の名を教えて、引き揚げ。
王都で一番大きい銀行で、あれだけハッタリをカマしたら、そこそこの効果はあるだろう。
4億そこそこのお金など、大銀行の頭取さんにとっては大した金額じゃないだろう。でも、それが「異国の貴族の子供が、『当座の小遣い銭』として無造作に持たされてきたもの」だったとしたら?
子供の小遣いにこれだけの金塊を、それも護衛も付けずに無造作に持たせる親。つまりそれは、これくらいの金塊は『盗まれても、大したことはない』ということだ。
いったい、どれだけの財産があるのか。そして娘に爵位を与えるということは、親は高位貴族であり複数の爵位持ち、そしてそのひとつを与えるくらい、娘を溺愛しているということだ。
きっと、頭取さん達はそう考えているだろう。
つまり、あの4億円相当の金塊は、その後ろにある、その数百倍、数千倍のお金の存在を示しているというわけだ。そして頭取さん達の眼に映っている私は、『4億を持っている小娘』ではなく、『数千億の財産を持つ貴族家の娘』というわけである。
但し、私はそんなことはひと言も言っていない。私自身が爵位を持っていることを喋っただけだ。まぁ、もし親を亡くして爵位を継いだとなると、こんなに暢気に他国へ長期間の物見遊山に出掛けられるとは思えないから、そう考えるのも無理はないだろう。
でも、私は本当の事しか喋っていないので、向こうが考え過ぎて勘違いするのは、私のせいじゃない。
* *
翌日、再び銀行へ。
勿論、不動産屋を紹介して貰うためである。
さっさと居住区付き店舗を確保して、安全にいつでも転移できる拠点を作るのである。
今度は、購入ではなく、賃貸だ。この世界における私の本拠地は、あくまでも『雑貨屋ミツハ』とヤマノ子爵家領地邸だ。ここの拠点は、いざとなれば捨てて撤収するから、買ったりしない。それに、後ろ盾がないと、書類手続きとか身元保証とか、面倒そうな予感がする。
その点、賃貸ならば、前金で支払えばあまり細かいことは言われないだろう。多分、銀行が、それとなく私の後ろ盾的な発言をしてくれるだろうし。うむ、何とかなるなる!
銀行に行くと、中にはいった途端に頭取さんが飛んできた。多分、開店からずっと待ってくれていたんだろうな。
「不動産屋の方は……」
「勿論、用意してあります。これから御一緒致します」
うむ、何か、前回『雑貨屋ミツハ』の物件を紹介して貰った、ルッツさんを思い出すなぁ。
「ようこそお越し下さいました、不動産屋のザウンアルでございます。お話は頭取様から伺っておりますので、いくつかの物件を見繕ってございます」
うん、さすが大銀行が紹介する不動産屋だけあって、仕事が早い。昨日頭取さんに伝えておいた条件、つまり『賃貸、居住部付き』という小さな店舗が、既にリストアップされていた。
今度は、あまり手を加えるつもりはない。買い取りじゃなくて賃貸だからあまり勝手なことはできない、というのもあるけれど、そんなに常時滞在するわけじゃないからね。トイレやお風呂は、自宅に帰って使えばいいし。
……トイレのために毎回世界渡りをするとか、異世界懇談会の出席者の人達に聞かれたら、襟首掴まれそうだよね、あはは……。
そして、書類選考と現地確認の結果、2階建ての小さな建物を借りることになった。
1階が店舗と事務室、小さな倉庫、そして使う予定のないトイレ。2階が、宿泊する予定のない居住区。うん、『ここに住んでいる』というアリバイ作りと、いつでも安心して転移できるための転移ステーションとして使うくらいだ。それでもそこそこの建物を借りたのは、『お金持ちアピール』をした以上、あまり貧相なものにするわけにはいかなかったから。
そして、この建物を選んだ大きな理由として、この場所が貴族街の中心地であり、警備隊詰所の隣、ということがある。
……うん、いくら高価な商品を置いた小娘ひとりの店でも、警備隊詰所の隣に押し入る強盗はいないだろう、さすがに。留守がちでも安心、無料の警備員を雇っているのも同然だ。
多分、頭取さんも不動産屋のザウンアルさんも、それを考えてここを第一候補にしていたんだろう。ありがたく、その心遣いを受け取ることにしよう。
今回は、内装工事の必要はない。元々店舗だったし、窓にはちゃんと防犯用の鉄格子が嵌まっている。そして展示用の棚とかは、日本で買ったものを転送して使うから。
『雑貨屋ミツハ』とは違って、この店は、目立つための店だ。だから、不信感を抱かれない程度に、技術力を誇示するのだ。そう、金儲けの匂いを嗅ぎ付けた連中が集ってくるように。
但し、ここの技術力が向上するヒントを与えたりしないよう、そこには細心の注意を払わねば。凄くて高価そうだけど、別に新発明とかではないもの。如何にも異国らしい、珍しいもの。そういった品を、少しだけ並べるのだ。
ここは、お金を稼ぐことを目的とした店じゃない。
私の名を売り、人脈を築くための、ただの道具、踏み台だ。
上流階級にもぐり込み、情報を集め、あわよくば影響力を行使できるようになる。
また、工具や機械の見本を購入して、うちの国の技術力向上の糧とする。
……地球のものじゃあ、あまりにも隔絶し過ぎていて、却って参考にならないんだよねぇ。それに、換算レートのせいで、高くつくし。
あ、この国の金貨、うちの国のより質が悪かった。
大きさはうちのよりほんの少し大きく、しかしその割には、重さはあまり変わらない。つまりそれは金の含有率が低いということであり、地金の価値としては少し下回る。
ちょっと見たり持ってみただけではあまり分からないけれど、ちゃんと確認しておいたのである。
でも、ここでの貨幣価値としては、金貨1枚が日本での10万円を上回る感覚だ。うちの国での金貨1枚より、少し価値が高い。金自体の価値が高いのか、地金としての価値ではなく、『その貨幣の価値を保証する、国としての信用度』のためなのか……。
うちの方、つまり旧大陸では、国の信用度が低いからか、地金としての価値しかないんだよねぇ。
まぁ、この国では、ここの金貨ではなく現物、つまり地金や他の商品の形で回収した方がお得のようだ。それを、うちの国で売ればいい。この国で使うお金は、この国で稼ぐ。うちの国の金や銀を敵国に流出させたりはしないよ。初期投資の30キロ分の金は、そのうちここで稼いで回収し、王様に返すのだ。
よし、『ヤマノ物産店』、準備開始!