124 航空偵察 1
空軍基地を離陸し、給油機は高度を取った。
「水平飛行に移りました」
乗務員……じゃないや、搭乗員とは別に、私への説明役として乗ってくれているパイロットの人が、そう教えてくれた。
じゃ、時間も燃料も勿体ないから、さっさと行きますか。
「30秒後に行きます」
私がそう告げると、パイロットさんはすぐに機内交話装置(ICS)を使って搭乗員達にその旨を伝達してくれた。衝撃があるかも知れないし、こういうのは私も初めてだから、一応、念のためだ。
あ、本当の万一の時のために、私達が戻るまで、基地にあるプールに見張りを置いて貰っている。もしもの時には、そこに乗員全員を連れて転移するつもりだから、その救助のために。
いや、普通の場所だと、おかしな姿勢で地面に打ち付けられたりしたら、骨折とかするかも知れないし。全員連れてとなると、少しくらいは高度がずれて、地上から少し離れたところに出る人もいるかも知れないからね。
何しろ、空中からの、しかも高速で移動する機体からの緊急転移で、更に急激に高度を失っている状態でとなると、ひとりひとりの出現位置を調整したりできないかも……。私が適正位置、つまり地面にぴったりの位置に出るようにするのが精一杯となる可能性は否めないからね。あの、ビリヤード台の少し上に出て、球が背中やお尻に食い込んだ痛みは忘れないよ!
と、まぁ、そういうわけで、その時には、皆さんと一緒に水浴びにくらい付き合ってあげるよ。
それもあって、フライトスーツに着替えたのだ! ……いや、本当は、ただ着てみたかっただけだけど。後で写真撮って貰おう。
……などと考えていたら、もう時間だ。行くよ!
『我が名はナノハ、流浪の神の名の下に、次元を越える者なり! 開け、異次元世界への道!』
身振りを交えて、異世界語でそう叫んだ。
うん、様式美は重要だ。
そして、転移は瞬間的なものではなく、少し呪文を唱える時間が必要だという認識が広まれば、奇襲を受けた時に敵の油断を衝ける可能性がある。こういう、地道な準備が命を守るんだよね、うん。
……で、何も起こらなかった。
揺れも、エアポケットにはいった時のエレベーターに乗ったときのような感じも、何も……。
でも、他の人達には、そうではなかったようだ。
「おおお、風景が変わった!」
「こ、ここが、異世界……」
「サンプルだ! 大気のサンプルを採取しろ!」
慌ただしい学者さん達。
そういうのは放置。私には、やるべきことがある。
説明役のパイロットさんと眼を合わせ、互いに頷くと、ふたりでコクピットへと向かう。外交官さんは置いていく。コクピットはそんなに無駄に広いわけじゃないし、邪魔だからね。
コクピットへ行き、予備のICSのヘッドセットを受け取ると、それを装着。ハンドマイクを受け取った。フットスイッチは無いし、壁のPTTスイッチをいちいち押すのは面倒だから、ヘッドセットのマイクは使わない。
「1時半の方向にある丘に、11時の方向にある防波堤に真っ直ぐ向かうよう進入して下さい」
「了解!」
そう、方位整合だ。
地球の基準で整合され、そして外力を加えることなく転移した航空機のジャイロコンパスが、果たして正確なのかどうか。もし転移の際に機体の向きが変わっていても、ジャイロコンパスはそれを認識していないだろう。また、磁方位も、地球とは違うかも知れない。いや、この世界のみの話であれば、地球とは異なっていても、『この世界の磁北』を基準として考えればいいから関係ないけれど、今回はちょっと違う。
機体は大きく回り込んで、インバウンドヘディングもアウトバウンドヘディングも共に丘と防波堤を結ぶライン上となるように飛行した。
「第1目標、オントップスタンバイ……、マークオントップ!」
「手持ち磁石、320度!」
パイロットからの第一目標、丘の通過報告で、私が手持ちの方位磁石で前方の方位を読み上げた。
「ジャイロコンパス312度、マグネットコンパス319度!」
おお、誤差がほとんどない! 転移の時に機体の方位がズレないように注意したつもりではあったけど、ここまで正確とは……、って、実は転移の時の細かい制御は、私の意志を読み取った『それ』から引き千切って私の一部となった部分、つまり『かなりデキる精神エネルギー体』の部分が全部やってくれているんだけどね。そうでなきゃ、細かい指定や大雑把な指定で、あんなに正確に転移できるわけがない。特に、『盗聴器全部』とか『剣の一部分』とかの指定条件では。
なので、そのあたりも『後付けの、増設メモリ』部分がうまくやってくれたらしい。
勿論、この世界の磁北と真北の関係が地球と同じかどうかは分からないけれど、そんなのは関係ない。この機体の計器で目的の方向に飛べれば、それで充分だ。
しかし、磁偏差7度ウエスタリーか。日本付近と同じ……って、いやいや、ここの真北が分からないのに、それは比較しても意味がない。
そして、ここまで地球と似た条件ということは、やはりここは完全に別の惑星というわけではなく、どこかの時点で分岐した、地球がある次元世界と同一の世界を元とした世界の、『もうひとつの地球』なのではなかろうか。
でも、地形は同じなのだろうか?
たまたま似た惑星なだけ? そして、大昔に何らかの理由で地球の生物が大量に、大陸規模とかでここに転移した?
それとも、進化というものは同じようなルートを辿る? 次元を渡り様々な世界に生物を播種して廻る超越種族の存在?
分からない。
でも、どうでもいいや。今の私にも、そしてこの世界で暮らす人達にも、そんなの、何の関係もない。
「第2目標、オントップスタンバイ……、マークオントップ!」
いかんいかん、指示を出さねば!
「ヘディング316度、変針!」
「了解、316度!」
よし、これでOKだ。
小島に向かうわけじゃない。横風とかは自動的に補正されるだろうし、これで大陸に行き当たらなければ、それはそれで感心するよ!
機体が洋上に出たため、必死で写真を取っていた学者先生達も少し落ち着いた模様。そりゃ、海面しか見えないならば、地球と変わらない。
でも、突然海面から海竜が首を出すんじゃないかと期待しているのか、窓に張り付いたまま動かない人もいる。生物学者さんかな。
あとは、小島くらいは現れるかも知れないけれど、私の目的である大陸まで、当分かかる。後ろの方でまったりしていよう。コクピットで何時間も立っていられないよ。
あ、勿論、島とかが見えたら教えて貰えるよう、パイロットさん達にはお願いしてある。
よし、休憩!
* *
……寝てた。
まぁ、沿岸を離れて洋上を真っ直ぐ進み、たまたま島に行き当たる確率って、そう高くはないよね~。
そういうわけで、起こされることもなく、熟睡していた模様。
そして、更に何時間も退屈な時間を過ごし……。
「そろそろだと思うのですが……」
うん、あの帆船から押収した海図や乗員からの聞き取り調査で、大体の距離は分かっている。なので、この機体の速度から計算して、そろそろだ。
と思ってからも、まだまだ時間がかかり、そしてようやく。
「前方に、陸岸部が見えたそうです」
ICSのヘッドセットを片耳だけ着けていた説明役の人が、そう言って教えてくれた。
勿論私はコクピットへ飛んで行った。
「おお、翼よあれがヴァネル王国の灯だ!」
いや、まだそれほど暗くなっていないから、街に灯りは点いていないけどね。そして、前方がヴァネル王国かどうかも分からない。位置誤差が大きければ、隣国とかの可能性もある。
「このまま、陸岸部の上空へ。海岸線を確認して、目的地かどうかを判断します」
ヘッドセットを着けて、パイロットにそう指示を出した。
「了解、このまま直進します。この高度なら、発見される可能性は低いと思います」
うん、私もそう思う。飛行機なんかないこの世界で、対空見張りをしている者がいるとも思えないし、もしたまたま空を見上げている者がいたとしても、変わった鳥、くらいにしか思わないだろう。まぁ、変に思われたところで、どうということはない。どうせ何もできないのだから。
そして、海岸線を海図のコピーと比較した結果、目的地であるヴァネル王国に間違いないことを確認。まだ時間に余裕があるので、そのまま数時間大陸の上空を飛んで貰った。
そして私は、地上を見つめ続ける。
そう、別に地上に降りなくても、私が視認してその場所をはっきりと認識すれば、そこへの転移が可能となるのだ。勿論、私には一度見ただけで全ての場所を完全に覚えることはできないけれど、そこはそれ、『後付けの、増設メモリ』の出番だ。
私の精神体にくっついた『それ』の高性能な精神体の一部が、ちゃんと転移用のメモリに記憶してくれており、私が適当にイメージすれば、それに対応した場所を選択してくれる。いやぁ、助かるねぇ……。
なので、今、なるべく広範囲を視認しておけば、後々便利になる。
そう。
今回の目的は、『ヴァネル王国や、その他の国々の動静を確認し、この大陸の文明レベルや次の調査船団についての情報を得る』ということであり、その第一段階としての、私の転移座標の入手なのである。
言葉の問題も無く、ある程度の情報は船員達から得ており、この国のお金も入手しているから、私が一般市民として紛れ込み情報を収集するのには何の問題もない。別に怪盗として王宮に忍び込むわけじゃないんだ。ごく普通に、市井の噂話を聞き集めるだけだから、何の危険もない。
いや、多分私なら、王宮にも難なく忍び込めるだろうけどさ。
やらないよ!