106 第2回異世界懇談会 1
「では、第2回異世界懇談会、略称『イセコン2』を開催します!」
私の開会宣言に、ぱちぱちぱち、と、満場の拍手。うん、お約束とはいえ、気分がいいね。
今回は、バタバタで開催した前回と違い、情報関係者ではなく外交部門の人や大臣クラスの人が中心らしい。そのあたりは、取り纏めをお願いしていた隊長さんから参加者リストを貰って、ちゃんと確認してある。
……で、何と、リストには日本からの出席者も載っていた。どうやら、自国の意見に同調する者が欲しかった某国が、情報を流して誘ったらしい。私が日本人だとバレないように、気を付けなくちゃ。
「では、まず最初に、朝貢の儀を……」
そう、例によって、詐欺同然の『貢ぎ物の回収』である。
今回は、前回の結果を反映してか、宝石とかではなく実用品が多かった。いや、宝石も、売り飛ばしてお金に換える、という点では、充分に実用品なんだけどね。
組み立て式ボート、ソーラー発電システム一式……いや、着眼点はすごくいいんだ、ただ、間に合ってます、というだけで……、あ、いや、使えるか?
それと、足踏み式ミシンに、ピアノ、その他諸々。ピアノ貰っても、弾ける者もいないし、調律師もいないよ……。
日本刀と着物と日本人形のセット。……日本人は、異世界においても和風テイストが受けると思っている模様。いや、多分受けるだろうけどね。特に、日本刀とか。
これなら、宝石とかを貰って、換金して、自分で必要な物を買った方が良かったかな。
いや、でも、すぐ売り払ったのがバレたら、って、多分すぐバレるだろうから、ちょっとマズいよなぁ。仕方ないか。むこうで売って、その金貨をこっちで換金して、というのも、何だか面倒だし、あまり気が進まない。交換レートが4分の1相当、というのが、何だか少しムカつくのだ。
で、色々と迷った結果、今回の当選者は、昔の船大工が使っていた工具フルセットを再現して作ってくれた小国。いやぁ、分かってくれてるなぁ。これだよ、これ! 前回の話をちゃんと覚えていて、私が一番欲しいであろう物を考えて、手間を掛けて昔のものを現在の冶金技術で作ってくれた。これを参考にして、むこうでも同様のものを量産可能。ありがたいねぇ。
お返しの品は、薬草として使われている植物と、何だかやけに重い金属で作られた20センチくらいの像。新種の金属であれば大発見なんだけど、そううまい話はないか。まぁ、分析結果をお楽しみに、というところで。あと、角ウサギの番いと、異世界旅行券。いや、植物や金属が外れだったら悪いから、一応、抑えもね。
もちろん、新発見があった場合、製造・販売権は認めるけれど、基本的権利は私の物、という書面を交わすことになっている。独占や、阿漕な商売は許さないよ。
前回よりやや豪華となった景品、いやいや、お返しの品を、血走った眼で凝視する他国の列席者達。うん、次回は頑張ってね。次回があれば、だけど。
そして、いよいよ本題に。
「案内書に書いておりました通り、カメラ、録音機等の記録機器は一切持ち込み禁止です。もしこの規則を破られた場合は、即刻退場の上、今回の懇談会で決定された皆さんの利益になることは、全てその国には適用外とさせて戴きます。よろしいですね? うっかり持ち込んだりはされていませんよね? 今なら、まだ、『うっかり』で済みますよ?」
みんな、平然としている。たとえ持ち込んでいても、これくらいの警告ではビクともしないか。
では……。
ひゅひゅん!
かちゃんかちゃん!
うん、『記録機器、ついてこい!』で転移して、『ついてきた奴、ちょっと前進して前の机の上へ!』で戻った。そして、自分の目の前の机上に落ちた超小型カメラや録音機等を見て、蒼白になる数人の参加者達。ボタン型からネクタイピン型、カフス型、眼鏡内蔵型と、各種お取り揃え。面白そうだから、全部貰っておこう。
「何人か、お帰りだよ。駐車場まで案内してあげて!」
私の指示に、傭兵団のみんなが違反者を連れ出した。
抵抗せずに素直に連れ出される者と、必死で抵抗しようとする者。いくら抵抗しても、その人が出て行くまで懇談会は始めないから、意味がないんだけどね。
「もうそろそろ、私を騙そうとすればどうなるか、判って戴けたと思っていたのですが……」
悲しそうにそう言う私。
会議室は、静まり返っていた。まぁ、この会議に参加出来ずに追い返された彼らが帰国後どうなるかを想像すれば、静かにもなるか……。
でも、カメラと録音機は、絶対に使わせない。何しろ、私の写真とか音声が拡散されると、ちょっとマズいことになるからねぇ。
後で、記憶を頼りにモンタージュ写真とか似顔絵を描かれるのはどうしようもないけど、その程度なら、ま、大丈夫だろう。どこの国も、外交官の代わりに似顔絵画家を送り込むような真似はしないだろうからね。
「では、懇談会を始めます。まず、話の前に聞いておきたいこと、確認しておきたいこと等はありますか?」
幾つかの手が挙げられたので、指名した。
「あの……、そのおふたりは?」
ああ、私の左右の席に座っているふたりの紹介を忘れていた。
「サビーネちゃんと、コレットちゃん。私の護衛です」
「「「「「護衛いぃ?」」」」」
10歳前後の女の子が護衛だと言われて、驚きの声を上げる列席者達。
うん、馬鹿正直に、王女様と大事な家臣だなどと言ったりはしない。そんなことをすると、ふたりが狙われちゃうからね。あくまでも、狙う価値があるのは私だけで、ふたりを攫っても意味がない、と思わせなきゃ。
「はい、もし私に危害を加える者がいたら、魔法の力で、心臓をキュッ、と。
あの、私の側で素早い動きをしたり、懐に手を入れたりはしないで下さいね。私を護るために過剰に反応する場合がありますので。私、『あの子に近付くと、心臓麻痺で死ぬ』なんて噂が広まるの、あまり嬉しくはありませんので……」
会議室中、どん引き!
でもまぁ、これで私がいない時にサビーネちゃんとコレットちゃんに手を出そうとする者はいないだろう。護衛の者を人質にして私の身柄を要求する、などという真似をする馬鹿はいるまい。それも、とてつもなく危険な護衛を。
これで、狙われるなら、私だけだ。
そして、今度こそ本当に、本題に。
いや、私は、別に懇談会なんか開きたいとは思っていなかったのだ。でも、各国が煩くて、参っていたのだ。……隊長さん達が。
私は、隊長さん経由の手紙かメールしか連絡手段がないから別に問題はなかったんだけど、隊長さんに泣き付かれたのだ。毎日毎日、電話もメールも飽和状態で仕事にならない、と。
なので、仕方なく、今回の懇談会となった次第。
「で、皆さんの御要望で開いた懇談会ですけど、何の御用件でしょうか?
あ、それと、以後の連絡は新しく作ったアドレスへのメールのみに限定します。傭兵団の業務に迷惑をかけているようですので……。これ以降、以前の傭兵団のアドレスへのメールや電話連絡をされた国は、一切の御連絡をスルーし、こちらからの連絡もリストから外しますので……」
よし、これで、今回の私の方の目的は完了。
実は、「話がしたい」という申し込みはかなり来ていて、以前、数カ国ずつの場を数回設けたことがあるのだ。ひとつの国と会うのは一方的に要望を突き付けられそうで危険なため、利害が対立しそうな国をいくつかチョイスして、安全なここや、近くの町で場所を借りて。勿論、傭兵団の護衛付き。相手国や、むこうが用意した場所に出向くほど不用心じゃないよ、さすがに。
そして案の定、互いの要求を潰し合ってくれて、当初からの予定通り、何も約束せずに終えることができたのであるが、時間の無駄だし、結構疲れる。なので、数回やっただけでやめてしまったのだが、それを知った他の国が、自分達も、と煩かったのである。
なので、傭兵団への迷惑行為の禁止を徹底するのと、面倒事を一度に片付けようと思ったのであるが……。
「是非、我が国に御招待したい!」
「政府首脳との会談を……」
「国賓として、是非お迎えしたく……」
って、国賓はマズい。マスコミとかに写真を撮られたらアウトだ。それを避けるために、徹底した記録機器の排除を行っているというのに……。
それに、傭兵団の異世界英雄譚とドラゴンのことは世界中に広まっているけれど、私がその後もこっちへ来ているということは、各国の上層部のみのトップシークレットで、まだ一般には知られていない。「まだ」も何も、知らせる気は皆無だけど。
異世界の貴族『ナノハ』ならばともかく、私が『日本人、山野光波』だと知られたら、その時は、日本を捨てる覚悟をしなきゃならない。マスコミに追い回されたり、異世界とのことで国から何かを強制されるくらいなら、日本の全て、家も、友達も、ご近所さんとの付き合いも、全てを諦めて、他国に拠点を作るしかない。そしてそれも、そう先のことでもないような気がする。
情報というものは漏れるものだし、もし漏れなくても、私の容姿が変わらないということが不審に思われるようになるまで、長くても10年くらいだろう。それまでに、仕事の関係で海外に移住した、ということにして、実家を引き払わなくちゃならない。
ま、その頃には、友人達もみんな結婚して子供ができて、中学や高校の頃の友人のことなんか疎遠になって忘れているだろう。付き合いがあるのは、大学時代の友人とか、近所のママ友とかになって、交友範囲も変わっているだろうし……、って、いかん、涙が……。
「ど、どうなさいました!」
「大丈夫ですか! お体の具合でも!」
いかんいかん、つい、感傷的になって、涙を溢してしまった……。