103 大掃除
「捕らえよ!」
王女殿下の命令で、直ちに取り押さえられた、軍務大臣のマウンホルツと、大隊長、中隊長の3人。
これが、命じられたのが王国軍の兵士達であれば、多少は躊躇ったかも知れない。しかし、王国軍は軍務大臣達の息がかかっている者がどこにどれだけいるか分からないので、信頼の置ける近衛軍を率いてきたのである。王家に忠誠を誓う近衛軍にとり、レミア王女殿下の命令は絶対であった。相手が大臣であろうが軍の高官であろうが、全く関係ない。
そして、捕らえられた3人がうるさく騒ぐので、口に布を詰め込んで猿ぐつわを咬ますよう指示する王女殿下。
「皆の者、聞きなさい! 謀反を企て、隣国からの使節団を襲い、我が国の威信を地に落とそうとした反逆者共を捕らえ、ここに、それに相応しき処罰を与えることを、皆に約束致します。
そして、反逆者共の仲間を炙り出し、それらの者達にも、それに相応しい処罰を与えます。
もしその途中で私が殺された場合には、それまでに捕らえた者達、及びその妻子、一族郎党、そして同じ派閥の者達を全て絞首刑とし、残った反逆者達も、ひとり残さず殲滅させるよう命じます。
全てが終わったならば、弟にウェンブリー財務大臣を後見人として付け、その後の王国を任せることとします。分かりましたね!」
鋭い眼で、高官や近衛兵達に向かってそう宣言するレミア王女殿下。
そう、自分が暗殺されるのを防ぐためには、これくらいの予防線を張ることが必要であった。
ダリスソン王国勢は、反論することもなく、畏怖に満ちた眼で王女殿下を凝視している。
この国の法制だと、普通の犯罪であれば、犯罪者の家族にまで累が及ぶようなことはない。しかし、国家反逆罪は別である。それだけの抑止力を持たせるために、「絶対にやってはいけないこと」に関しては、その限りではないのである。
反論されれば、「え? やらなければ、別に関係ないだろう? それとも何か、お前は反逆行為をやるつもりなのか?」と問えば、それ以上は突っ込めない。
レミア王女殿下が健在であり、普通に審議されたのであれば、おそらく家族には累が及ぶことはないであろう。しかし、そうでなければ、自分だけでなく、家族も、一族郎党、全てがこの世から消え去る。それは、家名や血筋を重んじる者達にとっては、自分の死よりも遥かに耐え難きことであろう。しかし、謀反や簒奪を防ぎ国を護るためであれば、それくらいの抑止効果は必要であった。
「まぁ、私も、そう易々と殺されるつもりはありませんけれど。
そして、上官命令として意に染まぬ命令を受けざるを得なかった者達については、今回に限り、その罪を免じることとします。……以後は、たとえ上官命令であっても、国家に対する反逆行為に荷担した者は処罰するよう、軍規に加筆します。明らかに異常な命令を受けた場合は、更に上の者に確認すること。そして、国の意志に反する命令は無効とします」
そう付け加えると、王女殿下は高官達に向かって告げた。
「分かっていると思いますが、今回、私に従ってくれる者、中立の立場の者、グレーな者、そして真っ黒な者達を、均等に選んで同行して貰いました。黒い者達は、私の不在時に怪しい動きをされないように、という意味合いもありましたが、王都で捕縛すると、彼らに味方する軍人共がおかしな行動を起こす可能性もあったため、このような方法を取りました。
王都に帰還したら、この者達を捕らえたことを伏せたまま、すぐに反乱勢力の主要人物を全て捕縛します。罪状は、隣国の使節団を襲い我が国を滅亡に追いやろうとした、国家反逆罪。王家に対する謀反。そして、他国に通じた可能性もあります。
では、帰路に就くのは明日の朝として、それまでの間、捕らえた者達に、同調者や企みについての取り調べを行いなさい。あ、使節団の方々に不快なものを見せぬよう、見えないところで、あまり騒音を立てぬように。布切れ等を使用して……」
黒かった。
あのままだと、軍務大臣達は表立った行動は控え、裏からじわじわと王子や軍部を取り込み、勢力を増していったはずである。それを、今回の事件で「反逆者」と決めつけて、一掃する。こういう機会がなければ、いくら王女殿下とはいえ、有力者達を理由や証拠もなく捕縛したり処分したりはできなかった。
しかし、甘いことを言っていては、王族や政治家はやっていられない。勿論、国王代理も。
ただ美しいだけのお飾りの王女様ではなく、敵対者の行動を見抜き、それを逆手に取った見事な反撃。国家の危機を、大掃除のチャンスに変える、その手腕。更に、たまたま訪れた隣国の使節を、これでもかと利用し尽くす容赦の無さと、それでも使節団から信頼と協力を得たらしき、そのカリスマ性。
王女派や中立派等、国の安定を第一に考える穏健派だけでなく、グレーな立場にいた者、日和見していた者達も、皆、同じ事を考えていることだろう。
(王女殿下に逆らっては駄目だ! そして、この王女殿下であれば、必ず国を善き方向へと導いて下さるだろう……)
そう、各派閥の者達を均等に選んで連れてきたのは、このためであった。帰投後にわざわざ苦労して根回しをする必要もなく、王女殿下に対する忠誠を確固たるものとする。私達との密談で決めた、今回の作戦であった。
「では、強行軍で皆も疲れているでしょう。今夜はここで野営とし、食事の準備ができるまで、ゆっくり休みなさい。私は、使節団の方と打ち合わせがありますから、後は任せますよ、ウェンブリー卿」
レミア王女殿下は、財務大臣のウェンブリー卿にそう告げると、自分の馬車へと向かった。私達の手を引いて……。
いや、あんたソレ、ゲームがしたいだけだよね! 今後の打ち合わせなんか、やる気ないよね!
だって、使節団長を無視しておいて、打ち合わせも何もないよね!
しばらくして、王女殿下の専用馬車から聞こえる、不気味な声。
「ゲッゲッゲッ!」
そしてその声を悲しそうな顔で聞いている、本来は王女殿下の馬車に同席してお世話するはずなのに、男が大勢詰まった馬車に押し込まれて居心地の悪い思いをしていた、女官とメイド達であった。
そして翌朝。
簡単な朝食を摂った後、使節団の生き残りと遺体を乗せて帰るはずであった馬車に盗賊……ではなく、襲撃役の兵士達と捕縛した軍務大臣達を乗せ、出発準備が調ったダリスソン王国一行。
私達、使節団一行も準備完了!
「では、また、いつかお会いできる日まで、御壮健で!」
「……え?」
私の別れの挨拶の言葉に、きょとんとした顔のレミア王女殿下。
「皆さん、王都に引き返されるのでしょう?」
「え?」
「え?」
「「ええっ?」」
「いえ、用件も全て終わったし、次の訪問国へと向かいますが?」
「えええええええええ~~っっ!」
大声で叫んだ後、愕然として立ち尽くす王女殿下。
「いや、私達が戻る理由、ないですよね? 馬車も人員も被害が無くて、事件も片付いて証人も充分。私達、必要ないですよね?」
「ぐぅ、っ……」
苦悶の表情の、王女殿下。シリアスな顔をしてるけど、ただゲームをやりたいだけだよね?
「それに、これから国の大掃除が始まるんでしょう? 他国の使節団とかはいない方がいいのでは?」
「ううっ……」
どう考えても、私達が付いて戻るのは無理がある。それは、王女殿下も分かってはいるはずだ。
分かっていても、認めたくない。ただそれだけなのだろう。まぁ、気持ちは分かる。何となく。
仕方ない……。
「あの、王女殿下、ちょっとこちらに……」
レミア王女殿下を手招きして、殿下の専用馬車に乗り込む私達。
そして数分後、馬車の中から怪しい声が響いた。
「ゲッゲッゲッ!」
そして、ダリスソン王国一行は王都マスリカへ、使節団は次の目的地へと向かうこととなった。
しばらくは伯爵様の馬車に同乗するけれど、もう襲撃の心配はないだろうから、次の休憩の時あたりにビッグ・ローリーに乗り換えて離脱しよう。今夜は車中泊の予定だから、何かあっても無線機で呼んで貰えばすぐに駆け付けられるし。
……って、どうしてこの先でビッグ・ローリーに乗り換えられるんだ?
あれは、私達が王都へ乗っていったことになってるんじゃあ? そして、私達は王女殿下の馬車に同乗してきた。ならば、ビッグ・ローリーは王都にあるはず。
うおお、どうしよう!
「……すみません、王都まで乗せていって下さい……」
がっくりとした私の頼みを聞き、王女殿下が笑みを浮かべた。
「ゲッゲッゲッ!」
そして、王女殿下の馬車に乗ろうとしていた女官さんとメイドさん達が、絶望にうちひしがれた顔で引き攣っていた。
うん、王女殿下に付きっきりでお世話できるという滅多にない機会に喜んでいたのに、結局、往復の間ずっと、むさい男達の馬車で舐め回すような視線に晒されて、居心地の悪い思いをするだけで終わりそうなんだものね、無理ないか……。
あ、そうだ!
「王女殿下、彼女達にも殿下の専用馬車に乗って戴きましょう!」
「え……」
帰路も私達とゲーム三昧のつもりであった王女殿下が難色を示し、女官達がますます顔を引き攣らせる。
しかし、これを聞けば、どうかな?
「色々とお世話になりましたお礼に、カード一式と、我が領地の特産品であるボードゲームをお贈り致します。帰路で女官やメイドの皆さんにやり方を覚えて戴けば、私達が去りました後も、殿下と御一緒に……」
「あなた達、帰りは私の馬車に乗りなさい! 何をしているのですか、さっさと必要な物を積み替えなさい!」
うん、まぁ、そうなるわなぁ。
これで、さっきの約束を果たすまで、何とか王女殿下の息抜きができるだろう。
殺伐とした仕事が待っているんだ、少しは余録がないとねぇ。
王女稼業は、楽じゃないんだから。
と、横を見ると、機嫌の良さそうなサビーネちゃんの顔が。
……う~ん、そうでもないのかな? まぁ、王女といっても、色々あるか……。




