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3話 二人の誕生日

7/3 サブタイトルのミスを修正

もう片方の作品は展開がゆっくりなので、こちらはテンポよく行きたいです。

 あれから更に時は過ぎ、俺は五歳になっていた。


「母さん。木の実と薬草採ってきたよ」


「ありがとう。早かったわね」


 既に話すことは全く苦にならず、文字も殆どを読めるようになった。絵本から始めた時にはどれだけ時間がかかることやらと思ったが、人間環境が変われば意外と覚えられるものらしい。


 三歳を過ぎてからは父であるグリムの指導の下で体を鍛える練習もしていた。今から本格的に鍛えてしまうと身長が伸びなくなったりという弊害があるため、あくまで軽めのトレーニングだ。

 それでも体の上手な動かし方などを教えてもらったことで、五歳になった今では家の周囲で採集をさせてもらえるくらいにはなった。


 近所の人などがいないということを前に疑問に感じていたが、今ではその理由が分かる。というのも、今住んでいる家は森の中に建てられているのだ。

 両親は何やらワケありらしく、隠れるようにしてこの森に住んでいるみたいだ。あまり深く聞いても悪いような気がしたので、詳しい事情はわからない。


 ワケありと言えば、俺についても何やら事情があるらしい。以前自分の誕生日をアトラさんに尋ねたことがあったのだが、その時は――


「あぁ、イオの誕生日……。そうねぇ……。あまり蓄えもないし、イスナと一緒に祝うってことでもいいかしら」


 ――と、何やら誤魔化されてしまった。俺としては自分の誕生日がいつなのか知りたかっただけなのだが、言えない理由でもあるのだろうか。

 まあ、これについてもアトラさんが困った顔をしていたので深く聞くことはなかった。そのため毎年イスナと同じ日に誕生日を祝ってもらっており、俺はその日が誕生日だと思うことにしている。


 人間、聞かれたくないことの一つや二つはあるものだ。


 そうそう。五歳になった、と言ったがそれにはやや語弊がある。何せ、まだ五歳の誕生日を迎えてはいないためだ。正確にはイスナの誕生日を、だが。

 というのも、今日がイスナの誕生日なのだ。だからほぼ五歳になったと言っていいだろう。イスナなんかは毎年誕生日に祝ってもらえるのを心待ちにしていて、最近は一層そわそわしていた。


 そんなことを考えつつ、アトラさんに話しかける。


「イスナの誕生日に使う木の実はもっと必要?」


「あなたの誕生日でもあるのよ? 木の実は十分手に入ったわ。お手伝いありがとうね」


 失言だった。つい今誕生日のことについて考えていたせいで、イスナだけの誕生日を祝うような言い方をしてしまった。


「そうだったね。僕も楽しみだけど、イスナはもっと楽しみにしてるみたいだから」


 笑いながら言うことで誤魔化してみる。尚、俺は一人称を口にするとき「僕」と言うようにしている。こちらの方が少年らしくていいだろう?

 それに、鏡を見た時の俺は顔立ちからして「俺」なんて言いそうなタイプじゃなかった。ものすごい美少年というわけではないが、そこそこ整った顔立ちで、どちらかといえば中性的な感じになりそうな印象だったためだ。

 そういうこともあって、自分を指す言葉は「僕」でいこうと思ったのだ。心の中では俺だけどな。


「あの子は毎年とっても楽しみにしてくれるものね。祝う方もやりがいがあるわぁ」


 うまく誤魔化されてくれたらしく、アトラさんは腕まくりをしながら微笑んでいた。


「それに、五歳になればパートナーになる精霊が現界するもの。楽しみよね」


 両手の平を合わせて、心底楽しみそうに言う。


「……そうだね」


 この会話を続けるとまた地雷を踏みそうだったので、少し躊躇してしまったが辛うじて反応する。


 この世界には精霊と人間が一緒に暮らしているらしい。精霊はそれぞれが特有の属性のようなものを持っていて、パートナーの魔力を借りて魔法を使ったりできるらしい。また、パートナーである人間も同じ魔法を使えるようになるんだとか。


 元は精霊の住む世界と人間の住む世界で別々の世界だったそうなのだが、大昔に精霊界の女王様と人間が恋に落ちて結ばれ、子供ができた時に一つの世界として創り変わったそうだ。この話は絵本にもなるくらい有名で、俺が最初に与えられた絵本もこの話だった。

 精霊界には実体がなく、マナ――自然に存在する魔力のようなもの――だけがあった。逆に人間界にはマナが無く、実体があった。こちらは前世の地球と殆ど変わらないだろう。

 それらが一つになったことで精霊は実体を、人間はマナを得た。簡単に言ってしまえば、前世地球の自然にマナが存在するようになった感じだ。

 実体のなかった精霊の女王と子を成すってどんな仕掛けだよと思うが、そこは御伽噺。実際は色々方法があったんだろうと思う事にする。


 なぜこんなことを急に言い出したかというと、何を隠そうアトラさんは精霊だからだ。父グリムのパートナーであり、妻でもある彼女は上位精霊であった。

 上位などとついているが、区分けとしては様々な魔法が使えるかどうか、くらいらしい。彼女は火水風土の基本四種が使えるために上位とされるのだとか。中でも得意なのは水と風らしい。


 パートナーである精霊と結婚するのは珍しいことではないらしく、むしろ多いくらいだそうだ。御伽噺に憧れる人が多いそうで、その影響が大きいということだろう。

 尤も、男性に男性の精霊が、女性に女性の精霊がパートナーとなることもあるため、皆が皆とはいかないそうだが。


「私とグリムさんの子だもの。きっとすごい精霊がパートナーになるわよ~」


 俺の気も知らず、アトラさんは話を続ける。こういうところで彼女は抜けているのだ。


「そうだね。僕も楽しみだよ」


 俺の精霊がどうなるのかも気になるところではあるが、その話になるとアトラさんはきっとまた困った顔をするだろうから、あまり変な返答はできない。


 そんなことを考えていると、微笑んでいたアトラさんが急に真面目な顔をしてこちらに向き直る。


「ねえ、イオヴィシュナ」


「な、何?」


 普段はイオと呼ぶ彼女がきちんと名前で俺を呼ぶ。こんな事は初めてだった。


「私を気遣っていたのでしょうけど、あなた本当は気になっているんでしょう?」


「っ……!」


 咄嗟に反応ができず、その仕草で図星だということが丸分かりだった。


「やっぱり、そうなのね。あなたは昔から聡い子だったし……。大方、見当もついているんじゃない?」


 言われ、その通りだと思う。体は五歳児でも、中身は成人しているのだ。少し考えれば分かることだ。


 つまり、俺は彼女の子ではない、ということ。どういう経緯かは分からないが、何か理由があって彼女に育てられている。

 ミルクを与えるのに遠慮するなと言ったり、誕生日を言えない……いや、知らなかった(・・・・・・)り。そんな風に違和感を覚えた事はこの五年で多々あった。


 そして、それを見抜かれていたことが少し申し訳なくて、視線を彼女から外す。


「ふふ、それじゃわかってるって言ってるようなものよ。それとも、わざとそうしてるのかしら」


 真剣だった表情を崩して、彼女はまた微笑む。それを見て、俺は素直に話すことにした。


「気になってはいたけど、その話になると母さんは困った顔をしてたから……。そんな顔させるくらいなら、知らなくてもいいかって」


「本当に私を気遣ってたのね。ごめんなさいね、そんな心配をさせてしまって」


 今度は悲しげな表情に変わる。感情豊かな人だ。


「いや、大丈夫だよ。それで、こんな話をするってことは教えてくれる気になったの?」


「そうね……。あなたがそれを望むなら、ね」


「なんとなく予想はしてるから。それに、何があったって僕は母さんの子だよ」


 五歳児らしからぬ、ちょっとクサいセリフだったかもしれない。が、彼女にとっては嬉しい言葉だったようだ。ぼろぼろと大粒の涙を流し始めてしまった。


「そう、ね……。あなたは誰がなんと言おうと、私の子よ……!」


 泣きながら抱きしめてくる。花と日溜まりの香りが俺を包み込み、きつく抱きしめられつつもどこか心地いい。


 そのまま一頻り涙を流した後、彼女が口を開く。


「……あなたはね、森の奥で泣いていたのよ」


 どうやら話してくれるみたいだ。森で泣いていたとなると、捨て子だろうか。


「グリムさんが狩りに行っている時に、大樹の下で泣いているあなたを見つけたの」


 家の周囲を囲む森をしばらく進むと、魔物が多くなる地帯がある。そこに生えた大樹の下に、籠に入れられた状態で俺は捨てられていたのだという。


「見つけるのがもう少し遅かったら、魔物や獣に食べられてしまっていたかもしれないわ。本当に見つけられてよかった」


「僕もそう思う。あとで父さんにお礼を言わなきゃ」


「急にお礼なんてされて、あの人泣いちゃうわよ。結構涙もろいんだから」


「それは尚更お礼しなくちゃ。じゃあ、母さんが知ってるのはそれだけ?」


「そうね。あの人が急にあなたを家に連れてきて、イスナがいるから一人も二人も一緒だって。びっくりしたけど、楽しみが二倍になったわ。あなたは手もかからなかったし」


「まだこれからわからないよ? 急にグレるかもしれない」


「それは困るわね」


 そう冗談を言って笑い合う。彼女の実の子ではないとは言え、たっぷりと愛情を持って育ててくれたのは彼女なのだ。ならば、血の繋がりなんて些細なことだ。


「もう一度言うけど、僕の母さんは母さんだし、父さんは父さんだよ。血が繋がってないなんてことは、僕にとっては小さなことだよ」


「ありがとう。イオもイスナも、私たちの子よ」


 アトラさんがまた抱きしめてくる。これ以上の親はいないだろう。俺はそう思った。


 しかしその時――。


 カシャン、と背後から何かが割れた音が聞こえる。


 何事かと思って振り返ると、そこには呆然としているイスナの姿があった。


「おにいちゃんは、おかあさんのこどもじゃないの……?」


 幼いながらに理解しているのか、彼女はショックそうに顔を青ざめさせていた。


「イスナ……?」


 大丈夫かと、俺が声をかける。イスナはビクッと肩を震わせたかと思うと、


「嫌っ!!」


 踵を返して走り去ってしまった。それも、危険の潜む森に、だ。


「イスナ!!……つっ」


 アトラさんが慌てて追いかけようとするが、イスナの落としたコップの破片を踏んでしまい、足の裏から結構な量の血を流している。


「母さん、俺が追いかけるから」


「……ごめんなさいね。気をつけるのよ」


「うん。この辺は歩き回って慣れてるし、任せて。母さんはちゃんと手当てしてね」


 そう言って俺へはイスナの後を追うのだった。

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