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2話 家の探検

忘れた頃にこっちを更新してみる

 自我が芽生えてからしばらくが経ち、体の反応が良くなってきた。日々動かす努力をしていたからか、毛足が自分の言うことを聞くようになってきたのだ。


 まだ立って歩くことは難しいが、四つん這いでの移動ができるようになった。これによって、以前から考えていた家の中を探検するという目標が達成できそうだ。


 年齢的には、まだ一歳にはなっていないくらいだと思う。カレンダーのような物がないし、あったとしても読めるとは限らないので自分の勘になってしまうのだが。


 言葉も少しずつわかってきたし、なんとなく発声もできるようになった。なので――


「あ、と……ママぁ」


 アトラさんと呼びそうになって、慌てて訂正する。話しかけてくる時に「ママでちゅよー」などと言っているので、呼ぶとすればそれが一番自然だろう。


 初めてママと言った時には大層喜ばれたものだ。やはり子供が自分を呼べるようになるというのはどこの世界でも嬉しいことなのだろう。


「あらあら、どうしたの?」


 そう言いつつ、アトラさんは俺を抱え上げる。普段寝かされているベッドには柵があるから、こうして抱えて出して貰わないと動き回れないのだ。


 彼女からは安心する香りがする。うまく形容できないが、敢えて言うなら花と日溜まりの香りだ。それに包まれているとなんだか眠くなって来てしまうのだが、今は眠っている場合ではないのだ。


「うあー、おり……」


 下りたい、と言いたかったのだが、こちらの言葉ではまだうまく言えなかったので中途半端な感じになってしまっている。しかし身振りで床を示しながらなので、察してくれたようだ。


「降りたいのね? ハイハイができるようになったし、動きたいのねぇ」


 意を汲んだアトラさんが優しく下ろしてくれる。これで家を動き回り放題だ。


「イオはこの歳で不思議なくらい物分かりが良いからあんまり心配してないけど、危ないことしちゃだめよ」


 一歳未満の子供にそんなことを言っても普通は通じないだろうとは思うが、俺は中身が成人していたために少しばかり(・・・・・)物分かりがいい。

 彼女たちの言っていることがなんとなくわかるようになってきてからはそれが顕著で、俺に何かを求めているような場合は大体それに答えることができているために、彼女がこんなことを言うのも仕方が無いところがあった。


「あいっ」


「良い返事ね~。本当にわかってるみたい」


 返事をするとそんな感想を漏らすアトラさん。よもや本当にわかっているとは思うまい。


 しばらくはこのベッドの置いてある部屋――寝室を見て回る。特に面白みのあるような物は置いていないが、ベッドに残された妹、イスナの寝顔が見られる。

 ベッドの中でも見られるのだが、こうしてベッドの外から見るとやはり小さな子供だということを実感する。

 俺たちの会話で眠りを妨げられたのか、なんとなく不機嫌そうな寝顔になっていた。もしかするとこのまま起きて泣き出すかも知れない。


 俺は中身がもういい年なのでほとんど泣かない。ほとんどというのは、無意識のうちに泣いていてそれに気づいて泣き止むという場合があるためだ。

 精神は成熟してても、体がまだついてきていないということだろう。


 それに対して妹はごく普通の赤ん坊のようだ。おなかが減っても泣くし、排泄しても泣く。また不快なことがあれば泣く。この位の歳なら栄養を採って寝て泣くのが仕事だろうから、健全でいいと思う。

 俺が不健全みたいな言い方になってしまったが、アトラさんは不思議そうにしつつも手がかからなくていいと思っているらしく、不気味に思われたりはしていないようだ。


 これで呪われた子だとか忌み子だとか言われるような環境だったらかなり面倒だったと思う。人間は一般的じゃないことに対して敏感だし、そういった環境に生まれないとも限らないからな。


 そうこうしているうちに、イスナが本格的にぐずり始めた。成人してからも寝起きに機嫌が悪い人というのはいるが、イスナは恐らくそうなるような気がしている。なぜなら、


「んぎゃああああああああ!」


 寝起きは毎回こうやってもの凄い声量で泣くのだ。初めのうちはびっくりして寝ていたのを起こされたりしていたが、今ではもう慣れてしまった。

 アトラさんも慣れたもので、泣きわめくイスナを抱えると宥め始める。


「んーよしよし。いい子だからね~」


 やや間延びした彼女の声も、落ち着かせるには良い材料だろう。彼女からは落ち着く香りもするし、ああやって抱えられているとイスナもすぐに泣き止む。


 俺はそれを見届ける前に部屋を後にしようとする。俺の中の興味はすでにこの部屋の外にあるのだ。


 そうして部屋を出ようとした俺に対して、アトラさんが声かけてくる。


「私はイスナを泣き止ませるのに忙しいから、あんまり動き回っちゃだめよ」


「あい」


 返事をして部屋を後にする。俺としてもこの体ではアクシデントに対処できないことがわかりきっているので、危険なことはしないつもりだ。


 まずは家全体を見て回ろうと思っている。間取りは大体把握しているが、実際に見て回ると違ったところも見つかるかもしれないからな。

 子供の体だからだろうか、とてもわくわくしている自分がいる。家の中なんて普通はありふれたものしか置いていないだろうからあまり面白いものなんてあるはずないのだが、今はただ知らない場所を見て回るというだけで面白く感じていた。


 寝室を出たところはリビングだ。いつも両親そろってここで食事したり談笑したりしているみたいだ。木製のものが多く置かれており、テーブルや椅子も木でできていた。

 以前聞いた話では、父であるグリムが森の木を伐採してきて、そこから作っているらしい。そんな話を乳児にする母もどうかとは思うが、わかると思って話していないのだから独り言に近いのだろう。

 尤も、子供はそういった一方的な会話から言葉を覚えていくのだから、彼女のやっていることは間違いではないとも言える。


 父であるグリムは日中は留守にしていることが多く、夜になると帰ってくる。たまに帰ってこない日もあるが、そういう日はたぶん仕事か何かが数日がかりになっているのだと思う。

 今も家にはおらず、人の気配は俺とアトラさんとイスナの三人だけだ。どうやら近所付き合いのようなものもなさそうで、どんなところに住んでいるのか少し疑問に思っていたりする。


 キッチンに入ると、ほとんどのものは棚などに収納されていて俺が見るようなものはほとんどなかった。食事はまだ離乳食なのでそこまで美味しいわけでもなくて、この場所にはあまり興味がそそられなかった。


 そしてやってきました本丸。父の部屋です。ここは書斎も兼ねていて、いろんな本が置いてあるんだ。前にアトラさんに連れられて一瞬だけ入ったことがある。

 まだ文字は読めないからまったく理解できないだろうけど、本などは早めに触れておくに限る。

 もしもまったく知らない言語だったら、早いうちに習得しておかないと後々大変そうだからな。


 だが、ここに来たまではいいものの問題が発生した。


 書斎の部屋のドアが閉まっていたのである。ここまではどこも開放されていたから気づかなかったが、これは盲点だった。

 今の俺の身長ではノブに届かず、中に入ることができなかったのだ。


 そこに丁度よくアトラさんが現れた。どうやらイスナは泣き止んだようで、その後ふらっと出て行った俺を探しにきたらしい。


「こんな所にいたのね。パパの部屋に入りたいの?」


「あいっ」


 部屋の前に佇む俺を見て入りたいことを理解してくれたようだ。話が早くて助かる。


「前に入った時も見たでしょうけど、あんまり面白くないと思うわよ~」


 そういいつつ、部屋のドアを開けてくれる。俺は一目散に中に入っていった。


「ほんと、よくわからない子よね~」


 言葉ではそう言いつつも、どこか気楽そうなアトラさんの声が背後に聞こえる。俺はそれも気にしないで部屋を探っていった。


 部屋にはテーブル……というよりは机と椅子と言った方がしっくりくる物が置いてあるほかには、本で埋め尽くされていた。

 父は体格が良く見た目脳筋なのだが、こうした書斎の本の数を見ると実はインテリなのかもしれない。少なくとも読書家であることは確かだろう。


 文字はやはりというべきか、日本語ではなかった。しかし形に着目すると英語をベースにしたようなものが見受けられるため、多少とっつきやすそうではあった。

 完全に見たことのないような言語形態だったらかなり苦労しただろうことを考えると僥倖と言えるかもしれない。


 そんな俺の姿を見て、アトラさんが話しかけてくる。


「イオはこの歳で本に興味があるの? まだそこにあるのは難しいから、絵本を探しましょっか」


 どうやらこの家には絵本もあるらしい。文字を覚えるためのものとしてはかなり有用な物だ。少なくともどういった法則で文字が並ぶのかはわかるだろう。

 少なくともここにある本や自力で勉強をするよりは遥かに効率よく習得できるだろうと思う。


「あいっ!」


 俺は恒例となった返事をする。願ってもないものが手に入りそうだったので上機嫌だ。


「……ほんと、不思議な子。どんな精霊がパートナーなのか今から楽しみだわあ」


 絵本のことで舞い上がっていた俺は、アトラさんの呟きに気づかなかった。


 尤も、その呟きに気づいていたとして、俺に今後降りかかる懊悩と災難が軽くなるわけでもなかったのだが。


 それでも、もっと前に精霊というものの存在を知っていれば。そう思うのは、この時から数年が経った頃だった。

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