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1話 自我の芽生え

不定期更新の予定。

 雨の日の夕方だった。いつもより仕事が早く片付いて、定時で帰れる珍しい日だったからよく覚えている。

 雨は雨だけど、それよりも風が強かったかな。もしかすると台風が近かったかもしれない。


 家と会社はそんなに距離がなくて歩いて十分くらいのところにあったから、その日もいつも通り傘を差しつつ歩いて帰宅するところだったんだ。風が強くて、体は殆ど濡れてたけどね。


 家まであと半分くらいまで来たところかな、ちょっと大きめの交差点があるんだ。見通しも悪いわけじゃなくて、普通の交差点がね。

 歩行者用信号が赤だったから、横断歩道の手前で待ってたわけだよ。そこに、小学校低学年くらいの男の子がやって来て、隣に並んだんだ。


 大きな交差点だから、結構車の通りも激しくてね。近くに工業地帯もあるから、大型のトラックも結構走ってるようなところだね。


 それでまあ信号をぼーっと待ってたわけなんだけど、なんとなく隣の小学生が気になるんだよ。いや、僕がそういう性癖を持っているとかそういうわけじゃなくて、本当になんとなく。


 それでちょっと彼の行動を注視してたんだけど、信号を待ってるだけだから大きな動きもないわけで。


 そのまま時間が過ぎて、車用の信号が黄色になったからそろそろこっちが青になるなと思った瞬間だったと思う。後ろからものすごい突風が吹いたんだ。


 大人の体だから俺は踏ん張れたんだけど、小学生の体じゃちょっときつかったみたいで、傘のせいもあってかなり煽られたみたいだった。


 信号待ちで後ろから風に煽られたらどうなるか。そりゃ当然車道にはみ出す。

 そして運の悪いことに、信号が黄色になったことで慌てたトラックがもうすぐ近くに来てたんだよね。


 小学生をなんとなしに見てた俺はこのままだと彼が轢かれるって直感したんだ。で、なんとかしなきゃって彼の腕を咄嗟につかんで引っ張った。


 お陰で彼は歩道側に引っ張られて尻餅をついていた。きっとその時の擦り傷くらいで済んだんじゃないかな。どうしてそこが予測になってるかって言うとだね。


 自分も風に煽られてバランスを崩してるところに、咄嗟に少年の腕をつかんで引っ張る。するとどうなると思う?


 もちろん、見事に前のめりにバランスを崩したよ。最後に見えたのは、驚いたような少年の表情だった。


 そして、トラックのブレーキが金切り声を上げるのと、何か硬い物が潰れる音を背景に、俺の視界は暗転したんだ。






 次に目が覚めたのは、知らない家の中だった。今時珍しい木の家らしくて、天井に木目が見えるんだ。


 尤も、目はなんとなくかすんでいて、雰囲気しかわからなかったんだけど。でも、病院じゃなさそうなのは確かだった。


 どこも痛みを感じないから、体を起こそうとするんだけど、どういうわけかうまく動かせない。もしかすると、首の骨をやられたのかな、と思った。

 でも、曖昧ながらも手足の感覚はあるんだよ。それで、言うことを聞かないなりに動かせもしてる。


 どういうことだ? って呟こうとしたら、


「あううーあー?」


 全く聞き慣れない声が、全く意味を成さない構成で発せられた。しかも呟こうとしたはずなのに、結構な大声だ。


 そこで初めて、自分の体が小さくなってることに気づいたんだ。


 普通だったらもう少し時間がかかってたかもしれない。でも俺は、あの事故で生きてるのはおかしいなあって思ってたから、逆に冷静に周りを見られたんだ。

 それで、自分が小さなベッドにいるのがわかったってわけ。


 それだけで判断するのもどうかとは思うけど、それでもなんとなく生まれ変わったのかも知れないとはこの時にもう思ってたかな。


 で、どうしてこんな語り口調で話してるかって言うと――


「ほら、遠慮しないでちゃんと飲みなさいねー」


 絶賛授乳され中だったからなんだよね。知らない女の人、それも美人の人に授乳されるというのは、中身が成人してる男としてはなかなか堪えるものがある。

 なぜかやましい気持ちとかは全く湧かないんだけどね。これは体が成熟してないせいかもしれない。


 それでも理性では複雑な気持ちだったから、これまでの経緯を振り返ってみてたわけ。


 授乳されながらも周りを見回すと、何やら乳児くらいの子が俺の他にもう一人いたらしい。ベッドに横たわってるのが見えた。


 兄弟かな、と漠然と思ったけど、そこでなぜか唐突に眠気が襲ってきた。


 ああ、満腹になったからか――、なんてちらっと考えたけど、そのまま意識が途絶えた。





 その後も意識が戻ったり途切れたりって事が続いたけど、何日かするとだんだんと意識が戻ってる時間が長くなって、しばらくしたら完全に自我を保てるようになった。まあ、眠くなる時は眠くなるんだけど。多分それは生理反応だから仕方が無い。


 始めに意識が戻ってからどのくらい経ったのかはわからないけど、いくつかわかったこともある。


 まず、自分の名前だ。いつも授乳してくれる人――アトラさんって言うらしい――が俺にいつも呼びかけてくるから、そこから知った。

 今の俺はイオヴィシュナと言うらしい。普段はイオって呼ばれるけど、それは愛称みたいだ。


 次に、妹の名前。前は男か女かわからなかったけど、女の子だったみたいだ。イスナリアって名前で、愛称はイスナ。目元がくりっとしてて、将来はアトラさんに似て美人になると今から思ってる。


 アトラさんは母親みたいだ。彼女以外に女性を見かけない。というか、大人が彼女ともう一人しかいないみたいなんだよな。


 そのもう一人ってのが、恐らく父親。グリムって名前みたいだ。たまに抱っこしてくれるけど、かなり筋肉質だ。抱かれている時に安定感があって安心する。イスナはあんまりお気に召さないみたいだけどね。


 自我が保てるようになると、寝ているだけだとかなり暇だ。だから色々と観察するんだけど、それがまた面白い。


 日本では見慣れていたと思うようなことでも、なぜか新鮮に感じるんだ。これも自分が子供になったからなのかもしれない。


 俺が色々見たがってるのをわかってくれているようで、アトラさんが俺を抱いていろいろと見せてくれる。お陰で家の間取りは完璧に覚えた。自由に動けるようになったら、家の中を探検してみようと思ってる。


 そうそう、言葉についてだけど、今はまだ殆どわからない。自分の名前と、簡単な物の名前くらい。しかも理解できてても発音は上手くできなくて、あーとかうーって言葉になっちゃう。これも練習しなきゃと思って、色々言ってはみるけどなかなか上手くいっていない。


 それと、驚いたのは魔法があるってことだ。アトラさんが見せてくれた時はとても驚いた。子供である俺に危険が無いように、指先に小さな水球を作り出して自由自在に動かしてただけだけど、それでも初めて見る魔法はとてつもなく魅力的だった。

 それ以来どうにかして自分も魔法を使えないかと四苦八苦しているけど。これもそう上手くはいかないみたいだ。

 アトラさんが魔法を使う時、何か不思議な力が動いてるのはわかるような気がするんだけど、自分にそれを照らし合わせるともう全くわからないんだ。きっとコツとかがあるんだろうから、言葉を習得したら勉強してみたい。


 だからそれまでにできることをやっておく。今はいっぱい体を動かして、沢山栄養を取ることだ。子供は体が資本だからね。


 そういうわけで今日も父グリムに心の中で謝りつつ、栄養を補給するのだ。

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