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ファーストキス論争 完全版

作者: 山本正純

第二回創造小説。参加作品です。


感想を踏まえて大規模な改稿作業を実施しました。

 黒いボブヘアが特徴的な低身長の少女が、この街に帰ってきたのは、十年ぶりのことだった。

 その少女、小松佐紀は現在、懐かしい街並みを歩いている。

 シャッターが多く閉まっている商店街や、子供たちが鬼ごっこをしている公園。全ての景色が小松佐紀にとって懐かしい物であった。

 彼女は休憩のつもりで、公園のベンチに座る。綺麗な噴水が見える位置にある赤色のベンチから見える景色も、以前と変わらない。

 その噴水の前を子供たちが横切る。その姿を見て、小松佐紀は思い出す。


 あれは引っ越しをする直前のことだった。

 あの日の昼下がり、彼女はこの場所で幼馴染と共に鬼ごっこをしていた。公園の中心にある噴水の前で、幼馴染の男の子を捕まえたことを彼女は覚えている。

 これが恋というのか。幼い彼女には分からなかったが、小松佐紀はその男の子のことが好きだった。

「捕まえた」

 鬼役の佐紀は逃げる男の子の右腕を掴む。その後で彼女は唐突に彼の唇と自分の唇を合わせる。突然の行動に男の子は呆気にとられた。次第に男の子の顔が赤くなっていく。

 小松佐紀は彼の顔から離れ、優しく微笑む。

「お父さんとお母さんのマネだよ。お母さんに聞いたら、好きな人にやることだってさ」

 あの時彼女は公園の噴水の前で好きな男の子と生れて初めてのキスをした。

 その様子はベンチに座り二人の様子を見守っていた彼女の父親がしっかりと撮影している。

 なぜあのタイミングでキスをしたのか。当時を振り返る彼女には、あの時の真意は分からない。

 引っ越しによって好きな男の子と離れてから数年後、小松佐紀はやっと理解した。彼女は彼のことが好きだったことに。好きな子と離れ離れになったけれど、彼女には心のよりどころがある。それは好きな男の子とのファーストキスの相手が自分であること。

 彼女はいつか彼と再会したら、思いを伝えるつもりだった。

 

 彼女は赤面しながら、そのことを思い出し子供たちを優しく見守った。

 すると、噴水の前に高校生くらいのカップルが現れた。

「えっ」

 小松佐紀は思わず声を出す。彼女の目の前を通り過ぎた、黒く短い髪に細目の男は、彼女の幼馴染だった中川雄太だったのだから。

 中川雄太の隣には、腰まで伸びた長いストレートヘアの少女がいる。

 そして中川は小松佐紀の目の前で、隣の少女にキスした。

 小松佐紀は思わずスマートフォンを取り出す。偶然タッチしたアプリはシャッター音が鳴らないタイプのカメラアプリだった。噴水の前にいる彼とは距離があるため、画面をスワイプする。画面が拡大しピントを合わせると、彼女はボタンをタッチして写真を撮った。

 それから中川雄太は相手の少女に笑顔を見せ、彼女の耳元で囁く。

「ファーストキスだ。お前への誕生日プレゼントだと思って構わない」

 その声は小さかったけれど、地獄耳の彼女にはハッキリと聞こえた。小松佐紀は小言で呟き、スマートフォンを強く握りしめる。

「嘘つき」

 彼女は好きな男の子に声をかけることなく、静かにその場から離れた。

 

 翌日の始業式。小松佐紀は深呼吸して二年二組の教室のドアの前に立つ。

「今日は転校生を紹介する。入ってきなさい」

 担任教師の声がドアから漏れてきて、彼女はスライド式のドアを開ける。

 一歩を踏み出し、クラスメイト達の顔を見る。総勢三十名程のクラスメイトの前で、彼女は黒板に自分の名前を記す。

「島根県から引っ越してきた小松佐紀です。よろしく……」

 小松佐紀の目に幼馴染の中川雄太と先日彼とキスをしていた女が映る。まさか同じ高校の同じクラスになったのかと、彼女は驚きを隠せず、両手を口に当てる。

 一方中川雄太は、転校生の顔に見覚えがあると思った。

 転校生の自己紹介が終わり、普段通りの一日が始まる。とは言っても始業式を済ませた後はホームルームで、今日は午前中で授業が終わるのだが。

「これでホームルームを終わる」

 担任教師の号令と共に学校のチャイムが鳴り、クラスメイトたちは一斉に帰宅の準備を済ませる。


 担任教師がクラスから去ると、突然転校生の小松佐紀が立ち上がり、クラスメイトたちに意外な言葉を伝えた。

「早速ですが、クラス内裁判を始めます」

 転校生の言葉にクラスメイトたちの動きが止まる。小松佐紀は教壇の上に立ち、再びクラスメイトたちの顔を見る。

 そして小松佐紀は言葉を続けた。

「中川雄太君は私を弄びました。それは詐欺罪に当たります」

 小松佐紀の発言に中川雄太は困惑する。転校生の言葉にクラスメイトたちは全員首を傾げた。

「それでは分かりやすく説明しますね。中川雄太君は昨日公園の噴水の前で、そこにいる女子高生とキスをしていました」

 彼女は席に座るロングヘアの女子高校生の顔を指さす。

「何だよ。中川。遂に太田とキスをしたのか」

 クラスメイトの一人がヤジを飛ばす。そうして中川雄太と太田敦子の顔が一気に赤面する。

「中川君と太田さんのキスシーンの写真はこちらになります。私は偶然二人がキスした現場を目撃し、写真を撮影しました」

 羞恥プレイだと二人は思った。中川たちのクラスは、くだらないことを本気でやることで学校では有名になっている。そこに痺れる。憧れるという有名な漫画の台詞がクラスのキャッチコピーのようになっている。

 そうこうしている間に小松がクラスメイトたちに二人がキスする写真を見せる。

「その時中川君は、これがファーストキスだと言いましたね。それが間違いだったとしたらどうでしょうか」

「間違いなわけないだろうが。というかなんであの声が聞こえたんだよ。あれは小声で彼女にしか聞こえていないはずなのに」

 焦る中川に対して小松佐紀は静かに告げる。

「私は地獄耳だから。どんなに小さな声でも聞き逃さない」

「転校生のお前に何が分かる」

 中川雄太が机を叩き、立ち上がる。すると小松佐紀はクラスメイトたちに別の写真を見せた。

「中川君。覚えていませんか。この写真」

 その写真に映っていたのは、幼少期の中川雄太と小松佐紀がキスをしている写真だった。

 この写真を見せられ、中川雄太は一人の少女の名前を思い出す。幼い頃の彼女は突拍子もないことをやって、中川を困らせていた。突然クラス内裁判を始めるという突拍子もないことをやってのけた行動力を持つ人間は数少ない。転校生の正体は、忘れ去られた幼馴染なのか。気になった彼は小松佐紀に尋ねる。

「まさか十年前に引っ越した俺の幼馴染の小松佐紀か」


 小松佐紀は可愛らしく首を縦に振る。

「そう。私と中川雄太は、幼馴染でした。ここで皆様に質問です。中川君と太田さんのキス。幼少期の中川君と私のキス。どちらがファーストキスなのでしょうか?」

「異議あり」

 太田が席から立ち上がる。

「どうぞ」

「幼少期のキスなんて時効でしょう。だから私が中川君のファーストキスの相手よ。私は中川君と五年間付き合っているのよ。十年前の中川君しかしらない人が、そんな変なこと言わないで」

 現在中川と付き合っている彼女が小松の言い分に反論する。しかし小松は自信満々な表情を変えない。

「確かに、この十年間の中川君のことは何一つ分からないけど、私は十年間彼のことを思い続けてきた。このファーストキスの写真をお守り代わりに持ち歩いて、いつか再会した時に思いを伝えようと思っていたの」

「私だって中川君のことが好きなんだから。五年前から付き合い始めてやっとキスができたのに。いい加減にして」

 一人の男を奪い合う二人は同時に赤面する。それから小松は握り拳を作り、机を殴った。

「太田さん。あなたに分かりますか。十年以上の時間、一人の男子に片思いを続けた私の気持ちが」

「だから幼少期のキスなんて大人のマネよ」


 太田の声を聞き、小松の脳は幼少期に中川と口づけを交わした時の場面がフラッシュバックされる。

「お父さんとお母さんのマネだよ。お母さんに聞いたら、好きな人にやることだってさ」

あの時小松佐紀は、このように彼に伝えた。それは太田の言い分を正当化するには十分である。幸いにも中川雄太は、完全にあの時のことを忘れている。即ちあの時の言葉を隠蔽してしまえば、勝ち目がある。

佐紀はそのように考え、深呼吸してから太田の言い分に反論した。

「そうかもしれないけれど、ファーストキスはファーストキスですよね。論点はあなたが中川君と付き合っている云々ではありません。昨日中川君と太田さんが噴水の前でやったのがファーストキスなのか。それとも、幼少期私とやったのがファーストキスなのかということです」

「そんなの嘘に決まっているわ。あなたがファーストキスの相手だと認めさせて、私から中川君を奪うつもりでしょう」

 太田が痛いところを突く。その直後小松佐紀の顔が赤く染まる。

「最終的にはそうなりますね。この裁判の目的は、十年間という空白を埋めるためですから」

「今中川君と付き合っているのは私よ。私は彼と一緒に遊園地へ出かけたことがあるんだから。それも十回以上」

「聞いたかよ。遊園地デートを十回以上やったってさ」

 自分の席に座る男子高校生がヤジを飛ばす。それに続くように教室中をヤジが飛ぶ。


 中川は思わず両耳を塞いだ。現在クラスメイトの前で、二人の女子高生が一人の男子高校生を取り合おうとしている。俗に言う三角関係だが、このままではクラス公認の三角関係になってしまう。

 太田のデート発言で太田と中川のカップルはクラス公認になろうとしているが、それよりも三角関係の方が厄介である。

 どんなくだらないことでも本気でやるクラスと突拍子もないことをやってのける転校生は、火に油を注ぐ関係のようだ。それによって中川たちが所属するクラスは、去年より面白くなりそうだが、現在の中川雄太はそれどころではなかった。

 その内クラスメイトたちは全員察した。この構図は本物の裁判と同じではないかと。

 中川雄太が被告人。太田が弁護士。そして小松佐紀は検事のようである。

 彼らたちは全員傍観者のように、クラス内裁判を楽しむ。彼らは全員恋愛話が大好きで、弁護士役と検事役の駆け引きと共に明かされる恋バナに、終始赤面する。

「十回以上遊園地デートを重ねたっていう言い分だけど、私は家族公認の関係だから。公園で一杯遊んだし、何度も手を繋ぎました。キスまでやったっていうことは、彼の手を繋いだこともあるってことですよね。多分その数と私が彼と手を繋いだ数は、私の方が多いですよ。それに私は彼と一緒に寝たこともあります」

「それは幼少期のことでしょう」

 イラつく太田は小松に対して反論を繰り返す。だが小松佐紀はそれを気にしない。

「中川君の寝顔は可愛らしかったです。太田さんは、その顔を見たことがないんでしょう」

 その瞬間、太田敦子に嫉妬心が生まれた。小松佐紀が言っていることは、全て幼少期だからという言葉で片付けることができる。しかし彼女は現在彼と付き合っている自分でさえ知らない彼のことを知っている。自分と出会う前の彼のことを知っている彼女は、彼の全てを愛したいと考えている彼女にとって避けては通れないのではないかと、太田敦子は感じてしまう。


 激論が一段落した頃、小松佐紀はクラスメイトたちに呼びかける。

「それでは皆さん。結論は出ましたでしょうか。そろそろ多数決を取りたいと思います。まずは当事者の中川君と太田さん以外の皆様は目を瞑ってください」

 小松佐紀が教卓から身を乗り出すようにして、クラスメイトたちに問う。

「幼少期のファーストキスは認められると思った方は手を……」

 突然教室のドアが開き、竹刀を持った担任教師が姿を見えた。

「こら。こんな時間まで残って何をやっとるか」

 担任教師の怒号と共にクラスメイトたちは瞳を開ける。

「先生。今大切な話し合いをしているところです。怒るのは結論が出てからでいいですよね」

 小松佐紀が担任教師の顔を見る。だが担任教師は彼女の言い分を聞かない。

「何の話し合いかは知らないが、うるさいという図書部からの苦情が来ているのは事実だ。小松佐紀。転校初日からすまないが、職員室に来なさい。いますぐ!」

 担任教師が強い口調で小松佐紀に伝える。

 それに対して小松佐紀は肩を落とした。

 結論が出ないまま、クラス内裁判は終わりを迎えた。

 

 翌日。中川雄太を巻き込む三角関係は、クラス公認となっていた。幼少期のファーストキスをした小松派と現在中川と交際している太田派という二つの勢力にクラス内が分かれ、恋愛の応援を続けるクラスメイトたち。

 中川雄太は最悪な事態を避けることができなかった。

 太田敦子は自分が知らない彼のことを知っている小松佐紀に対して嫉妬心を燃やしている。

 小松佐紀は現在交際中の太田と中川を別れさせようと、また突拍子もないことを仕掛けてくるだろう。

 この奇妙な三角関係は永遠に続く。それを終わらせる方法は二つしかない。小松佐紀が彼のことを諦めるか。太田敦子が彼と別れるか。

 修羅場展開が日常的に繰り返されると思うと、中川雄太は憂鬱な気分になった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 切ない片思いになるのかな、と思いきや裁判になるとは! 展開が読めず、面白かったです。 [一言] 創作サークルに所属してます、梅津です。感想を書くのが遅くなってしまいまして、申し訳ないです。…
[良い点] ・色々頭がおかしいヒロインに、乗っかるクラスメイト達。ロケットランチャー並にぶっ飛んだ展開。あっ、これ決してバカにしている訳ではありません。 いっそ清々しい程の急過ぎる展開っぷりは賛否両論…
[良い点] この作品のこうした突発的な展開は賛否両論あるかとは思いますが、シュールでシリアスな笑いがあってショートストーリーで通すなら個人的には使える方法だなぁ、と思いました。 後述しますが、もう少し…
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