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男たちのカラオケ

 この日、男たちは偶然揃った休日を楽しむため近所のカラオケ店に来ていた。

「この三人が集まるのって高校以来かもな」

 フロントへ向かう階段を上りながらブランテが言う。

「そうだな。というか、俺はスメールチと会うのが久し振りだよ」

 そう言って微笑むのはネロ。スメールチはそんな二人に「ヒヒ、二人は相変わらずみたいだね」と無表情のまま声色だけ笑ってみせた。

 ネロ、ブランテ、スメールチの三人は高校時代からの仲だ。高校三年間、この三人で色々と馬鹿なことをやらかした。そう言えば、『お掃除戦争』を徹夜でやったのもこの面子だったな、とネロはつい最近やった『お掃除戦争弐』のことと一緒にあの頃を思い起こす。また暇があれば三人でアホなことをやりたいものだ。

「っしゃーませー」

 フロントからはやる気の無い声が聞こえる。店員は金髪で医療眼帯をしていた。かなりふざけている。男のように見えるが、声は女のものだったので三人はやや困惑した。が、よく考えてみれば既にスメールチという外見では性別の判断がつかず、哀れにもナンパしてきてしまった男とデートなんかして楽しむという男がいるのですぐにごく普通のことだと認識した。

「三名様でよろしーッスか?」

「ああ、はい」

「お時間どーしますか?」

「三時間ぐらいで」

「コースは……」

「んー、じゃあ、飲み放題で」

 『ななみ』と書かれた名札を下げたやる気の無い店員とネロが話を進めていく。接客態度は最悪そのものだが仕事は出来るらしく、店員はテキパキと準備を進める。

「あちら、三号室になります。ごゆっくりどーぞ」

 入室伝票と飲み放題メニューをネロに手渡すと、金髪の店員は右側を指して言った。それと同時に厨房から出てきた黒髪の店員に金髪の店員の腕がクリーンヒットし、黒髪の店員は顔を押さえながらその場に倒れこんだ。

「ごゆっくりどーぞ」

 金髪の店員はそんな悲しい出来事など無かったと言わんばかりに、顔色ひとつ変えずに復唱した。ネロたちはそんな店員に戸惑ったものの、謎の圧力を感じたし、そもそも時間が勿体なかったので指定された部屋に向かうことにした。


 部屋に入ると流れるような動きで三人が分担し、マイクとリモコンを用意しエアコンの温度と音楽、マイクの音量を調節し、フロントに三人分の飲み物を注文する。その動作に一切の無駄はなく、いかに三人が高校時代カラオケに通ったかが伺えた。それから、いつも通りブランテがリモコンを操作し一曲目を入れてマイクを持ち歌い始める。次はスメールチの番なのか、ブランテが歌い始めるとスメールチがリモコンを操作して曲を入れ始めた。

「……相変わらずブランテは歌が上手いよな」

「上手いけどなんか腹立つよね。何だろう、何がいけないのかな?」

「地味にイケメンチックな声でイケメンチックに歌うからじゃないか? イケメン断罪ってことで」

「の、割にはブランテ君彼女いないけどねぇ」

「お前ら、それすごく余計なお世話だからな」

 一曲歌うだけで散々な言われようである。しかも大分理不尽な内容で、ブランテにはどうしようもない事実だった。ブランテだってきっと好きで彼女がいない訳ではないだろう。

 ブランテが歌い終わると、今度はスメールチがマイクを持つ。そして歌い始めるのだが……

「相っ変わらず音痴だよな」

「見事に音がずれるずれる」

 真顔で評価する二人。最早ふざけているのではないかと思えるほどにズレるスメールチの音程。試しにブランテがもう一本のマイクを使って一緒に歌うと、二人とも主旋律を歌っているはずなのに綺麗にハモった。奇跡すら覚えるレベルである。

「おかしいよね、むしろ僕じゃなくてブランテ君と音楽がずれてるんじゃないかな。僕はちゃんと歌ってるし」

「ちゃんと歌ってそれなんだから相当な音痴ってことだよ。認めろ」

 間奏で首をかしげるスメールチにブランテはケラケラと笑う。

 結局スメールチの音程は最後までズレたまま終わり、スメールチがちゃんとした主旋律を歌うことはなかった。

「ネロの歌聞くのは久々だな」

「そうだね。高校以来じゃないかな」

 そう言ってスメールチはネロにマイクを手渡す。スメールチもブランテも、どこか期待した面持ちでネロを見ており、ネロはそんな二人に首をかしげた。

「なんで俺のときはいっつもそんな顔するんだか」

 そう言っている間に前奏が始まり、ネロは画面を見つめながら歌う準備を始める。そして大きく息を吸うといつも通りといった調子で歌い始めた。

 その瞬間、キィィィィンと耳を裂くようなハウリングの音が鳴り響き、ネロの声との不協和音を奏で出す。ネロの声もネロの声で、スメールチの比ではないレベルで音程をはずし、時にお経を唱え、スピーカーから聞こえるすべての音と決して相成れることのないような、ある意味奇跡の歌声である。二人はそれを笑いながら耳をふさいで聞いていた。

「相変わらず破壊音だよな」

「いやー、やっぱまともに聞くもんじゃないね。どうしたらこんな音になるんだか」

 二人の会話は熱唱しているネロには届いていない。お陰で今日と言う日もネロは自分が音痴の枠を越えていることに気付かぬまま気持ち良さそうに歌うのだった。

 曲の終盤、もっとも盛り上がる部分になると破壊音はさらに激しく、そして熱を増していく。

「ア゛イ゛ィ゛エ゛ェ゛ェ゛ ェ゛ェ゛」

「失礼いたしまー…………、す」

 ネロのテンションが最高潮となり、今回一発目のシャウトをかましたその瞬間、部屋の扉が唐突に開かれ、グラスが乗ったお盆を持った金髪の店員が困惑した表情を浮かべつつ入ってくる。どうやら注文した飲み物を持ってきたようだ。

 店員にテンションが上がりまくったシャウトを聞かれてしまったネロは顔を赤くし、歌うのをやめ動きを止めている。そんなネロに、金髪の店員はとどめの一言を放つのだった。

「大丈夫、扉を閉めていてもこの部屋のオンステージ状態ッス」

 そして店員は「失礼いたしましたー」と部屋から去っていく。

 扉を閉めていてもこの部屋のオンステージ状態。それはつまり、外に歌声が丸聞こえということである。そんな、言わなければ暫くは気づかなかったようなその事実を容赦なく伝えたあの店員。

「あの店員絶対鬼だ!!」

 ネロは恥ずかしさを叫びながらがっくりとうなだれた。しかしカラオケはまだまだこれからである。

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