女子高生の恋
最近行きつけになった小さな料理屋にクリムは親友であるセレスを連れ込んでいた。学校帰りにそのまま来たのか、二人は制服姿だ。
「……それで、最近気になってる人ってさっきのお兄さん?」
注文を終えると、早速セレスは直球過ぎる質問を投げ掛けた。そう、セレスはクリムに『かっこいい人がいる』と聞かされ、ここまで連れてこられたのだ。
クリムは顔を赤く染めながら一つ頷いて肯定を示し、厨房の方へと消えていったウェイターの方へ視線を向けた。
「……ふうん、本気なんだ。クリムが男の人に興味持つなんて凄くレアだよ」
「そ、そうでもないの」
「そうでもあるよ。クラスの男子のお誘いを『牛乳屋さん? 要らないの』なんて言って話も聞いてあげなかったのは誰?」
「……それは、男子だから仕方ないの」
クリムの返答に、酷い格差社会だねとセレスは笑った。しかし、クラスの男子であったことを差し引いたとしてもきっとクリムは誘いに乗ることは無かっただろう。セレスは中学のときからクリムの親友をやっているが、中学を卒業し、高校に入学し、二年生に進級した辺りまではそんな浮いた話は一言だって出たことがなかったのだ。その興味なさっぷりは初恋すらしてなかったんじゃないかと思うほどである。
「なんで好きになったの?」
「す、好きとはまだ決まってないの……!」
またもド直球なセレスの質問にクリムは耳まで真っ赤に染めて否定した。「そんな顔をする時点で煩っちゃってるのは確定だよ」とセレスは言いたかったが、必死に否定される未来が容易に想像できたので話を進めることにした。
「それで、経緯は? ここ来たら話すって約束だったよ?」
楽しそうに、ニヤニヤと笑い出しそうになってしまうのを何とか堪えながらセレスは問う。クリムはそんなセレスの視線から逃げようと目をそらし、モニョモニョと口元を動かしていたが、やがて観念したのかその経緯を語り出した。
「えっと……、確か秋のことだったの。最初は時間潰すためにこのお店見つけて、適当にお茶でも飲みながら本読もうかなって入ったの。……だから、興味もなにも全く無くって」
懐かしむように言うクリムの顔はへにゃりと笑っていて、この店自体が好きであることを示していた。
「でも、なんかここ凄く居心地よくて、それからよく来るようになったの。そうしたら、何時だったかなぁ……あのお兄さんが『今度出す予定の新作なんですけど、良かったら食べてくれませんか』ってデザートを出してくれたの」
ああ、先ず向こうに顔を覚えてもらったんだねー、とセレスは微笑みながら話の続きを待つ。それからどんな展開があってこうなったのか、なんて楽しく想像を交えながら。
「バニラアイスにスフォリアテッレとベリーソースを添えた奴だったんだけど、凄く美味しかったの。それで、お兄さんに率直な感想を伝えてみたら、お兄さん嬉しそうにしてくれて。……それから、ちょくちょく新作を出すってことになる度にお兄さんが私に試作を出してくれるようになったの。
何時だったのかなぁ……本当に、気がついたらって感じだったの。気が付いたら何となく目で追うようになっちゃって、探しちゃったりもしちゃって……それで、見つからないと落ち込んで……。虜に、なっちゃったの。スフォリアテッレの」
「うん。まさかとは思ったけどスフォリアテッレとの出会いの話だよね、これ」
しかし途中から怪しい空気を感じつつも最後までしっかり聞いているセレスである。律儀だ。
「んー……じゃあ質問を変えるよ。どこが好きなの?」
「……サクサク感が、一番なの」
「わざとやってると信じたいけど、スフォリアテッレの話じゃないよ。お兄さんの話だよ」
少しためてから真面目な顔で答えたものがスフォリアテッレの好きなところなんて誰が想像しただろうか。別に、スフォリアテッレの話はそこまで求めていないのである。
「どこが、好きか……」ぽつりと呟き、クリムは真剣な顔で考え込む。その視線がウェイターの彼を探していることに気付いているだろうか。「……笑顔?」
「考えた割には普通の答えが出たよ」
「し、仕方無いの! なんか、笑ったときの八重歯が可愛くて……」
「って思ったら案外よく見てたよ。ガン見だよ」
相手の顔をしっかり見ていなければ八重歯なんてそう見えないものである。
「ガン見まではいかないの! 精々『ちょっとしっかり見てる』程度なの!」
「見てるんじゃん」
「見てるのは認めるの……!」
「何が?」
「ホワァッ!?」
突然割り込んできた男の声に謎の奇声をあげるクリム。話の内容よりも、よっぽどこちらの方が恥ずかしいと思わないのだろうか。
「はい、おまちどおさま。いつもありがとう」
しかしウェイターはその程度の客の奇行には全く動じないらしく、笑顔のまま運んできた皿をテーブルに置き、去っていく。その間、しっかりとクリムはウェイターを見続けていた。
セレスはそんな親友の姿にため息をつきつつ、今後なにか進展でも起きたらいいなぁ、なんて呑気に考えるのだった。