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成人男性とゲーム

「ただいまー」

「……おーう」

 最早ブランテが家に上がり込んでいる光景に慣れたネロが帰宅すると、いつもとは違いブランテの返事が生返事であることに気付いた。何かやっているのだろうか? なんて考えながら、ネロは靴を脱ぎ廊下を抜ける。

 するとそこにはコントローラーを握り、画面を食い入るように見つめ、テレビゲームに興じるブランテの姿があった。ネロが帰ってきたにも関わらず見向きもしない。集中しているようだ。

 ブランテがなんのゲームをしているのか、画面を見るだけでは分からなかったネロは、荷物を置き上着を脱ぐと、ゲームの箱を探した。箱はブランテのすぐそばに開けられたまま放置されていた。

「……『お掃除戦争 弐』?」

 箱を手にそのタイトルを呟く。ネロはそのタイトルに覚えがあることに気付き、記憶を探ってみることにした。


 クリアー出来ないゲーム。どう頑張っても倒せないラスボス。盛り上がり続ける三人の男。揺れる主人公のスカート。ブレザーかセーラーか。画面の向こう側で飛び交う箒。塵取り。モップ。雑巾。バケツ。はたき。掃除機。ウェットティッシュ。終わるまで眠れない。熱中しすぎて眠れない。朝日が上る。地獄の二徹。


 探れば探るほど、苦くて辛い、でもどうしようもなく楽しくて懐かしい、高校時代の記憶が蘇る。そう、確かあのとき三人で二徹してまでやったのは『お掃除戦争』だった。

「……『弐』が出たのか」

「おう。今日見つけて思わず買っちまった……ああああッ!? ちょ、タンマ! 待てってオイ!!」

 ネロの言葉に反応したと思いきや、ブランテは突然慌てたように叫びだしガチャガチャとボタンを叩く。やがてその激しい動きはおさまり、ブランテはがっくりとうなだれる。画面には『敗戦』の無情な二文字が刻まれていた。

「相変わらずの難易度なんだな……どうする? 夕飯食ってく?」

「ああ、食べる。今日は最悪これ終わるまで帰らねえ」

「泊まってく気満々かよ……」

 コントローラーを持ち直し『再清掃』を選択するブランテを見てネロは思わず苦笑した。幸か不幸か、明日は休みだ。これはもうトコトン付き合うしかないらしい、と覚悟を決めつつネロは台所へ向かった。

 コンロの上に大鍋がある。昨日の残りのシチューだ。中を確認してみれば、二人前は余裕にありそうだった。

「ブランテー、夕飯シチューでいいか?」

 一応ブランテに声をかけてみる。しかし、もうゲームに熱中し始めているのか「んー」という曖昧な返事しか返ってこなかった。

「後で文句言われてもしーらない、っと」

 どうしようもないな、とネロは笑って大鍋を温めつつ、冷蔵庫からレタスやら鳥笹身やらを取り出して簡単なサラダを作り始めた。


 サラダが出来上がり、温まったシチューと米(炊飯予約をしていたためネロが帰ってくる頃には炊けていた)を各々器に盛ると、ブランテがいるリビングの机に運ぶ。

「おいブランテ、飯出来たぞ」

「んー……もうちょっと」

 ネロの方へ見向きもせず、ブランテは真剣な表情で画面を見つめながらゲームを進めようとする。だが、ここでブランテを甘やかすネロではない。

「……中断しないとハードごとぶっ壊すぞ」

「ちょ、丁度終わった!」

 ボソッと囁かれたネロの言葉は効果覿面で、ブランテは慌ててポーズ画面にするとコントローラーから手を離しネロの方を向いた。ネロはそんなブランテにわざとらしく深いため息をつく。そして「さっさと手ぇ洗ってスプーンとか持ってこい」なんて母親みたいなことを言うのだった。

 ブランテがスプーンや箸を持ってくると、二人は「いただきます」と軽く手を合わせて夕飯を食べ始めることにする。どうやらブランテは早くゲームの続きがしたいらしく、そわそわとゲームの方を気にしながら急いで箸に手を伸ばしサラダから食べ始めようとした。

 子どもに戻ったようなブランテに、ネロは苦笑するしかない。

 どうせゲーム再開までこの調子だ。ならば自分もさっさと食べて片付けを済ませてしまおうとネロはスプーンに手を伸ばす。と、そこでおかしなことに気づいた。スプーンがやけに細長い。しかも柄の先端はフォークのようになっている。これはもしかして、もしかしなくても蟹スプーンじゃなかろうか。

「……おい、ブランテ。スプーン間違ってるぞ」

「あれ、ほんとだ。蟹スプーンだな」

「ああ、これはどうみても蟹スプーンだよな。っておい! なんで蟹スプーンって確認してもそのままシチューを食べようとするんだよ! 食べづらいだろ! ちゃんとしたスプーン持ってくるから待っとけ!」

 待っとけと言われて待つブランテではない。そのまま蟹スプーンでシチューを食べ、白米を食べ、箸に持ち変える手間を惜しんだのか蟹スプーンを半回転させると、蟹の身を掻き出す方をフォークのように使いサラダを食べた。蟹スプーンを最大限に有効活用している。ブランテはこの後全てを蟹スプーンで食べ続け、ネロが新たに持ってきたスプーンには手をつけなかった。


「さてやるぞー!」

 夕飯を食べ終わるとブランテは早速ゲームを再開するためコントローラーを握る。ネロも食器の片付けが終わると、その横に座った。

「今回のキャラメイクはどうした?」

「勿論女主人公で夏服セーラー」

「ぶれないなぁ……」

 高校時代から変わっていないブランテのチョイスにネロは笑った。夏服にこだわるというところもブランテらしい。

「武器は?」

「ホウキ(長)とホウキ(短)にした。ここの面雑巾が飛んでくるからこれじゃないと弾ききれないんだ」

「アビリティは?」

「『砂化』にした。やっぱ一番強いのこれだと思うんだよな」

 ゲームの内容も相変わらずらしい。殺傷能力ある雑巾とは一体どういうことなのだろうかと高校時代はよく突っ込んだものだ。

 因みに、『砂化』とは正式名『衝撃を与えたものを砂に変える能力』である。このゲームには武器の他に一つだけ特殊能力を選ぶことが出来、ある程度ポイントがたまると発動させることができるようになっているのだ。

 ブランテの言う通り、画面では雑巾が激しく飛び交っている。ブランテはそれを器用に二本のホウキで弾いていくのだが、途中から何故かダメージを受けるようになっていた。全て弾いているにも関わらず、だ。

「ブランテ、もしかしてこれ水拭きなんじゃないか?」

「マジか! だからずっと喰らってたのか! あー……それじゃあ弾くのダメだなー……」

 やがてダメージは限界値に達し、また『敗戦』の無情なる二文字が画面に表示された。

「俺やってみていい? 弾かないで全部回避してみる」

「出来るか? でもネロは回避得意だもんなー」

 そんなやり取りを交わして、コントローラーはブランテからネロの手に渡り『再清掃』が選択される。

 これが、男たちの戦いの幕開けだった。

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