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成人男性とバレンタイン

 仕事が終わり、くたくたに疲れた身体を引きずって自宅のあるマンションに辿り着いたネロが見つけたのは、明かりが灯る自室のベランダだった。

 それを見るなりネロは疲れなどお構い無しに走り出し、エレベーターに駆け込み自宅へ急ぐ。玄関に手をかけると案の定鍵は空いていた。

「またお前かぁぁぁぁッ!!」

 隣人に怒られかねないほど迷惑な声量で怒鳴りながら、蹴破るようにして玄関を開くネロ。だが、靴を放り投げるように脱いでバタバタと廊下を抜けるとその勢いは急速に失われた。

 ネロの家のはずなのに、半分ほどネロのものではない物で埋められたリビング。そこで大きなブルーのクッションを枕に、ムニャムニャと寝言をこぼしながら幸せそうに眠る金髪の男。

 ネロの家に勝手に侵入した犯人であり、ネロの親友であるブランテは今日もネロの家に泊まるつもりのようだ。



「もうすぐバレンタインだなー」

「その前にお前は試験だな」

「やめろ! 俺は現実から目を背けたい!」

 そんな会話をしながら来るバレンタインデー色に染められつつある街を男二人が歩く。休日にも関わらず男二人という時点で彼女の有無はお察しだ。

 大学生であるブランテは、これから単位を賭けた試験の日々に突入する身である。ネロは働いている身なので単位のことは分からない分、こうして自分と街をほっつき歩いていないでさっさと試験勉強しろと声を大にして言いたそうだ。

「バレンタインなんて言っても俺には関係ない話だな」

「そうなのか? なんとなく義理チョコ貰えるもんじゃねえの?」

「……お前、世のモテない男たちに一回殺されてこい……」

 そういえばイケメンだった、とネロはため息をついた。そう、ブランテはイケメンだ。なのにネロと同じく年齢イコール彼女いない歴という悲しい人生を辿っている。だが女の子にモテないということはなく、バレンタインになればそれなりの数のチョコを貰えているのだった。

「……なあ、ネロ」少し考えるような素振りを見せてからブランテは言う。ネロが「何?」と返すと少しおいてから続けた。「今回も、試験終わるまで出入り禁止なんだよな?」

「当たり前だ」

 ネロは毎回、ブランテが試験期間になるとネロの家に出入りすることを禁止している。それを破って家に侵入しようものなら、鬼の形相で玄関の外へ叩き出すのだ。そういう期間ぐらい学生は勉強しろということらしい。或いは、試験をさっさと終わらせてしまって、自分と遊ぶときはなんの不安もない状態にしろというツンデレなのかもしれない。

「ならさ、今回の試験終わるのって丁度バレンタインデーの辺りだし、俺にチョコ作ってよ」

「はぁ?」ブランテの提案にネロはすっとんきょうな声をあげる。「何言ってんだ、お前」

 生憎だけど俺にはそういう趣味はない、とネロは親友のわけの分からない発言にやや引きつつも答える。するとブランテは弁解するように言うのだった。

「いやいやいや、俺だってそういう趣味はねぇよ! ただ、試験って疲れるから甘いもの欲しくなるじゃん? そんで、世はバレンタインなのにそういう空気に乗っかれないってのも寂しいだろ?」

「……本音は?」

「ネロ手料理上手いから、菓子も作ったら上手いんじゃないかと」

「……はは」

 素直すぎるブランテに思わず笑うネロである。食べることしか頭にない。ブランテはネロにガッチリ胃袋を捕まれてしまっているので、仕方ないと言えば仕方のない話なのだが。

「ほら、丁度本屋もあるしレシピ買うなら今だぜ?」

「何が悲しくて男がバレンタイン間近にお菓子のレシピ本買うんだよ」

「全くだ」

 なんてやり取りをしながら二人は本屋へと入っていく。そこで、若干幸せそうににやけながらレシピ本を立ち読みしている黒髪の女子高生が目に留まった。

「いいねえ、女の子ってのは。楽しそうで」

 ブランテは女子高生を微笑ましげな顔で眺める。彼氏にあげるのか、それともこれから告白するのか。他人の行動を端から見て色々と想像するというのは中々楽しい。

「……いや、もしかしたらあの子はバレンタインあんま関係ないのかもしれないぞ?」

 一方でネロは少し驚いたような、困惑したような表情を見せた。その視線の先には、女子高生の小脇に抱えられた一冊の単行本がある。タイトルは『蜂の巣パズル』。

『蜂の巣パズル』は最近世を騒がせている推理小説だ。その緻密な推理や、リアリティー溢れる人間模様等については称賛され尽くしている小説だが、一方で表現の過激さについては物議を醸している。殺人の方法がとても猟奇的なのだ。

 あの女子高生は、念願の単行本を買えるとなって彼処まで嬉しそうにしているのかもしれなかった。その証拠に、読んでいたレシピ本は閉じて元にあった場所へ戻してしまい、『蜂の巣パズル』を大事そうに抱えて足取り軽くレジへと向かっていった。

「……すげえな、あの本あんなに嬉々として抱える子初めて見たぞ」

「まあ、少なくとも女子高生が読むもんじゃないよな……」

 二人は、女子高生の謎の生態を一つ知ることになったのだった。

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