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9話 カランディと無人機と



「カランディ。何年ぶりだ」

 驚くクナイシィ。思わず手を取る。

「あの白い煙は、消毒剤?」

 クナイシィの鼻に、まだ臭いが残っていてひくつく。

「ああ、そうだよ。喧嘩を止めさせるのに使えると思って取り出してたんだ。そしたら銃声がして、誰が撃ったのかと見たら、君だから驚いたよ」

「消毒剤なんて、なぜ持っていたの?」

 リンファムが聞く。

「あ、初めまして。カランディといいます。クナイシィとは子供の頃からの友人なんです」

「リンファムです。クナイシィとは……ちょっと知り合いで」

 頭を下げあう二人。

「僕は、汚染物質の浄化や、環境衛生の仕事をしているんです。今日は街の見回りをしてたんですよ。気密された広大な空間は、空気の流れの悪いところがあって、かびや細菌、虫なんかが大発生したりすることもありますからね。その時に使う消毒剤を発煙させたんです。三本同時はさすがに多過ぎたかな」


「とにかく助かったよ。ありがとうカランディ。俺は捕まってもいいけど、リンファムに悪いと思って、どうしようかと思った」

「まったくよ! ……でもあの喧嘩は本当に危なかったから、止められて良かったわね」

「最近、喧嘩が多くて。もうすぐ民間人移送の最終便だし、選に漏れて残ることになった人たちは、かなり気が立ってるみたいなんだ。昨日、核が使われたっていう噂が更に刺激してしまったみたいでね」

 その言葉に、クナイシィとリンファムの顔が曇る。

「ちょっと、うちに寄ってかない? すぐそこだし、お茶でも飲んでいってよ」

 クナイシィがリンファムをちらと見ると、頷いてくれた。

「そうだな、まだ話したいし。本当に久しぶりだもんな」

 クナイシィは微笑んだ。


 しばらく歩き、商店街の店の一つに着く。

「以前は、服を売ってた店らしくてさ」

 店内へ入ると、すぐに壁があり狭い。その壁の前には、衣服展示用の等身大の人形が、裸でいくつも立っている。

「ちょ、なにこれ怖いだろ。夜とか」

「ははは、クナイシィは昔から変わらないな」

 そう言いながらカランディは、壁にある扉を手前に開けた。


 壁は店内に作られた、組み立て式住居の樹脂積層板の壁だったのだ。片付けられた広い店内に家があるという、街の店舗を住居とするための施策の一つだった。

「おじゃまします」

「おじゃまします」

 カランディに続いて入ると、床が高くなっている以外は、標準的な作りの住宅だがなかなかの広さのようだ。入口の空いた場所に、薄茶色の多層構造板紙の箱がいくつも積まれている。

「まだ来たばかりで、荷物もそのままなんだ。研究所でやることの方が多くてさ」

 入ってすぐそばにある、来客用の座卓のある部屋に通された。大きめの椅子に座るよう促され、座る二人。

「すごいな、こんなちゃんとした応接間まであるんだ」

「残る人たちに気を使って奮発したみたいだね。椅子とかは、お金持ちの使っていたものを再利用しただけみたいだけど。お茶は赤にする? 黒にする?」

クナイシィはリンファムを見て、手で促す。

「あ、じゃあ赤で、お砂糖一つでお願いします」

「俺も赤で、砂糖はなしで頼むよ」


 クナイシィたちはお茶を飲みながら、最近のことや、カランディの仕事についていろいろ話した。

「……そうか、クナイシィも微妙にわかってないんだな……まあ仕方ないんだろうけど」

 うつむいて、ため息を吐くカランディ。

 顔を上げ話し出す。

「凄まじい数の核兵器がばら撒いた汚染物質は、撃たれた数から考えれば多くは無いんだけど、地上で炸裂させたりしていたこともあってね。現代の科学技術や、無人で遠隔操縦できる重機が無かったら、人類は滅亡してたと思うよ。それくらい酷いことなんだ。都市を覆う防御波が間に合って、直接的な被害を防げたことが最大の幸運だったと思うけどね」

 黙って聞くクナイシィ。あまり詳しくは知らないのだ。

「遠隔操縦の重機は本当に役に立っていて、人間が近づけないような汚染物質を集めて遠ざけることが出来たけど、結局右から左へ動かしただけなんだよね。無くなったわけじゃない」

「無くせないのか?」

「……今のアクスリアが持っている技術ではね。穴を掘って、汚染物質をまとめて埋めるくらいしか出来ないよ。量が多過ぎるから無毒になるまで何百年もかかる。それにこの星のあちこちにある破壊された発電所から、汚染物質が今も漏れ出している。近くのものは強引に封印したけど、手つかずになっている所も多くてね、未だに汚染物質が風に乗って飛んでくるんだ」

 世界規模の核兵器の撃ち合いは、発電所も例外なく破壊していて、そのことによる汚染も深刻な問題となっていた。

「急いで封印するべきなんだけど、宇宙への移住が決まってからは僕たちの要求もあまり通らなくなってしまって、なかなか行けないんだ」

「そうか……」

「それに核の汚染物質だけじゃなく、有害な細菌がまだ休眠状態で潜んでいたりするから気をつけないとね。宿主の無い人工病毒は、さすがに崩壊し尽くしたと思うけど、やることは山積みさ」

 細菌や病毒の怖さは、薬が間に合って何日も寝込んだだけで済んだとはいえ、クナイシィも身をもって知っていた。


「まあ、君たちの子供か孫が、安心して帰ってこられるように、なんとかしようとは思ってるよ。僕が死ぬまでには次へ続くことを確立しようと思ってる」

「なっ……」

「なっ!」

 驚くクナイシィ。

「ちょ、カランディは宇宙へ行かないのか?」

「え、ああ、行かないよ。当然だろ。だって僕はこの国の汚染をなんとかしたくて、この仕事を選んだんだから。宇宙へ行ってしまったら何も出来ないじゃないか」

 クナイシィは言葉が出ない。


「あなたのような人が、敵国にもいればいいのにね」

 リンファムがため息をつく。

「敵の三国のうちトルアーリは、元々昔から地下都市を作って、地上は農地として活用していた農業国だから、たぶん浄化にも力を入れていくと思うよ」

「でも結局、ツァンクアスの連中が、無理やり三国連合にして戦争を仕掛けてきたのよ。この先もツァンクアスの言いなりになるんじゃないの?」

「どーかな……小国ながら技術力の高いシルクークスも、それほど好戦的な国ではないし、この先はトルアーリと協力して世界の浄化に動いてくれると思いたいね」

 二人の会話を、ぼんやりと聞いているクナイシィ。

「そうか、カランディは宇宙へ行かないのか……」

 独り言のように口に出す。

「うん、なんとか少しづつでもこの国を元へ戻す努力をするよ。途方もなくて参っちゃうけどね」


「さあ、そろそろ時間だわ、行かないと。カランディさん、今日は本当にありがとう、助かりました。お茶も美味しかったわ、ごちそうさま」

「また良かったら来てください。あ、もうみんな近いうちに宇宙へ上がっちゃうか」

 笑うカランディ。

「ちょっと、ほら、あなたも」

 ぼんやりしたクナイシィの尻を叩く。

「ああ、今日は本当にありがとう、助かったよ。久しぶり会えてよかった」

 

 店の外へ出ての別れ際、カランディが声をかける。

「クナイシィ。この先、何があっても冷静に対応して欲しい。決して無理はしないで」

「……大丈夫だよ。もう戦闘なんてないだろうし」


 端末の連絡先を教えてもらい帰路についた。

「まだ宇宙へ行くまでには日があるし、私に言ってくれればまた来られるわよ」

「そうか、ありがとうリンファム」


 リンファムのおかげで、問題なく帰ることが出来た。今日のことは二人だけの秘密だ。

 部屋に白い花を飾る。思わず笑みがこぼれ、クナイシィは本当に救われる思いだった。そしてカランディが宇宙へ行かないということを思い出し、ため息をつく。


 その後、何日かは何事も起きなかった。無人機の行動を見守るだけの退屈な任務。敵も無駄な攻撃をしなくなり、ただ交代時間までいるだけだった。

「まったく退屈だな~」

「こんなに戦闘が無くなるとは思ってませんでしたよ。もう少し何か乱暴な突撃とかあると思ってたのに」

「もう戦争に嫌気がさしてるんだろうと、俺は思いたいけどね」

 スリィードとミルグの会話に、クナイシィも加わる。

「でも僕はツァンクアスの連中を絶対に許しませんよ。あんな残虐なことをした連中は」

 ミルグの静かな怒りの言葉に、クナイシィは何も返せない。

 その日も何事も無く済んだ。


 そして今日は、民間人移送用宇宙船最終便の発射日だ。この数日後から軍人の宇宙行きも始まる。

 軍人を残す目的の暴動があるなら、この発射後だろうが、クナイシィにはそんなことが起きるとは全く思えなかった。ただの噂でしかないと。

「クナイシィとスリィードは、宇宙港周辺の警備に行ってくれ。何かあればすぐに連絡しろ」

 隊長の命令を受けて宇宙港近くへ向かう。各小隊から数名回されているようだった。


 いつもの曇天の中、何も起きず時間と雲が流れていく。生き物の気配も色も何もない、いつもの灰色の世界。

 宇宙船は無事に発射された。それも何度も見てきたものだ。何かあるとすればこれからだが、宇宙港も巨大な防御波で守られ、飛行船の監視もある。容易に攻撃することなど出来ないのだから、大丈夫だろうと思っていた。


 空の果てへ続く、白い煙の筋を見ているクナイシィのタルート。その操縦席に突然、見知らぬ男の声の通信が響く。


「アクスリア軍の兵士諸君。しばらく耳を傾けて欲しい。私は無人機の開発に関わってきたミルガリィという者だ。ただいまよりアクスリア軍の無人機は、軍の所有物では無く、いかなる外部入力も受け付けない完全に自律した無人兵器となる。そしてアクスリア軍、君たちもその攻撃対象になりうるとお伝えする」


「なんだこれ」

 突然の一方的な通信内容に驚き、操縦席のあちこちに視線が泳ぐ。

「なんだこれ、おいスリィード」

 慌てて聞く。

「知るかよ、それより随伴機がこっちの命令を受け付けない。お前のはどうなってる?」

 スリィードの言葉に驚きながら、随伴機に命令を入力してみる。

「ダメだ。何も反応が無い。なんだこれ」


「無人機から攻撃を受けたくない者は、ただちに兵器を停止させるか、防御波の接触しない距離へ離れなさい。そうすれば無人機から攻撃を受けることは無い」

 何者かからの通信が続く。

「もう一度言う! 無人機から攻撃を受けたくない者は、ただちに兵器を停止させるか、防御波の接触しない距離へ離れなさい。そうすれば無人機から攻撃を受けることは無い」

「無人機から攻撃?」

「これだけ説明したにも関わらず、無人機と戦闘になり命を落としたとしても、私は何も思わぬからな。兵器を停止させるか、防御波の接触しない距離へ離れなさい。そうすれば無人機から攻撃を受けることは無い。以上だ。アスシアの為に!」

 通信が切れる。


「クナイシィ、随伴無人機の制御は出来ているか?」

 隊長からの通信。

「いえ、出来ません。入力を受け付けません」

「わかった……各自、無人機から離れろ。攻撃はするな。離れた場所で待機だ。追って指示する」

 全員へ通信される。


 また別の通信が入った。

「全ての兵器の稼働を停止してください。こちらの認識後、制限時間内に停止しない場合、兵器と認められるもの全てを破壊します。こちらへ攻撃を加えることも敵対行為と判断して破壊します。どちらでもない場合に、こちら側から攻撃をすることはありません。ただちに兵器を停止してください。ただちに兵器を停止してください」

 人間の声ではない、機械の合成音声だとわかるが、良く出来た音声で違和感は少ない。

 その通信が、自分の使用していた随伴無人機からだとわかり、驚愕するクナイシィ。随伴機はいつの間にかこちらを向いて停止していた。

「なんだよこれ……」

「秒読みを開始します。60、59、58……」

「おい、クナイシィ、とりあえず無人機から離れるぞ」

「ああ、離れた方がいいな」

 スリィードと会話して、その場から動き、随伴機から離れる。随伴機は既に他の無人機と同じだ、クナイシィの管理下にはない。


 しばらく進むと、大量の防御波の接触を示す表示がされ、前方から無人機の群れが現れた。 

「クナイシィ、クナイシィなの?」

 無人機の奥からタルートが出てきて通信が入る。

「リンファムか、どうしてこんなとこに?」

「宇宙港の警備用に、無人機を配備する為よ。でも全部がいうこと聞かなくなっちゃって、どうなってるのこれ」

 秒読みが残り少なく、かなり慌てているようだ。無人機の群れは宇宙港周辺へ歩いていく。無人機の一つがクナイシィたちの前で停止し、警告の通信を入れてきた。

「落ち着いて、リンファム。無人機は、もうどうにもならない。とにかく無人機から離れよう」

 慌てるリンファムをみて、クナイシィも腹が決まった。冷静にならねばと思う。


「何が起こってるんだ? あの声は誰なんだよ」

「たしか無人機の開発に関わっているとか言っていたな。何か知らないかリンファム」

「……あれはミルガリィ博士よ。無人機の開発責任者。どうしてこんなことを……」

「どこにいるかわかる?」

「ええ、中央指令塔で無人機全体の管理をしているはずだわ」


「隊長、中央指令塔が原因かもしれません。近いので調べに行っていいですか?」

「……よし、わかった、許可する。連絡は怠るなよ、無茶もするな」


「よし、行ってみよう」

「行ってどうするんだよ」

「本当にいるかどうかの確認と、どのみち建物内へ避難した方がいいかもしれないだろ。あの通信を信じるならな」

「そうね、行ってみましょう。誰もいないのなら無人機を止められるかもしれないわ」


 三人は、無人機の秒読み通信を振りほどくように、足早に中央指令塔へ向かった。


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