8話 リンファムと
花屋から出てきたリンファムは、白い紙に包まれた花を持っていた。花の真ん中の黄色が大きめで、鉱山の花とは違うとわかるが、似た感じの花だった。
クナイシィの視線に気が付いたリンファムが、驚いて小走りして近づいて来る。
「ちょ、何? 泣いてるの?」
クナイシィは堪えきれず、両目から大粒の涙を流した。止められない。
「なによ、どうしたのよ?」
慌てるリンファム。
「あ、ごめ……」声にならず嗚咽するクナイシィ。顔を上げられない。
「もう……こっち来て」
リンファムに右手を引かれ、花屋の店内に入る。
店内に入ると、30代くらいの、おそらく店主であろう女性が、丸椅子を出してくれたので腰掛けた。
「すいませんね。知り合いなんだけど、なんか突然泣き出しちゃって」
リンファムが頭を下げる。
ようやく落ち着いたクナイシィ。
「大丈夫?」
「ああ、うん、ごめん。ちょっと色々あって、さ……」
リンファムに答えて顔を上げる。店内は広くはないが、たくさんの花が飾られていた。なんとも言えない香りが漂う。
「男は人前で泣いちゃダメなんだぞ」
近寄って来た、小さな男の子に言われる。
「こら、ルシリグ」
店主であろう女性がたしなめる。母なのか。
「ああ、本当だね、ごめん」
人差し指と親指で、両目を拭い、ため息を吐いて答えるクナイシィ。
「でもこないだ読んだ本には、ちゃんと泣ける男の方が、いい男だって書いてあったわよ」
奥から、男の子の姉と思える少女が出てきた。
「もう! 二人とも奥に行きなさい!」
「はーい」
奥に歩く二人。
くるりと振り返る姉。
「お兄ちゃん、何か買ってよね」
「こら、ルゥリクス!」
母の声に少し跳び上がり、足早に奥へ消えた。
「すいませんね」
「いや、いいですよ。元々この店で、何か花を買おうと思って来たので」
「あら、そうなの?」
驚くリンファム。
「うん」
「そっか……じゃあどれにする?」
微笑みながら聞くリンファム。
「そうだな……」
辺りを見渡すクナイシィ。
「あれがいいね」
赤い花を指さす。
「事情があって、花の束は買えないのですいません」
頭を下げるクナイシィ。
「いいんですよ。趣味でやってるだけの店ですから」
「私も謝ったのよ、沢山だと持っていけないからね……」
「気にしないでください。花が人の手に渡るだけで嬉しいものなんですよ」
紙に包まれた花を受け取り、お金を払うクナイシィ。
手に持った花が、クナシィの顔の前にくる。
「花の匂い、いいでしょう?」
「はい。いい匂いですね」
クナイシィは笑顔で答えた。目が潤む。
「それじゃあ、また来ますから」
リンファムの声。クナイシィと二人、店を後にした。
「あなた、どうやって来たの? 都市へは行くなって通達出てたでしょ。道に警備もいるし」
「ええ、ああ……ちょっと、どうしても行きたい気分なっちゃって。貨物庫の上に乗って……」
「な、貨物庫の上にって……無茶するわね。私は知り合いが貨物車の輸送業務やってるから、それに乗せてもらって来たのよ」
「そっちだって無茶じゃないか、見つかったら乗船権はく奪されるかもしれないのに」
「貨物車に同乗してれば、何も怪しまれないことを確認してあるから大丈夫よ。そこまで厳しく調べてないわ、出る時に運転席内を見る程度よ」
「そっか。まあ、厳しく調べてるなら、俺も見つかってただろうしね」
「ああ、そうだ。はいこれ、あげるわ」
白い花を差し出すリンファム。
「え、いいの?」
「ええ、あなたにあげようと思って、また食堂で会えたらね。会えなかったら会えなかったで、食堂に飾っておけばいいし」
「そうか、ありがとう」
「……さすがに私もへこんだわよ……ここへきて、まだ核を使うだなんてね……」
ため息をつき、首を振るリンファム。クナイシィも気が重い。
「じゃあ、これお返し」
リンファムに、赤い花を差し出すクナイシィ。
「あら、いいの?」
「うん、似合うと思ってさ」
「ありがとう、うれしいわ」
花の香りをかぐリンファムに、クナイシィの頬も緩む。
「花屋は初めて入ったけど、いい香りがしていい所だね」
「まあ、初めてだったの。ああ、そっか、男所帯だものね。私たちは花を買ってくる子も多くて、昔と違って驚くほど長持ちするし、どんどん溜まってすごいのよ。あはは、虫がついてて大騒ぎになったり」
思い出したのか、吹き出すリンファム。
「これからどうするの? どこか行くの?」
「いや、ちょっと花が見たかっただけで、もう満足したし……」
「そう。じゃ、いい所へ連れてってあげるわ 来て」
そう言って、クナイシィの右手を引き、歩いて行く。
連れて来られたのは雑貨屋だった。
「おや、リンちゃん。彼氏かい?」
店主らしい老人男性が話しかける。
「ええ? ええ? ……もう、いいじゃないですか、そんなこと」
いろいろなものがある。一概に女性向けの店とは言えない感じだ。
「ほら来て」
リンファムの傍に行くと、腕輪がいくつも並べてある場所だった。
「ほら、これなんかどう?」
クナイシィに取って見せる腕輪。深緑の二重巻き。皮製の腕輪に薄っすらと、葉や花に見えないこともない模様がある。
「いいでしょこれ、派手じゃなくて。これもいいなって悩んだのよ、今してるのと」
「なかなか渋いね」
「ほら、つけてあげる」
手際よく、クナイシィの左手首に巻き着ける。
「あら、似合うじゃない。男前上がったわよ」
「え、そう?」
胸の前で、両腕を構えて動くクナイシィ。
「なに調子に乗ってんのよ」
二人で笑った。
「いいの本当に?」
買うことに決めて、支払場所にいる二人。リンファムが腕輪代を出すという。
「いいのよ。ここは」
「え?」
「ここは私のおごり。ここはね」
「はい?」
なんだか、ものすごく嫌な悪寒がするクナイシィ。
店を出ると、小走りで前を行くリンファム。振り返って、手を上げて言う。
「ご飯食べに行きましょう! いい店があるのよ! あなたのおごりね!」
クナイシィは立ち眩みしたが、ついて行く。
着いた店は、なかなかの高級感のある店構えだった。ものすごく嫌な悪寒がする。
「ちょ、鶏肉?」
「そうよ、少ないながら流通している鶏肉を使った料理。限定ですぐ売り切れるから全然食べられなかったけど、人が減ったおかげでやっと食べられるわ」
鶏は屋内で飼育出来るので、流通していることは知っていたが、当然希少で、軍の食事に出ることなど有りえない物だった。
「でも、お高いんでしょ?」
「男は細かいこと言わないの」
鶏肉と、水耕栽培で作られた野菜や、きのこを使った煮込み料理が運ばれてきた。たまらない匂い漂わせている。
金額を考えると、息も吸えなくなるが、せっかくなので楽しもうと気持ちを切り替えるクナイシィ。
「どう? 美味しいでしょ?」
リンファムの問いに答える暇もない。恍惚のクナイシィ。鶏肉も煮込まれた野菜も、何年前に食べたきりなのか思い出せない程だった。
「ンマーイ!」
「うざっ!」
斬って捨てるリンファム。
「いや、ちょ……」
「あははー、本当に美味しいわよねー」
大笑いのリンファム。クナイシィもつられる。
リンファムは、続けて女性部隊の生活のいろいろな楽しさや不満を、クナイシィに洪水のように話した。クナイシィも、男に生まれた義務として頷いて聞く。
二人は楽しい時を過ごした。
口から魂が抜けていくのを実感しながら、二人分の食事代を支払うクナイシィ。リンファムは既に店を出ている。
外へ出ると、リンファムがちょこんと立っていた。
「ごちそうさまでした」
軽く腰を折り、頭を下げるリンファム。
「さてと、どうしよう。まだ少し時間あるけど。ていうか、あなたどうやって帰るつもりなの?」
「え、ああ、どうしよう……まあ見つかったら見つかったでいいよ」
「何言ってるの、乗船権はく奪されちゃうわよ。ていうか冗談よ。あなたを乗せても、まだ余裕があるくらいの大型の運転席だから、一緒に帰れるわ」
「いいの? ありがとう」
しばらく二人で歩く。まるで恋人どうしだ。死ねばいいのに(そんなこと思ってません)
しばらくすると、喧嘩の怒声が聞こえてきた。かなり激しい感じだ。
「あらやだ、すごい剣幕ね」
男が男に怒鳴り散らしている。周囲の人々も近づけないようだ」
怒っている男が、硝子瓶を振り回している。酔っているようだ。遠目に見てもその怒りは凄まじく、下手をすれば死人が出るような状況だった。
転んだ男を相手に、割れた硝子瓶を逆手に持ち替え、振り下ろそうとする男。
その怒気を裂く、三発の銃声。撃ったのはクナイシィ。撃ったのは建物の壁の前にある木箱。跳弾はない。
その場にいた全員が固まった。時が止まったようだ。全ての視線がクナイシィに集まる。
「おい! ヤメロ!」
クナイシィが怒鳴る。
怒声を上げていた男の、殴り殺さんばかりの勢いは完全に消失し、硝子瓶を地面に落として両手を上げた。
「何やってんのよバカ!」
リンファムの声と共に、拳がクナイシィの横腹に突き刺さる。
「ぐほっ」
「おい! 何やってる!」
走ってくる二人の軍人。街を警備している、自動小銃を持った二人の軍人が駆けつけた。
「今の銃声は何だ! 誰が撃った!」
「ほら、バカ。逃げるわよ! ゆっくり急いで!」
リンファムと共に現場に背を向け、小走りする。
しかし全ての視線がクナイシィに向いていて、当然軍人も気づく。
「おい! そこの二人止まれ!」
止まる二人。
「両手を上げろ! 下手に動くなよ」
両手を上げる二人。
「その銃は軍人か! ここへは来るなと通達が出てるだろ。銃を地面に置いてこちらを向け」
万事休す。クナイシィは自分はいいが、リンファムに申し訳ないという気持ちで凍り付く。
そこへ何かが投げ込まれた。地面に転がる三つの円筒。白い煙を噴出する。瞬く間に辺り一面が真っ白になった。
咳き込む軍人。
「こっちへ!」
若い男の声。クナイシィとリンファムは、その声についていく。
建物の間の道をいくつか走り、地下街への階段を下りた。
「ちょっと、ここで待ってて」
二人を残し、来た道を戻る男。
「もう大丈夫みたい」
帰って来た男を見て、クナイシィは驚いた。
「久しぶりだね、クナイシィ」
そう言って微笑む男は、クナイシィの幼馴染、カランディだった。