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6話 白い花

「おいおい、むこうの偵察機が妙に近づいてるぞ、久々に飛行船同士の撃ち合いになるのか」

 上空に巨大な飛行船が浮かぶ。お互いの領土を監視している防御波を装備した飛行船だ。その為、非常に大型の飛行船となっている。どちらも無人で、光無線通信によって遠隔操縦されていた。


「何回やっても、ほとんど相討ちで、どーにもならなかっただろ」

「ははは、あれは笑ったな。時間の無駄過ぎて」

 クナイシィに返されて、スリィードが笑って答える。


 以前は戦闘にも使用されたが、飛行速度が一定の速度を超えると、球状防御波が空気の流入を遮断してしまうため、速度は出せない。速度も出せず、たいした機動力も防御力も無いため、間を開けた瞬間に相討ちとなることがほとんどで、無駄な行為としか言いようが無く、その後は距離を取って偵察や監視に使われるだけになった。防御波によって航空機への対策にもなるのだが、防御波を搭載出来ず、激突してしまう航空機は、既に全く使われなくなっていた。


「まあ、上からの攻撃を気にしなくていいんですから、本当に助かりますよ。防御波さまさまですね」

「あそこが採掘場なのは知ってたが、その鉱石を掘ってるとは知らなかったぜ。しっかり守ってやらねえとな」

 ミルグに答えるスリィード。


 球状防御波で守られた兵器や都市を攻撃するには、防御波を通過可能な速度で防御波内に入るか、防御波どうしを接触させて間を開ける必要がある。以前は飛行船による間を開けての爆撃などか試みられたが、全く通用せず使用されなくなった。球状防御波を形成出来る最少半径は100リーグル。間を開ける時は対象物と200リーグルの距離があるものの、遮蔽物の無い上空では、間を開けた瞬間を待ちかまえられて攻撃を受けるのだから、使い様がなくなるのも当然だった。球状防御波を広げることは可能だが、半径100リーグル以上にしようとすると、とたんに莫大な動力源が必要になる為、移動を前提とするものには使用することが出来ない。都市は防御波のある飛行船にも守られている。上空からの攻撃は無くならざるを得なかった。


 丘のふもとに到着する。何週間ぶりかの勤務地だ。タルートより少し高いくらいの段差があり。丘へは緩やかな道があった。

 少し離れた場所に、坑道の入り口が見える。入口は大きいが、タルートが入れる程ではない。鉱石採掘のための重機が行き来していたのだが、今は外にある大型の回転式貯蔵容器を乗せた、何台もの大型車両から太く長い管が入り込んでいる。クナイシィが見た時は作業が終わったようで、ちょうどその管を巻き取っているところだった。 

 クナイシィが通信で話しかける。


「何してたんです?」

「ん、ああ、坑道に重合硬化石剤を流してたんだよ。もうこちら側の鉱石はあらかた掘り尽くしたから、相手に坑道を貫通されて通路にされたりしないように、固めて閉鎖するんだとさ。短時間でガチガチに固まる特殊なやつを、ここまで大量に使うとは驚きさ」

「全部埋めたんですか?」

「いや、一番下の奥の通路と入口だけだよ。坑道全部埋め固めるには時間も量も足らないよ。仕切りを立てて流し込んだんだ。今、入り口部分にも流し終わったところだ」

「へー」

「なんだよ、重要な場所だからと勇んで来たのに、もういらねえのか、ここ」

 スリィードが割り込む。

「いらねぇってことはないだろ、アクスリアの領土だ」


「よし、上に上がって、領土内の確保だ。敵も多数集まっているが、挑発はするな。無人機の配備が目的だからな。もし戦闘になっても、深追いはするな」

 隊長の言葉を受けて、丘の上へ移動する。あちこちに隆起した岩盤があり、見通しは良くない。痛々しい色白い枯れ木が、あちこちに立っていた。


「おい、おい、あいつらやる気満々みたいだぞ」

「こりゃ、戦闘になるかもしれませんね」

 スリィードとミルグの会話が入る。

 飛行船からの映像を見ると、無人機を大量に引き連れたアクスリア軍の群れに反応したのか、多くの敵機体が集まっていた。無人機の大量配置は敵国にも知らせてあるはずだが、やはり不安なのだろうと思う。


 随伴無人機の1つを奥へ進めるクナイシィ。戦闘補助の攻撃型を「1号」噴進弾を多数装備した支援型を「2号」と呼んでいた。力と技はタルートが持つ。防御波が領土を超えないように慎重に命令を入力した。


「あっ」

 クナイシィはギョッとした。


 花があった。


 通り道の端にある段差。その小さな隙間に、細い緑の葉で、小さな白い花をいくつも咲かせている植物があった。

 容易には信じられない。樹脂の模造品か何かが挟まっているのだろうと思った。しかし拡大する画像からは本物としか思えない。思わず見入ってしまう。


 警告音が鳴る。間が開いた。すぐに閉じ、攻撃は無い。敵の挑発行為だ。

 イラッとする、クナイシィ。くだらない行為だと怒りが湧く。


「各自、状況を知らせろ」

 隊長の通信。

「挑発はありますが、問題ありません」

「よし、無人機の投入を開始する。しばらくそこで様子を見て、無人機に任せるんだ。明らかに劣勢の時は報告しろ」

 遂に無人機の大量配備が始まった。何が起こるかわからない。緊張が走る。


 なだらかな道から、大量の無人機が列をなして歩いて来た。いろいろな装備をしている。数が想像よりも多くて驚く。


「ちょっと、そこ。邪魔よ、どいて」

 女の声だ。聞き覚えがある。無人機の列に添って歩いて来るタルートからの通信だった。


「あら、あなたクナイシィ?」

 クナイシィよりも早く搭乗者情報を読み取ったらしい。その声はリンファムだとわかった。

「リンファムか」

「そうよ。あなたもここだったの。良かったわ、ここなら核は使われないだろうし」

 クナイシィもホッとした。

「ちょっと、どいてよ。無人機が通るのに邪魔よ」


「あー、はいはい。……いや、ちょっと、その……」

「なによ」

「は、花がさ……」

 タルートで恐る恐る指さす。

「ん? 花?」

 リンファムがどんな反応をするか不安だ。


「あら、本当だ。珍しいわね、屋外で花を見るなんて何年ぶりかしら」

「な、凄いだろ。俺もびっくりしてさ」

 クナイシィの声が弾む。


「あー、鉱山植物ね」

「鉱山植物?」

「そうよ、普通の植物が生きていけないような場所で、重金属を吸って花を咲かせる強い植物よ」

「へー」

「花は強いのよ。冬と酸でほとんど消えてしまったけど、もう少しすれば、きっとどんどん出てくるわ。人間ほどやわじゃないのよ」

「へー」

「……さすがに汚染物質を、もう少し何とかしないといけないと思うけどね。ほら、わかったからどいてよ、邪魔だから。花を踏まないように入力するわ」

「ありがとう」


「いいから、どいて」

「はい」

 クナイシィは、リンファムに従いタルートを端へ動かす。無人機の群れは、花を避けるように動いて奥へ進んでいく。

 それを見て、気持ちが軽くなった。


 大量に進む無人機を見守っていると、無人機の進んだ奥で爆炎が上がる。最前部の無人機が、敵に破壊されたようだ。

 慌てて、タルートに銃撃態勢を取らせるクナイシィ。

 無人機が左右から反撃する姿が見える。 敵機体は後方へ跳び逃げたようだった。


 無人機は領土境界線から奥へ大きく踏み込んでいたが、戦闘が終わると領土内に戻ってきた。あくまでも防衛の為の無人機として動くのだろう。無人機では、敵の地下都市という複雑な状況に対応出来るはずもない。敵の領土内への侵攻に対して、数と火力で押し返すだけのものいうことだ。


 撤退を示す、信号弾が飛ぶ。

「よし、もういい。全員撤退せよ」

 小隊長からの通信。

「まだ時間ありますよ」

「あとは無人機に任せろ。とりあえずふもとまで下がれ」

 命令だ。また新たに前方で噴煙が上がった。無人機が破壊されているのだろうと気にはなるが、下がることにする。

 

 クナイシィは、花を撮影機で捉えて拡大すると、画像を保存した。

「そんなに、あの花が気になるの?」

 リンファムの通信。

「い、いや、だって、その……」

 見られていたと、慌てるクナイシィ。

「あはは、いいわよ別に。花はいいわよね。心が安らぐわ」

 クナイシィの顔が緩む。

「ほら、戻るわよ」

 

 丘のふもとに戻った。仲間のタルートがいる。

「しばらく、ここで搭乗したまま待機だ。無人機の監視は飛行船がしている。降りるなよ、遮蔽液に浸かってろ」


「おい、スリィード。無人機もなかなかやるみたいだぞ。お前バカにしてただろ」

 無人機なんかで守れない、そう言っていたスリィードに聞くクナイシィ。

「ああ、明らかに反応が上がってるし、とにかく数がすげえな。よくこれだけ作れるな」

「本当に凄い数ですね。まあ、それくらいの数じゃなければ、侵攻を守れないですからね。有人のタルートみたいな動きが出来ない分、防衛を目的に簡素な作りにして

大量生産。でも敵も地下都市で落ち着いてるし、侵攻なんかないと思いますけどね」


「こんなに無人機を作れるなら、瓦礫や汚染物質の片づけにも使えただろうに」

「お、おう……」

 クナイシィの言葉に驚くスリィードとミルグ。

「まあ、軍が主導してることですからね……なかなかそっちは」

「汚染物質の量が多過ぎて、やってもやってもきりがねえんだろ? 聞けば、消えることは無く、どこかにまとめて埋めるくらいしか出来なくて、埋めても何万年も毒を出し続けるっていうじゃねーか。もう、どうしようもねえよ」


「戦前からアスサイルで、人工居住地の研究が続けられていて本当に良かったですよね。当時は誰が金出すんだとか、作る意味が解らないとか言われてたって聞いて、驚きましたよ」

「早く上へ行って、美味い肉が喰いたいぜ」


「俺は、宇宙へ行く為に戦ってきたんじゃない!」


 クナイシィは我慢出来ず、そう吐き捨てるとタルートを動かして、二段跳びで丘の上へ跳ぼうとした。もう一度あの花を見ようと。


 跳ぶ操作をしようとした、その時だった。操縦室の画面に放射線の警報が黄色く出る。警告音も鳴り響いた。操作を止める。

 そしてほんの一瞬後に、凄まじい地響きと爆発音。外部からの音声は瞬時に自動で小さくされた。爆風や衝撃波は防御波で防がれていたが、勢いが落ちると防御波内にも土煙が舞い込む。完全に何も見えなくなった。続く地響き。奥歯を噛み締めるクナイシィ。振動。


 しばらくして、ようやく地響きが止まり、視界も晴れてきた。タルートで丘の上方を見上げると大きな黒煙が立ち昇っている。

 クナイシィは、すぐに理解した。地下で核が使われたと。使ったのはアクスリア軍だと!


 タルートで丘の上へ跳び上がる。

 眼前に広がるのは、大きく深く落ち込んだ窪地だった。足場を失った無人機が、何機も落ちて埋まっている。


 搭乗口が開き、遮蔽液が勢いよく、吐しゃされた。

 身を乗り出すクナイシィ。



 花など、あるわけが無い。



 クナイシィの叫びが窪地に呑み込まれていく。



 操縦席に叩きつけられるクナイシィの拳。白い花の画像に、遮蔽液のしぶきが飛んだ。

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