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4話


「殺す気かっ! 死ぬかと思ったわ!」


 防護服を脱ぎ、背中から酸素剤と冷却材を取り出して、それぞれ壁の小さな扉を開けて中へ入れる。奥の機械が自動で処理し、再充填される仕組みだ。

「だから危ないって言ったじゃないですか、本当にもう!」

 ミルグも脱ぎながら返した。クナイシィの防護服の音声増幅器が壊れたため、ここまで会話も無く来たのが一気に噴き出したのだった。


「縄があるなら言えよ!」

 荷物を長い縄で車に縛りつけ、クナイシィを乗せてここへたどり着いた。


「気づかなかったし、先輩がやってみたかったとか言って、さっさと上に乗ったんでしょうが。まあ、良かったですよ怪我も無くて。死んだかと思いましたよ」


「受け身の達人と呼んでくれたまえ」

「呼びません」

 また胸の前で、腕を曲げて格好をつけるクナイシィに即答するミルグ。


「しっかし丈夫だなこの防護服。まったく破れたりしないのな」

 脱いだ防護服も、入口で受けた洗浄で少し湿り気があるが、衣紋掛けに掛けて扉を閉める。これも中で、汚染物質付着防止剤を再塗布されて出てくる仕掛けだ。

「音声増幅器が壊れてるんだから、ダメですよ中へ入れちゃ」

 扉を閉める音を聞いて、壊れていることを思い出し、指摘するミルグ。そしてクナイシィの方を見た。


 壁に寄りかかりうつむいているクナイシィ。

「ちょ、どうしたんですか? 先輩!」

「ふぁっ? ……」

 首がふらふらのクナイシィ。

「ちょっと、先輩」

 クナイシィの肩に手をかけて少し揺する。

「あー、なんか、おかしい……急に気分が落ち込んできた……」

 目を閉じて呻く。

「ええっ? あんなにはしゃいでいたのに、なんで突然?」

「あー、もういい、もう死ぬしかない……生きててもしょうがない……」

 悲観的な思いに囚われてしゃがみ込む。


「ちょっと先輩!」

 突然の急変に驚くミルグ。額に皺を寄せ、少し考えてハッとする。

「……あっ、先輩、食事で薬飲みましたよね? 青い奴。ちゃんと4分割して飲みました?」

「ん、飲んだよ。のどに引っかかるかと思ったわ。でか過ぎるよなアレ……」

 それを聞いて顔をしかめるミルグ。

「全部飲んじゃダメですよ! 紙に書いてあったでしょ?」


「う~ん……生まれてすみません」

 正座して頭を下げるクナイシィ。

「ちょっと先輩! せ……」


 クナイシィは意識を失った。





 青い空と、緑の草原と、赤白の花の世界。


「はいこれ、お母さん」

 子供のクナイシィが木陰に座っている母親に、花の冠を渡す。

「まあ、ありがとう。何かしてると思ってたらこれだったの」

「うん。カランディが教えてくれて一緒に作ったの」

「あら、カランディは?」

「なんかね、恥ずかしいからって」

「ダメよ、連れてきて。お礼を言わないと」


 木の陰に隠れている、カランディの手を引いて来る。同い年の男の子だ。

「ありがとうね、カランディ。クナイシィといつまでも友達でいてね」

「う、うん」

 カランディを引き寄せて抱きしめるクナイシィの母。カランディの顔は真っ赤だ。

「ふふふ、私も作ってたのよ。はい」

 そう言って、腰の後ろから取り出したのは、花の首飾り二つだった。

「うわぁ」

 満面の笑みの、クナイシィとカランディ。お互いに首にかける。

 それを見たクナイシィの母は、やさしい笑顔で聞いた。

「花の匂い、良いでしょう?」




「ちょっ、何これ? なんか臭くね? つか、くっさ! 臭い、臭い、臭い!」

 

 飛び起きるクナイシィ。意識を取り戻した。

 右手を顔の前で激しく振った先に見えたのは、口当てをした妙齢の女性。いつも検査をしてもらう、ユイナリィ医師だ。

「気つけ薬よ、せっかく早く来たのに、いつまでも寝てたら損でしょ」

 そう言って、硝子瓶のふたを閉める。


「あれ? 俺、どうしたの?」

「何とかっていう子が、あなたを連れてきたのよ。薬飲み過ぎておかしくなったって」

「あっ」

 思い出すクナイシィ。

「4つに分けて、その一つを飲めって指示されてる薬を、全部飲んで効き過ぎたのよ」

「あー、なんか急に気分が高揚して……」

「急激に高揚させるから、その反動も大きくなるの。適量なら気力充実するんだけど、あなた服薬指導書を読まなかったのね」

「あ……はい」


「全く。あなたも噂は聞いてるでしょ? 乗船券をはく奪するための小細工を、上の連中が仕掛けてるって」

 うんざりしたような顔で言う。

「あ……はい」

「ほら、こっちへ来て。検査するから。

 クナイシィは対面の椅子に座り、眼や口内などを検査される。


「こんなことに引っかかったら馬鹿よ。ちゃんと気を張って注意してないと。そんな注意力も無いんじゃ、戦場から袋に入って帰ってくることになるわよ」

 うつむくクナイシィ。返す言葉も無い。

「気をつけなさい。寝てる間に、血液検査とかは勝手にやっておいたわ。問題ないから、さっさと行きなさい」

「はい」

「あ、あとこれ。薬よ。戦場へ出る前に飲んで」

「何ですか?」

「放射線から身を守る薬の追加よ。強いから、熱っぽくなったり、関節に痛みを感じるようなら、すぐに戦場から下がりなさいね」

「え? いや、なんで、そんな強い薬を?」


「知らないわよ、上からの指示なだけだし。でも、敵が核を使う可能性が高いって噂だわ」

「ええ!?」

 驚くクナイシィ。

「なんで? 条約で核はもう使わないと決めたでしょ?」

「もう、そんなの私にはわからないわ。軍の人に聞きなさい。ほら、もう行って、忙しいのよ」

 クナイシィは薬を荷物に入れて部屋を出た。何人もが検査待ちで並び、混みだしている。


 少し行けばタルートが駐機してある建物だが、当然広大な場所なので、自分の機体に辿り着くには距離がある。

 機体は戦場から帰還した時に、洗浄機で洗って機体から降りる。後は機械任せで搬送されていき、乾燥と汚染物質付着防止剤の塗布などへ回されるため、機体がどこへ並べられたのかは、わからないのだった。


 携帯端末を出して調べると場所が表示された。まるで反対側で遠い。中は上にも下にも軌道が何本も通り、修理や補充用の機械台、タルート本体の運搬等で動いているので、中を通っていくのは安全装置があるとはいえ危ないのだ。いくつかある出入口から、庫内の端を歩いて機体まで行くことになる。

 機体の確認と調整をしていれば、じきに各機体操縦者の点呼が行われ、庫内前方上部にある演壇から指令を言い渡されて出動することになるので、まずは操縦者用防護服に着替えねばならない。


 着替えの部屋はあちこちにあるので、すぐに着替えられた。操縦者用防護服は、体形に合わせてぴったりと調整される仕様なので共用になっていて、頭部保護帽のみ、3種類用意されている。それぞれなるべく綺麗なものを選びたいこともあって、早く来たのだ。その甲斐はあった。

 高価な合成繊維の伸縮のおかげで、ピッタリと体に合って気持ちがいい。ぶかぶかの防護服とは違う安心感があった。頭部保護帽も嫌な臭いも無くすがすがしい。


 着替えを終えて、荷物を持ちながらタルートのある建物へ入る。二重になっている扉を開けて入った。

 いつ見ても庫内はとてつもなく広い。照明も煌々と光る。600機のタルートを収容して整備し、多方面へ出動出来る、最前部の収容庫だ。後方にもいくつかあるが、これほどではない。クナイシィは庫内を見渡しながら端を歩いて行った。


「撃つよー」

 タルートからの外部音声が鳴り響く。

 大きな射撃音3射とともに、白い煙が噴出し、何かが上から3つ落ちてきた。床を跳ねて壁に当たるとクナイシィの方へ飛んでくる。

「危ねえ」 

 大声で叫び、飛び退くクナイシィ。手のひら大の転がった円筒を一目見て、タルート頭部の擲弾砲の薬莢だと理解した。


 撃ったタルートの搭乗口が開く。

「うわあ、悪い、悪い」

 別の隊の見知らぬ操縦者が、クナイシィに気付いて謝る。

 白い煙が下へ降りてきて視界が真っ白になるが、すぐに揮発して消えていき、元の視界に戻った。

 手で扇ぎむせるクナイシィ。安全の確認された屋内なので、酸素剤の節約もあり、内気循環から外気導入に切り替えていた。消毒薬の臭いだと気付く。


「薬剤弾撃ったんですか? こんな所で」

「ああ、ちょっと調子が悪くて部品を換えたから、動作確認したくてさ。空砲よりこっちのがいいだろと思って」

 思いのほか軽い薬莢。これくらい軽い素材じゃなければ、頭部に大量に装弾出来ないんだな、と思いつつ拾って床に立てる。熱さは手袋もあり感じない。

「薬莢受けも付けずに撃ったのバレたら、もの凄い減点になりますよ」

「いやあ、本当にすまん、悪かった。内緒にして」


 気を取り直して歩いて行く。何機ものタルートが、背中横に細く長い管を差し込まれているのに気づく。クナイシィには、それが放射線吸収剤の取り換えだとすぐにわかった。液状の重金属の吸収剤を、高圧力で装甲の間に流し閉じ込めている。常時重量軽減装置の発明がなければ装備出来なかったであろう代物だ。

 わざわざ放射線吸収剤の取り換えをするのは珍しいことだった。液状化させている化合物の劣化で能力が落ちるのだが、もう何か月も交換はしていない。必要が無かったからだ。核の使用の噂が本当なのかと、鼻息が漏れる。

 放射線吸収剤の取り換えは機械によって自動で行われていた。どの機械も正確に同じことをする。それは入力された計画に間違いがあった場合、同じように間違うことも意味する。

 

 いくつもの機械が自動で動いているのを見て、クナイシィは身震いした。



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