3話
がやがやと騒がしい一団が食堂に入ってくる。女性兵士たちだ。6、7人ほどか。何やら高い声を掛け合いながら、食品成形機の操作を始めた。
そのうちの一人が手早く操作を終えて待つ間に、席を決めようとでも思ったのだろう、きょろきょろと見渡している。そしてクナイシィの方を見て、目が合った瞬間、声を掛けてきた。
「あら~、……え~と、なんだっけ、ク、ク、クラッフェンフォーゲルブ?」
「クナイシィだよ! クしか合ってないじゃんそれ!」
その声が誰かを瞬時に思い出し、当時のように即座に突っ込む。
「あははー、そうそう。クナイシィ、久しぶりだね~ てか、生きてたんだ……良かった」
満面の笑顔。
「……そっちこそ良く生きてたな、リンファム」
クナイシィの口元もゆるむ。
訓練時代の同期だ。明るくあっけらかんとした子で、よくタルートの操縦の質問をされて会話をしていた。
「あら、うれしい、名前憶えててくれたんだ。私が生き残っててうれしい?」
クナイシィの席まで駆け寄ってきて、小首を傾げて聞く。
「……そんなの当たり前だろ。知ってる奴が死なずに生きててくれれば、それだけでうれしいよ。あれからいろいろとキツイ戦場も多かったからな」
顔を横にしてそう答えるクナイシィの言葉に、少しうつむくリンファム。
「本当にね……ま、私は後方で情報処理に回ってたから、そんなに危ない目には合わなかったけど」
「そっか、後方支援はタルート乗りにとっちゃあ、本当にありがたい存在だから感謝してるよ」
「へへ、そう言ってもらえるとうれしいわ。あ、そんなことよりも、ちょっと早いけど、今ここにいるってことは、次に出向くの?」
「ん、そうだよ。検査とかを混む前に済まそうと思ってさ」
「私たちも次なのよ。無人機の大量配備の管理で。久しぶりにタルートに乗って、前の方に行くからドキドキしちゃう」
そして、クナイシィに人差し指を突き出して言う。
「あんた、ちゃんと守ってよ」
右手で指さす、リンファムの手首に、小さな花飾りの付いた腕輪。
「いいね、それ」
思わず声が出た。
「えへへー、いいでしょ。私、花好きだから。最近は本物の花が見られなくて哀しいわ。都市へ行けば見られるんけど、行くなって通達出ちゃってさぁ……」
腕輪を触りつつ微笑むが、沈む表情。
「戦闘は無いと思うよ。ここ最近は睨み合ってるだけだし」
「そうなの?」
「まあ、当然だよね、上と下に分かれるんだから。それよりも、さっき聞いたんだけど……あ、ごめんやめとく」
「なっ、なによ。言いなさいよ」
「……さっき聞いて驚いたんだけど、残る住民が宇宙船破壊するかもしれないって、軍にここに残って欲しいから……」
「何それ、そんな怖い計画あるの? 住民たちが? なにそれこわい」
「え」
「え」
スリィードから聞かされても納得がいかず、イライラしていたとはいえ、余計なことを言ってしまったと後悔するクナイシィ。遅い。
「私が聞いたのは、軍が上にあがる時に投射機で潰されるって話よ。もしくはアスサイルに宇宙船が着く時に攻撃されるっていう話。だって上に上がれば、軍人なんかそんなにいらなくなるのよ。邪魔者として事故を装って始末されるんじゃないかって、今はそんな話ばかりよ。そんなの本当だと思う? 私はそんなのないと思ったけど、昔見た映画で、特殊任務の凄い精鋭を、時間もお金もかけて育て上げたのに、事情が変わったとかいって、全員を始末するってのがあったのよね。生き延びた主人公が反撃するんだけど。今までは守ってくれる存在として頼りにされていたのに 上にあがって争いのない世界では邪魔者にされるだなんて、酷い話だわ! 許せない!」
クナイシィの言葉で火が点いてしまい、まくしたてるリンファム。
「あ、ごめんなさい……」
慌てて口に手を当て、照れ笑いのリンファム。
「いや 俺が変なこと言っちゃったから、ごめん……」
二人、ため息。
「潰すって言ったって、防御波があるんだし、そんな簡単にいくはずがないよ」
慌てて声を絞り出す。
「そのことに関しては全然、情報が出てこないわね。研究されてるはずなのに」
「大きく物事が動く時だから みんな不安なんだろうな。だからいろんな噂が出てくる」
これは自分に言い聞かせる言葉だ。
「とにかく冷静になって 確かと思えることを積み上げてくしかないと思うよ」
やっと自分も納得がいき、イライラした気持ちが収まっていくのがわかる。
「ホント、そうね……」
「ちょっと リン! もう出来上がってるわよ!」
遠くから声。
「あー、うん! 今行く」
「じゃあね、話せて良かったわ。ちゃんと私たちを守ってよ」
右瞼を一瞬閉じる。
「ああ、まかせて」
右手を振って、リンファムは笑顔で仲間たちの元へ去った。
食事の再開。窪みの先に4つの突起がある匙は、麺類以外の食事には不向きだなと思いつつ口に運ぶ。
クナイシィは食事を終えると、歯磨き粉を口に入れて水を口に含んだ。これで微粒子細胞で組まれた機械が口内を洗浄してくれる。そのまま呑み込んで問題ない。
食器を片付け荷物を抱えると、談笑しているリンファムに目を魅かれながらも、食堂を後にした。
次は検査だ。薬と検査は延々と繰り返され続く。自分の為であり、仲間の為でもある。一人きりで生きていない以上、等しく負うべき当然の義務だ。
検査室の場所は、この居住区からかなり離れていた。タルートの駐機場所もある軍の建物内に検査室がある。
クナイシィは居住区一階の出入り口まで来て、大量に備え付けられている防護服の一つを手にし、備品の酒精の噴霧器をひと吹きしてから着用した。
ここへ来た時に着ていた防護服は洗浄室へ送られていて、乾燥後に自動で表に出てくるようになっている。共用の一般防護服だ。
操縦者用防護服と違い、誰でも着られるようにぶかぶかになっていた。酸素袋や冷却袋も再充填されたものが大量に置いてあるので、それぞれ背中の小袋を開けて中へ入れ、接続した。
左腕内側にある操作盤を操作し、気密を確認する。そして荷物を袋に密封して担ぐと、出入り口の三重の厚く重い扉を開けて、外へ出た。
少し歩くだけで舗装は無くなる。この居住区の建物も、瓦礫をどかして急いで建てられたものだ。踏みしめる土は黒く湿りぬめる。嫌な感触に耐えながら歩を進めた。
空は薄暗く、いつもと同じだ。それでも何年も続いた、夢で見た花の草原や緑の木々など、何もかもを灰色に変えてしまった、あの辛い冬の日々よりは、はるかにマシだった。
遠くの地面には、油の虹が大きく広がっている。何度見ても気分の悪くなる虹だ。
そして怒りのようなものも胸に湧く。まるで居住区の外全てがゴミ捨て場のような扱いなのだ。きれいにしようなどという気持ちは全く感じられない。もちろん外は瓦礫の山で、汚染物質もあちこちに残り、舞う。防護服がなければ出られないくらいなのだから、きれいにしても仕方がなく、戦争中でもあるから、そんな暇はないというのも理解できる。自分だって何もしちゃいない。しかし、地上にゴミや瓦礫を残したまま宇宙の居住地へ行き、作り出した自然を享受するというのは、この国を、いや、この星を露骨に捨てる行為のように思え、何もしない、何も出来ない自分も含めて、どうにも苛立つ、嫌な気持ちにさせるのだった。
建物の端に停めておいた原動機付二輪車は、やはり無かった。誰かに乗っていかれたのだ。共用が義務付けられているので仕方がないが、歩いて行くには遠過ぎる。何かないかと辺りを探すことにした。
しばらく建物の周りをうろつくと、4輪自転車があった。跨る仕様で、自力で漕いで走らせるのだが、電動補助があれば楽に漕げる。
「やっぱり、無いか」
電池残量計は赤色だ。補助は受けられない。充電する時間も無い。
首を振り、ため息をつきながらも跨る。世界が変わってからの商品なので、防護服でも楽に乗れ、荷物も楽に載せられた。足の防護服のふくらみも、引っかからないように工夫して作ってある。
建物周辺の、瓦礫に挟まれた舗装道路へ漕ぎ出した。漕ぎ出しに力が必要だったが、手元で変速していくと速度が上がる。道路上に小さな凸凹があるが、気をつければ何とかなる。
防護服で風は受けられないが、速度もかなり出て楽しくなってきた。しばらくは長い道なので、更に速度を上げていく。
「ひゃっほぉおおお!」
漕ぐのを止め、椅子から腰を上げて惰性で走っていると、操舵部にある電池残量計が赤色から青色になった。ほんの少しの惰性走行で、思いのほか充電された。
さすがアクスリアの充電池技術だと感心するクナイシィ。これらの高い技術力があってこその、人型戦闘兵器タルートなのだ。
再び漕ぎ出すと、軽い! 自動で歯車比が変わり、軽々と淀みなく速度が上がる。
「うぇえええええええい!」
大喜びのクナイシィ。全力で漕いで、漕いで、漕ぎまくる!
「うひょぉぉぉぉぉぉぉぉぅー!」
疾走ー!
走る、走る、走る! 楽しくてしょうがない。なんだかとんでもない速度になってますがっ! そう思いつつも漕ぎ続けた。
その時であった!
「あっ!」
道路に大きな窪み。
クナイシィと4輪自転車と荷物が、宙を舞った。
それが居住区に向かう時に見つけて、危ないなと思っていた窪みだと思い出したが、時すでに遅かった。原動機付二輪車で居住区に向かう時は、特に慌てる必要も無かったのでそんなに速度は出さず、のんびりと走ってきたのだ。
いろいろなことが頭をよぎったが、早過ぎて認識が追い付かなっていく。真っ白になる。
無音。
「うぉおおおおおお!」
落下の感覚と、迫る地面にハッとなり、意識を取り戻した。
クナイシィは受け身が得意だ。この日の為にあったのが、あの苦しくツライ訓練の日々だったのだと、そう確信した! 両眼が光る!
身体が地面に叩きつけられ、土煙が上がった。クナイシィは18回転して停止。4輪自転車は、ひしゃげて道路わきの瓦礫の一部になり、荷物袋は道路に落ちた。
静寂。
クナイシィは死んだ。(死んでません)
「あいたたたた」
ゆっくりと起き上がるクナイシィ。とりあえず生きていた。
防護服の砂を払いながら、慌てて左腕内側を操作して気密を確認する。緑色の表示で、損傷は無かった。
荷物袋も確認して担ぎ上げると、4輪車だったものからは目を逸らして歩き出した。うつむいて。
今みたいな失敗は、戦場では命取りになると、拳を握り自分を戒める。久しぶりに体を動かして気分が良かったため、調子に乗り過ぎたのだ。
状況、情報の整理、危険性の予測などの判断が甘く、足りなかった。あの夢は警告だったのかと思い出し、それを生かせなかったことを反省した。
目的地まではまだ遠く、どうしたものかと思うが、道路の両脇は灰色と茶色の瓦礫ばかりで、何かを探すために首を動かす意味すらない。
仕方なくとぼとぼと歩いていると、後方の道路から原動機の駆動音と排気音が聞こえてくる。振り返ると小型の二人乗り自動車だった。
「やった」
クナイシィが手を上げると停車した。
「あれ? ひょっとして先輩ですか?」
その声は同僚の後輩、ミルグの声だった。同じくタルート乗りだ。
「おお、ミルグか、良かった。乗せてくれない? 自転車が途中で壊れちゃってさ」
しかし覗いた自動車の、ミルグの隣の席は荷物で埋まっている。後部座席は無い小型車だ。
「何載せてんの、こんなに」
「いやあ、泊まった部屋に備品がいろいろ残ってたんで。持ってってもいいって言われてましたからね」
「乗れないじゃん。捨てなよそんなもん」
「嫌ですよ。う~ん、じゃあ急いで向こうへ行って置いてからまた来ますから、ここで待っててください」
「そんなことしてたら、みんなが検査に来る時間になっちゃうじゃん、せっかく早く来たのに。荷物を置いていこう」
「嫌ですよ。盗られちゃうでしょ、防護袋は目立つし」
「う~ん、おっ」
クナイシィは自動車を眺めてニヤリとした。
「そうだ、この天井に乗るわ」
「何言ってんですか」
「映画とかであるじゃん、上にしがみつくの」
「あれは映画だから出来るんでしょ、危ないですよ」
「大丈夫だよ。一度やってみたかったし」
「落ちたらどうするんですか? 危ないですって」
「大丈夫だよ。俺、受け身は得意だしぃ」
胸の手前で、両腕を曲げて格好をつける。
顔が引きつくミルグ。
「……しょうがないなー、落ちても知りませんよ。そのまま置いて行きますからね」
クナイシィは荷物を助手席の隙間に押し込み、自動車の天井に乗ると、うつぶせで左右の窓の上の端を掴んだ。
「いいぞ」
「いいぞ、じゃないですよ、本当にもう」
動き出す自動車。徐々に速度を上げる。
「大丈夫ですか先輩?」
「おお、なんともないぞ。平気、平気」
速度が増していく。
「うひょぉおおおおおおおおお! 面白ぇえええええ!」
大喜びのクナイシィ。
「もっと速度上げていいぞ!」
「え? 何ですか? 聞こえません」
「いいから、かっ飛ばせぇえ!」
大声で叫ぶ。
「もう、知りませんよ!」
加速する自動車。とんでもない速度になってます。
「うぇえええええいい!」
大はしゃぎのクナイシィ。足をバタつかせる。
爆走!
「あっ!」
叫ぶミルグ。
道路に大きな窪み。
自動車が跳ねる。自動車にとっては、それ程たいしたことではないが。
「うあぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー……」
ミルグはその叫び声の後、運転席の室内後写鏡の中に、点になって落ちていくクナイシィを見た。
舞う砂煙。
慌てて停車し、駆け寄るミルグ。
「先輩! 先輩! 大丈夫ですか!? 先……あっ……」
ミルグは背筋を伸ばし、足を閉じて敬礼した。
……。