2話
目を醒ましたクナイシィ。眼を開けてもまた暗闇だった。体も重く起きる気がしない。深呼吸をして眼を閉じる。
暗闇の中で思い出すクナイシィ、あの後に運良く助けられたが、何日も意識不明だったこと。その時に夢の中で見たガイサ。
「じゃあな、先に行ってるぜクナイシィ」
ガイサはそう言って軽く手を振ると、暗闇の先の白い光の中へ歩いてゆき、溶け消えていく。
クナイシィが、意識を回復した後に覗いたガイサの病室は、誰もいない色の無い白いだけの部屋だった。
光は、再び闇に呑まれる。
暗闇。
「もういーよ! 暗いよ!」
叫ぶクナイシィ。その声は実際には発声されなかったが、大きく速く鼻息を吹き出すと、完全に目を醒まして上半身を起こした。
大きくため息を吐く。唾を呑む。もう一度大きく長く息を吐き、大きく息を吸うと、両目をしばたたかせて左手指でこね、息を吐きながら髪をかき上げる。
大きくあくびをして両手を伸ばし、背を反らした後に寝台から降りて立ち上がった。
部屋はまだ暗く、眼に入るのは薄緑の時刻を示す数字の発光と、長方形の台に置いた、通信端末の小さく点滅する白い光のみだ。
「あーもう! またあの時の夢かよ! 俺はなんにも気にしてねえっつうのに!」
そう吐き捨て、怒り心頭に右足を蹴りを出す。
「きゃあああ! 痛い、痛い、痛い!」
足の小指を寝台にぶつけてその激痛で悶絶し、足先を両手で抱えて寝台にひっくり返るクナイシィ。擦り揉み、擦り揉む。
ため息をついてから再び起き上がり、照明を点けた。寝台が2つある寝室だ。
クナイシィは掛けていた薄い毛布を畳んで、大きめの背負い袋にしまった。寝台はあったが、掛けるものは何も無かったので、自前のお泊り装備を使用していたのだ。
寝室を出ると炊事場のある食事部屋に出る。広くはないが、家族4人くらいなら充分だろうと思う。
ここは、宇宙へ上がるために順番を待っていた人々が、仮住まいをしていたいくつかある建物の一室だ。もう使用されないこともあり、珍しく自由に使うことが許された。
今までは戦地後方の野営地での生活で、気密の管理等、面倒で神経を使うことを強いられる上に、狭くて気が休まらなかった。それが宇宙人工居住地への送り出しも終わりを迎え、その居住区の使用許可が下りたのだ。
粗く片付けられ、食器棚や置台などにも、どうでもいいような食器や置物しか残されていない。壁には受像機か何かが外されたのであろう跡が残る。
退去から日も浅いためか、空気はまだ甘く暖かく感じられる気がした。
クナイシィは、水場でうがいをしてから水を飲んで顔を洗うと、服を脱いで眠気眼をこすりながら入浴室で湯浴びをした。まだ電気も水も止められていない。
前日に洗って干しておいた軽装を着て、荷物を持ち部屋を出る。
四隅が丸い長方形の白い通路が長く続く。わずかな距離で気密扉がある。何度も開けて進むのが面倒だが、これも有害な外気の侵入を最小限に阻むための措置だ。ところどころにある窓から見える外の景色は、いつもの灰色の世界だった。青も緑も赤もどこにも無い。
夢に見た思い出の景色は、もう二度と見られないのかと暗鬱な気持ちになりながら歩くクナイシィ。
決められた集合時間よりも、まだかなり早かったが、遅れるよりはいいだろうと食事を早めに済ませるべく、指示されていた食堂へ向かう。
長い通路を歩き、階段を下りても自分が立てる音しか聞こえなかった。食堂として指定された場所へ続く道へ出ると、ようやく数人が歩いているのを見かける。
左手を口に当て、あくびをしながら食堂へ入っていくクナイシィ。
広い食堂で100人くらいは食事が出来そうだ。奥の壁の手前の横長の台には、ずらりと横に何台もの食品成形機が並べてある。肩幅と上半身くらいの大きさの箱だ。使われていたものをそのままの残していったのか、残してもらったのかはわからないが、しばらくここで食事を取れと聞かされていた。
後払い用の身分証明用樹脂片を、機械に通して料金を払い、自分で操作して食品を造る。用意された組み合わせもあるが、自分で組み合わせて作ることも出来る。
好きなように選び、それでよければ作動させて製造を開始する。 箱から出る紙の領収書を取って、服の小物入れにしまった。軍に提出すれば還付される。水も離れた場所にある別の機械で買った。
合成栄養素の微粒子を積層したもので作られる食べ物。多くの栄養素を使用して、見た目は時間をかければ、かつての本物の食材を調理したもののように作ることが出来るが、やはり微妙に味が違う代替品でしかない。
出来上がった食品を樹脂の運び皿に載せて、空いている食事台へ向かう。
「あれ? スリィード。なんでお前が俺より早起きしてんの? 遅刻で懲罰確定、乗船権はく奪だと思ってたのに」
意外にも早めに起きて、食事に来ていた同僚のスリィードを見つけ、驚きながら声をかける。
「うるせえ。連絡で起こされちまったんだよ。タルートに大砲付けて後ろへまわれとさ。しかも人手不足だから自分でやれって。くそ面倒臭え」
空いているスリィードの前の席について、運び皿を置く。
「おー、美味そうだな。花の形に作ったのか。色もきれいだし、そんな乙女心があるんだ」
笑うスリィード。
「うるせえ。たまにはいいかなと思っただけだよ」
しまったと思うクナイシィ。
「あー、そういや、この食いものの元、人間の死体を分解して抽出してるって噂あるな」
ニタニタと笑いながら言う。
「やめろよ、おい。いいよ、そういうどっかで聞いたような話は」
「ははは、お約束なんでな。上の人工居住地では、もう本物が食えるらしいって聞いたぞ。いいなー、早く食べたいぜ」
楕円のくぼみの先に4本の突起がある匙を使い、食事を始めようとするクナイシィに、スリィードが声をかける。
「おい薬忘れんな。この後検査だから、バレると点数引かれるぞ」
袋から薬を出して台の上に一回分を並べる。裸錠、糖衣錠、顆粒、30粒ほどある。放射線障害やいろいろな感染症の予防薬だ。見ながらうんざりするクナイシィ。
「これだけの薬飲んだら、それだけで腹一杯だよ。全く嫌になる」
ため息をつきながら手に取り、口に入れる。
「また増えるぞ。変な病気出たらしいから。小隊全員入院したってよ」
クナイシィは話を聞きながら顔をしかめ、首を振って水を飲んだ。
「しっかし、珍しく自由を与えておいて、遅刻したら乗船権はく奪とか、これ絶対に罠だよな」
なんとなく思っていたことを、言葉にされて驚くクナイシィ。
「あー、上の連中の知り合いとかが、抽選に漏れて残留組になってるのを助けたいとかなんだろうか?」
もやもやを言葉に出来た。
「用心しないと簡単にはく奪する可能性あるな。そうそう、その残留組の反乱なんて噂もあってピリピリしてるみたいだぞ」
その言葉にギョッとする。
「反乱? それはないだろう。居住地の増建はしているんだし、少し待てば上がれるんだから、そんな無茶しなくても……」
「違うよ、宇宙港を破壊して上へ行けなくするんだよ。俺たちにここへ残って街を守れってさ」
クナイシィの言葉を遮り、そう言って笑う。
「え、いやでも……」
「無人機が残された領土守るって言うんだろ? はっ、そんなの誰も信じてねーよ。所詮は入力された計画に従って動くだけの機械だぜ」
顔を横にして、鼻で笑うスリィード。
「でも本当に大量に生産してるみたいだし、火力もあるから大丈夫なんじゃないのか? 最近、改良のたびに反応も判断も速くなってるし」
「どーなのかねー。まあ、残る連中たちが不安なのは仕方がないだろう。残る軍人もいるが、たいした数じゃないしな。それに……」
水を飲み干して、身を乗り出すスリィード。
「それどころか、国が上から敵も街も撃ち潰して、厄介払いするんじゃないかって噂まであるんだぜ。アスサイルからの投射機で」
「おいおい、それは敵国の言いがかりだろ?」
「これ以上、下で戦争を続けられると、上に上がった連中が、ここへ戻る時に面倒になる可能性もあるしな。どっちも上から岩で潰すんじゃないかって不安なのさ」
口を閉じ首を傾げるクナイシィ。
「おっと、時間だ。検査を済ませないと。はは、じゃ俺は先に行くな」
そう言って、スリィードは樹脂製の運び皿など食器を回収機に放り込むと、荷物を抱えて食堂を出て行った。
宇宙にある、アクスリアが誇る人工宇宙居住地は、惑星アスシアの衛星アスサイルにある基地で部材を作り、電磁投射機をで宇宙へ撃ち出して運び、建造している。
その投射機が、アスシアに向けた兵器になり得ることは広く知られており、敵国トルアーリ連合に強く抗議されていることは知っていたが、自国民までもが恐れているということを聞いて、驚きを禁じ得なかった。
不安が不安を呼ぶ。確かなものなど、どこにもない。
見切り発車で書き始めて、大惨事になりかかってます。
た、たぶん大丈夫。