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1話

 暗闇。


 永遠かと思われた暗闇の中心から光が広がり始めると、薄く青い空が一気に広がり、緑の草原がその下を隙間なく埋め尽くす。現れる赤と白の小さな花の群れ。

 いつか母と見たあの場所だと思い出す。

「ああ、夢か……」

 瞬時に理解するが、このまま浸っていたい気持ちと共に、夢だという認識も薄れて消失した。思い出の美しく明るい景色の色が、揺れ流れていく。


 景色が変わり、徐々に耳を突いてくる教室のざわめき。生徒たち全員が携帯端末の映像に見入っていた。

「なにこれ本当なの?」

「細菌兵器も使われている可能性あるってさ」

「ここまでは届かないだろう?」


 世界の半分が、わずかな時間で焦土と化したという報道。その映像は灰の舞う広大な土地を遠くから捉えている。外は急速に薄暗くなり、教室の窓硝子越しに見えるはるか先の上空に、黒い血の色を思わせる雲が大きく渦を巻いていた。


 震え続ける窓硝子。そこにアクスリア軍の観兵式の風景が浮かび上がる。行進する人型戦闘兵器タルートの群れ。薄く暗い緑色の円筒形の動体に手足を持つ人型戦闘兵器。大きな銃器を胸元へ斜め横に構え横、3列縦5列を単位として、いくつも行進している。

 これもまたいつか見た思い出の景色であった。その空もまた暗く淀んでいた。色が消える。


挿絵(By みてみん)


 またしても流れるように景色が変わり、色のない灰色の狭い場所。見辛いがタルートの操縦席だと瞬時に理解する。

「またこの夢か……」

 再び認識を取り戻すが、すぐに夢に呑まれた。


「クナイシィ、敵の新型に正面からの攻撃が効かなくて、動きも異常に速いって話、信じるか?」

 通信が入った。部隊の同僚のガシアの声だ。その声と供に色を取り戻す操縦席。

「まだ情報が交錯しているが、事実それで苦戦して俺たちが呼ばれたんだろ。気を付けろよ」


 そう答えた直後に短い警告音が鳴る。防御波上検知波に一定の速度を超えた移動物体が触れた知らせだ。続いて爆発が起こるが、それは球状防御波に遮られたものが爆発しただけであり、搭乗しているタルートから100リーグルも離れた先で、何の影響もありはしない。

 爆発が流れ弾ということをすぐに理解しつつ、近くにいるであろう敵機体に警戒を強めるクナイシィ。臨戦態勢。


 周りは大きく破壊され崩れた建物と、交差する広い道。瓦礫に塞がれた道も多く、遠くを見通すのが難しい。黒煙が立ち昇り空はくすんでいる。


 人のいない瓦礫の街で、侵攻を試みる敵国の機体を破壊し排除する任務を受けもつ、アクスリア国軍に所属するクナイシィ。敵軍の新しい機体が、この地域の戦闘を予想以上に苦戦に導き長引かせている。その緊急の増援として呼ばれたのだった。


 別の警告音が鳴り、球状防御波どうしが接触して「間が開いた」ことを告げる。接触により球状防御波が繋がって穴が開き、敵の攻撃が自分の機体に到達する可能性、破壊される可能性が発生したことを示す。

「速い!」


 球状防御波は、機体を中心に半径100リーグルの球状で常時形成されている。外部からの一定速度以上の物体で、通過出来たものは未だ確認されていない、眼に見えない堅固な壁のようなものだ。ただし、形状を登録したものと、一定速度以下の場合、容易に通過が可能で、内側から外側へは速度に関係なく通過する。球状防御波どうしが接触すれば間が開き、お互いに攻撃が可能になるが、どの方向で間が開いたのかまではわからない。接触は100リーグル先で起こることなので、その時点でのお互いの機体の距離は200リーグル離れていることになる。通常それだけの距離があれば致命的な攻撃を受ける前に目視して対応可能だ。


 しかし増援として戦地入りする前に、確認されている性能を聞かされていたにも関わらず、新型のあまりにも速い急迫に、驚きの声を上げざるを得なかった。 

 クナイシィは、画面に映った敵機体を銃撃するが、建物の残骸の裏を走られて当てられない。


 銀色の敵機体。タルートと同様の円筒の胴体に長めの腕を持ち、胴体に引き寄せて交差したその両手には長い剣を持っている。逆関節の短い脚が激しく動き、左右に小さく速く走り跳んで、クナイシィの機体、タルートに向かっていた。

「しまった」

 タルートの左側へ大きく回り込んで来る敵機体を見て、声が出るクナイシィ。

 敵の頭部の機銃からタルートの右側に乱射される銃弾と、背中から撃ち出され、弧を描いて飛んでくる擲弾。


 惑わされることなく、相手方向へ身を挺した。身を引けば攻め込まれる、後方は高い壁の残骸が多く、退路が狭くなり過ぎる。開けた路面側を確保しようと、クナイシィはそう即断した。

 擲弾の一つがタルートに近づくが、すかさず防御波弾が撃ち出され、円盤状の防御波が張られる。擲弾が爆発するが、その衝撃波は防御波で遮られ、タルートには影響を与えられなかった。銃弾はタルートの装甲の肩装甲前上部で受けて弾き返す。


 敵機体は交差していた両腕の右を跳ね振り上げると、長い腕につられるように上半身をひねり、残骸を蹴り飛ばして、タルートに猛速度で跳び襲い掛かる。

 クナイシィは銃撃で応えるが、敵機体は左前腕の小さな盾装甲で弾を受け、盾表面の何かが弾けると、破片を撒き散らしながら銃弾を弾き返した。


 振り下ろされる右腕の長い剣。低く走り跳ぶタルート。身を詰めたことが功を奏し、敵機体の左前間近を掠めるようにすれ違う。敵機体の長い腕の剣は、速い前進に追いつけず空を斬り、地面に近い建物の瓦礫を粉砕した。


 敵機体は振り切った右腕を返す動作を間髪入れずにとり、機体をその動きに追従させて反転させる。しかし長い腕と剣がまたしても空を斬る。

 地上にいるはずのクナイシィのタルートは空中にいた。宙を舞うタルート。

 敵機体は頭部から銃弾、背中から擲弾を連射するがすべて外れる。


 クナイシィは、すれ違い直後に急制動をかけたのだった。タルートは両足裏で路面を削って滑り、薄い砂煙を立てつつも反転。手前の瓦礫を踏み台に重量軽減装置を発動させ、大きく跳ねると同時に、背中の噴射機を最大出力で噴射して敵の頭上を越える。クナイシィは強い意志を実行していた。


 上空で機体を水平にひねり、敵機体の背中へ銃の照準を合わせ、着地に移行すると同時に背中上から銃弾を連射する。敵機体から防御波弾が撃ち出されて防御波面が形成されるが、弾をいくつか弾くのみで消失し、防御波弾は連射が出来ないため連射を防ぐことは出来ず、何発もの銃弾が機体背部に撃ち込まれていった。敵機体は前方へ小さく押し飛ばされて倒れこみ、沈黙する。


「ふぅ」

 一息つくクナイシィ。

 周りの黒煙もかなり増えていた。爆音もあちこちから聞こえる。

「どうなってるガイサ、こっちは今1機仕留めたぞ」

「な、ちょっと……それどころじゃねーよ! ……助けてぇ!」


 近くの黒煙の方向へ移動すると、即座に球状防御波の接触が知らされる。3つ間が開いた。機を進めると、球状防御波を覆っている検知波が機体そのものを検知し、それがガイサの機体だと表示する。100リーグル先にガイサがいるということだ。瓦礫の向こう側で目視出来ないが、どうやら敵の新型2機がガイサを攻撃しているらしい。射撃音も入ってくる。


 瓦礫を越えようとした、その時であった。間の開く警告音とともに目の前を横切る物体直後に爆音とともに黒煙が立ち昇る。

 遠間からのガイサを狙った砲撃だ。それが敵の機体「紫」の攻撃だとクナイシィには即座に分かった。今までに何度も聞いた飛翔音と着弾音だ。


 通称「紫」太く大きな円筒の胴体上部に大砲を備え、胴体側面から大きな逆関節の脚が出ている。腕と頭の付いた上半身は胴体の中央前部から突き出ていて、両手には大型の銃を構える。旧い設計の機体で動きも遅く装甲が厚いとはいえ恐れる相手ではないが、球状防御波の最少距離100リーグルギリギリで行動し、時折間を開けて砲撃しては、即座に後方へ跳び間を閉じる。跳躍性能は高く、こちらから間を開けて反撃するには大きな移動を要求されるため、面倒な相手であった。それが今回の新型の速さとの組み合わせから非常に面倒な相手となっているだろうことは、クナイシィにも容易に想像出来る。


挿絵(By みてみん)

 

 紫の砲撃は威力は高いが連射が出来ないため、防御波弾で対応出来ると判断し、警戒して進んだ。

 ガイサの機体を追っていた1機が映り、こちらに反応して行動を変えてくる。

「よし、1機引き受ける。やられるなよガイサ」

「ありがてえ、そっちこそやられるなよ」


 クナイシィはそう通信すると、画面に映る映像の隅から隅へ眼を走らせて周りの景色の起伏を脳に叩き刻み相手の動きの予測に血を巡らせた。


 瓦礫から瓦礫へ素早く身を隠して走る敵機体。その速さもありタルートの銃撃は当たらない。敵機体から擲弾が何発も撃ち放たれる。ギリギリでかわすタルート。地面と空中で次々と爆発する擲弾。更に撃ち込んでくる。


 擲弾の落下速度は遅く、避けるのは容易であるが爆発力が高く、爆風を受け機体をよろめかされればそこを斬り込まれる恐れがある。防御波弾は2連射しか出来ず、近くでいくつも爆発されると対応できない。瓦礫の中を大きく速く移動するのは思いのほか困難で、速い移動をこなす敵の新型機に、苦戦を強いられた。


 タルートも頭部に二門ある擲弾発射機から連続で擲弾を撃ち出す。敵機体のとは違い、まっすぐに速射されるタイプだ。弾は小さく、敵装甲に大きなダメージを与えられないが牽制や小さな瓦礫の粉砕には十分に機能する。

 敵の移動を予測しつつ撃ち、瓦礫の倒壊や爆煙で敵の視界妨害を試みる。煙を引いて、空薬莢がいくつも転がり跳ねた。

                                  

 果たして、クナイシィのタルートは、大きく容易には越えられない、横に長い建物の残骸を背にした場所へ追い込まれる。やはり敵機体の速さに抗えず、不利な場所へ誘導されてしまった。擲弾を放ちながら、猛速で迫る敵機体。剣を持った左腕を右斜め下に真っ直ぐに伸ばし、右腕の剣は背中左から抜くように構えて走り込んでくる。

 タルートの銃撃は当てられそうになかった。だがクナイシィの顔は冷静で、眼は鋭く輝く。


 タルートは両手で持っていた銃の前方銃把から左掌を離し、左太もも装甲後ろにある短剣を逆手に握り取る。操作はクナイシィの視線入力と、画面の文字に指先を走らせて行動を組み立て、電子頭脳へ送信して成立させる。画面に「可能」と表示されるのを確認しつつ、素早く的確な動作命令を軽々とこなした。


 クナイシィに応える機体。最速で機動する。左手に握った短剣を、走り跳んで瓦礫の壁に突き立てると背中の噴射機を噴射して蹴り跳び、突き刺した部分を支点に、握力を緩めて機体を回す。

 敵機体は予想外の回転機動に対応出来ない。瓦礫の壁を真横に叩き斬るしか出来ず、跳躍に備えていた右腕の剣も行き場を失う。壁の破片が散乱した。


 タルートは短剣から手を離して後方へ飛ぶと、着地と同時に敵機体の背中側に銃撃す……!

 砲撃!

 遠い紫からの攻撃だと即座に理解した。2発を防御波弾で防ぐが、3発目の音を聞くとともに機体を大きく動かす。幸い弾は大きく外れた。


 衝撃音と操縦席を震わせる大きな振動。クナイシィのタルートのその左腕は敵機体の剣によって、ひじ部分から離断し宙を舞う。後方へ大きくよろめくタルート。重心安定装置が働き転倒は免れるが、そこへ再び紫の砲撃、前方から剣攻撃と擲弾が襲う。タルートは後方へ跳んで砲弾を防御波弾が防ぎ、剣先もかわすが、タルートの更に後方に落下していた擲弾の爆発を、防御することは出来なかった。


 爆風で前方に押し出されるタルート。敵機体は爆風を防御波弾で防いでいる。

「ぐあっ!」

 うめくクナイシィ。

 

 真上からの脳味噌が震えるかの様な衝撃。続いて右胴体への衝撃で苦悶するクナイシィ。

 タルートは頭部を剣で叩き潰され、右胴体を斬り込まれた。クナイシィは無意識に機体を左に跳ばして衝撃を緩和するが、機体は安定を保てず、遂に転倒した。


 それでも意識を失わず無我夢中で銃撃する。しかし狙いは定まらず、片腕の機体での連射は反動も抑えることが出来ない。銃身が暴れ、むなしく空を撃つ。

 朦朧とした意識の中でクナイシィが最後に画面に見たのは、ガイサの機体を示す表示とその機体が紫の砲弾の直撃を受け、吹き飛ばされる映像だった


 暗闇。


 クナイシィは目を醒ます。

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