04.過去と今の日常
入学式当日、そしてその後の教室移動までは何もなかった。説明会の帰りに言葉を交わした彼女が同じクラスで、七海 凛と言うことが分かった。そして同じく説明会で、俺を体育教員から救った女性教員、吉沢先生も担任となった。今は平穏無事に教室の微妙な空気の中、ボーッとしている。夜間高校は全日制高校とは全く別物だ。ここでは教員が目の前で喋ってる中、煙や酒を飲んだり、携帯で奇声をあげるギャルもいない。もちろん、60代のおばさまも。基本的に(俺の通っていた)夜間高校は罵声とギャルの宇宙語しか聴こえないようなとこだった。ここでは難なく吉沢先生の声が聞こえる。当たり前の事を不思議に感じる。そもそも当たり前ってナンダッケ?
そして自己紹介の時間になった。始めに吉沢先生が自身が数学を受け持ち、また始めての主担任になったことを伝えた。面白味はないが、不快感ない優等生の自己紹介だ。そして俺はと言うと、普通に「月岡です。よろしくお願いします」の一言で片付けた。目立つのは好きでない。劣等生の自己紹介だ。七海はと言うと、親の都合でこちらに越して来たばかりと言い、仲良くしてくださいと言う。まぁまぁだ。だが学生の本分は学業であって、確かに社会に出ると自己紹介と言うのも…しかしだな…
休み時間になっても、俺はボーッとしていた。初日から(岳のように)アクティブに友達作りに励む者はいないが、同じ中学出身で寄り集まってるらしい。ぎこちない会話がたまに聞こえる。中学時代は全く関係性がなかっただろうが、個々人がアウェー且つ孤独な環境は、ただの同じ中学と言うだけの紐付きでもその有無は大きかった。きっと、本当に仲の良い友人を見つけたらそんな紐はそれぞれで断ち切って、なかった事にするのだろう。そしてそういう群れている奴らがこちらをチラチラ見る。やはり私服登校は記憶に残してしまったらしい。まだあの時と同じ警戒の視線がこちらを横切る。ただそれとは別の視線も時たま感じる…気がする。七海だ。彼女も当然同じ中学の友人はいないので、1人でじーっとしている。なのでこの中では、説明会で二三言葉を交わしただけの俺が唯一顔を知っているものとなる。ただ俺はいちいち腰をあげるのが面倒で、知らない振りをした。俺の85%はめんどくさいで出来ている。
HRでは明日からの日直当番の任命が行われただけだった。記念すべき初の役職者は相田だ。彼に取っては極当たり前のノミネーションだろう。だって"あいだ"だから。
俺は取り敢えず配布物や持ってきたもの等を、廊下のロッカーに片付ける為広げる。中学時代は全教科書毎日持ち歩くと言う偉業を達成したが、通学90分では初日から匙を投げた。ロッカーに綺麗に教科書を並べ、満足していると突然声をかけられる。
「おい、今日は私服じゃねぇのか?」
にやけた痘痕面で、屈んでいるこちらを見下ろす。もちろん、お友達を2人連れて。
取り敢えず「やっぱり」と言う気持ちで、第一声を無視した。もちろん、身体は警戒体制で。
「なにシカトしてるんだよ、お前」
「…俺のことか?」
「初日から私服登校の馬鹿が他にどこにいる?」
「んで、目的は?」
「ああっ!?」
「目的。絡む理由を聞いてるの。カツアゲ?」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか?ぶっ殺すぞ!」
「…喧嘩、したことないでしょ?殴り合いの喧嘩」
「は、はぁ?」
虚勢が暴露て、つい気のない声を出す。
「例えしたことあっても、弱いだろうね」
慌てて怒りの形相を作り、ロッカーを蹴っ飛ばす。
「なんだとてめえ!」
「本当に殴る気あるならわざわざ『殴ります』なんて言わない。素人の喧嘩で重要なのは、力や体格じゃない。相手の身も自分の身も案じないで、ただ不意の一撃をいれることだ」
真っ正面から目を見返した。後ろの2人も何も言わない。そのまま後ろ姿を晒して教室へ戻った。カッとなって背後の一撃が来るかとも思ったが、なにもなかった。全ては荒れた夜間高校での経験によるものだった。
何気無い顔して教室を戻ると、また声をかけられる。七海だった。
「ねぇ…今廊下からすごい音しなかった?」
痘痕くんがロッカーを蹴った音だ。
「なんかへんなのが暴れてたよ。目を合わせない方がいい」
シラッと他人事のように流した。
「そうなんだ…荒れてるのかな、この学校?」
「さぁ。そういうのは上級生を見れば分かるんじゃない」
「そうだね…。ねぇ、これから帰るとこ?良かったら一緒に部活見学周らない?」
「残念。これからバイト」
「えっ、月岡くんもうバイト始めたの?」
「まぁね。部活も予定なし」
「そっかぁ…」
自然の会話になってはいるが、この始まりである七海の一言はそれなり勇気をもっての事だったのだろう。
「じゃあね。月曜で良ければバイト無いから周る位なら付き合えるよ」
「うん。またね!」
軽くなったカバンを持って、廊下へ出る。痘痕くんはもういない。
…また、か。
どうしてこの言葉に違和感を持つのだろう。