大きな嘘
晴が目覚めてから一ヶ月が経とうとしていた。担当医から「退院して良い」と言われた。俺と妹は毎日お見舞いに来ていた。
「よかったな、晴。退院おめでとう」
退院する日が平日だったため共働きの両親は病院に来ていなかった。
くそ……と怒りを堪える。
「ありがとう。退院出来たのも2人のお陰だよ」
晴はにっこり笑ってそう言った。
「ねぇ、晴くん。ちょっと良い?」
妹は俺を差し置いて晴をちょっと離れた所まで連れて行く。俺は病院のすぐ出たところで待っているしかない。
「好きなの。晴くんのことが好きなの。なにも覚えてなくても良い。好き、大好き……」
2人が何を話しているのか俺は知らない。でもだいたい検討はつく。妹は告白をしているんだろう。俺は歓迎したいがなんか複雑だ。
「お待たせ」
妹と晴が帰ってきた。俺はあえて何も聞かなかった。聞いたら悪いような気がした。告白は成功したのかしなかったのか気にはなるが。
「お兄ちゃん、何も聞かないんだね」
「お、おぉ。何をだ?」
知らないフリをした。
車内ではあまり会話をしなかった。とても複雑だった。晴には記憶が無い。俺の妹は晴が好き。きっと告白もしてるだろう。
病院からうちに着き、晴を家に招いた。晴を俺の部屋に置いて妹は俺に話があると言ってきた。
「なんだよ?」
「私、晴くんに告白したんだよ。お兄ちゃん気づいてるよね?」
女の勘は鋭いな。
「うん、それがどうした?」
「いや、別になんでもない……」
妹はそう言って俺の部屋に向かった。女の子の言いたいこと、気持ち、正直わからない。俺はコーヒー三つとお菓子を自分の部屋に運ぶ。
「あ、ありがとうございます……」
晴はまた敬語を使った。入院中に敬語使わなくて良いと言ったのに。
「晴、また敬語使ってる。使わなくて良いんだからな?」
「ごめん……」
「なぁ、晴。俺たちに隠してること……ないか?」
晴は大好きなコーヒーを飲みながらビクンッと身体が大きく動いた。
晴の昔からの癖。晴が嘘を付くとどうなるか俺は知っている。どうなるかって?晴が嘘を付くと鼻を触るんだ。幼稚園の時から気づいていた。まあ、どんな嘘かは知らないけど。
「いや、嘘なんか付いてない」
「はぁ……もう良いから。晴、弓子もいるんだし正直に話せよ」
"お前には嘘を付くと鼻を触る癖がある"と俺は晴の目を見ながら告げる。晴自身はそれには気づいていないようだった。もちろん弓子も。流石に両親は気づいているだろう。しかし晴が入院中、一度もお見舞いに来なかった。そういう寂しさからのウソなのか……?
実は……
晴が口を開いた。
「俺、記憶取り戻したんだ。寧ろ記憶喪失のフリをしていた」
ーーえ?
俺も弓子も驚いた。
「ええぇえぇえええぇっ?!」
弓子と俺は揃ってそう言葉を発した。
「確かに目覚めた瞬間は訳がわからなかったよ。だけどその次の日からは何ともなかったんだ」
「何でそんな大ウソを……?」
「寂しかったから、かな」
病院にはいろんな人がいてお話やお散歩がとても楽しかったらしい。うちに帰っても親は居ないし、良いことなんてない。それで記憶喪失のフリをしたんだ。
「そうだったのか……」
弓子は唖然としている。顔は真っ赤だ。記憶を取り戻した後に告白をしたんだから。
「良かったぁ……」
弓子は晴に抱きついてわんわん泣いた。