61人目『わかった男』
今、電車に乗っている。
電車の走る速度がいつもの何倍も遅く感じた。
速く、速く。
俺は一心に願っていた。
電車が止まるとドアをこじ開けて外に飛び出した。
すでに電車の中で上着を脱ぎ、ワイシャツのすそをめくっておいた。
走る準備は万端だった。
階段を2段飛ばしで駆け上がってハッと気がつく。
切符を出していない……。
俺はポケットに手を入れ、切符を取り出す。
ポロッ
切符が床に落ちた。
俺は慌てて拾おうとするが切符が床とくっついてうまく指に引っかからない。
やっと取って改札に入れる。
しかし、目測を誤り挿入口の一センチ上に押し当て、グニッと切符が曲がってしまった。
両手で切符を伸ばし、改札に入れる。
俺の気持ちはもうめちゃくちゃになっていた。
冷静に冷静にと思いながら一方では速く速くと後押ししてくる。
こんな気持ちになるのは初めてだった。
信号で待っている一秒一秒がもどかしい。
速く変われ。速く変われ。青になれ。青になれ。
すでによーいの体制に入っている。
ドンと言われればそのまま走っていきそうだ。
信号が青に変わると、誰よりも速く横断して行った。
ある建物に駆け込んだ。
すると急いで着替えてある部屋に入った。
そして苦しんでいる女性の手を取り、「ガンバレ」と語りかけた。
今まさに新たな生命が誕生しようとしている
男は女の手を握り締めていた
男は目を瞑り願っていた
必死で願っていた
そしてそのときがやってきた
女の顔が苦痛にゆがんだ
そしてピンっと張った糸が切れるようにその苦痛にゆがんだ顔が安堵の顔に変わる
その時、部屋を一つの光が駆け抜けた
光が男を包み込んだ瞬間
男はわかった
自分が生まれたわけを
生きる理由を
この小さな光のために俺は生き
そして生まれたんだ
すべてを捧げ この小さな光を太陽よりも輝かせてみせよう
この命 燃え尽きる一瞬まで
この光 燃えさかれ 一生涯