56人目『クレーム係りの男』
何もしたいことがなかった。だからと言って、働きたくもなかった。
だから大学に入った。
気がつくと、なにもすることなく、時間は天から降り注ぐ雨粒のように早く流れ落ちた。
「俺は一体、何がしたいんだろう」
そろそろ就職活動を始めなくてはいけない時期だ。友人達は業界研究も終わり、本命の会社を絞っている段階らしい。
俺は自分がどうなりたいのか、どうしたいのか、まったくわからない。
自分の事なのに、自分が一番わかっていないんだ。
俺はそんな自分から逃げるようにバイトに精を出した。日雇いで、仕事があれば派遣されるというやつだ。
今日はある会社のクレーム係りの仕事だ。以前にも違う会社でやったが、かなり精神的にこたえる仕事だ。だけどまあ、その分お金もいいので引き受けるんだけど。
トゥルルルルルル
トゥルルルルルル
さっそくクレームが入ったようだ。「こちらに分があると認めて、とにかく謝ればいいから」との指示を受けている。
ガチャ
「ちょっと!! 一体どういうこと!?」
うわ〜すごい怒ってるよ。ここは言われたとおり謝ろう。
「申し訳ございません。どうされましたか?」
「どうしたもこうしたもないわよ!! こんなもの作って!!」
うわ〜こりゃよっぽどの欠陥品だったんだな。そういえばココがなんの会社かもよくわからないんだよなあ。
「申し訳ありませんでした。以後このようなことがないように、よりよいモノを作っていきますので」
「まったく。これじゃあいくらあって時間が足りないわよ!!」
ガチャンッ
う〜ん。いったいどんな商品だったんだ?
トゥルルルル
ああ、はいはい。
ガチャ
「てめえ!! このやろてめえ!!」
ぬおっ!! いきなり怒り心頭かよ。
「すみませんすみません。本当にすみません。こちらが120%悪いです。すみません」
「ったくよう。おめえらのせえでよう。足りねえじゃねえかよコンニャロー!!」
「それは誠に申しわかりませんでした。しかし、足りないというのは一体何が」
「とぼけんじゃねえってんだ!! 感動しすぎてティッシュが足りねえんだよバーロー」
ガチャンッ
切れちゃったよ。なんか一方的だったっていうか。クレーム?
トゥルルルルル
ああ、はいはい。
ガチャ
「まったくこれはどうしてくれるんだ」
「申し訳ございません。いったい何があったんでしょうか」
「これを買ったばっかりに、今まで生きててくれた感謝の気持ちを伝えるのに、電話代が大変なことになってしまったよ。こういうことは注意書きのところに書いといてくれないと」
「それはすみませんでした。次からは書いておきますので」
ガチャン
トゥルルルル
ガチャ
「どうして!! ねえ、一体どうして!?」
「どうしたんですか?理由をお聞きしないと答えることができないんですけど」
「起きてる時間がこんなに楽しくなったのに、どうして1日が24時間しかないわけ!?」
「そういわれましても、1日は24時間ですが、人生はまだ長いと思うので、大目に見てくれませんかね」
「わかったわよもう!!」
ガチャン
トゥルルルル
それから1日中こんなクレームが続いた。
「人にやさしくしたら、感謝されて、にやにやしちゃって、恥ずかしくなったじゃないか!! こんな幸せな気持ちにさせてどうするつもりだ!!」
「働くことの素晴らしさを知って、がんばっちゃったら、大きなプロジェクトをまかされちゃったよ。失敗したらどうするんですか!!」
「使ったら、世界の貧しい子供達を助けてあげたくなって、海外青年協力隊に参加したけど、もう期限が終わっちゃったじゃないの!! 一生をかけて協力していきたいと思ってたのたのに!!」
そんなこんなでバイトが終わった。
「それじゃあ今日はご苦労様でした」
俺はどうしてもこのままでは帰れなかった。
「ちょっと質問いいですか?」
自分がどうなりたいかなんてのはわからない。
何がしたいかなんてわからない。
ただ、もっと知りたいことを知っていこう。
したいことをしていこう。
今はただ、この会社が何を作っているのか知りたいんだ。