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男達  作者: N澤巧T郎
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53人目『将来強くなるだろう男』

 朝、まだ仄かに暗い空の下。太陽は雲に隠れ、風もなく、川のせせらぎと、時々鳴くカエルの声が響く中、一人の少年が舗装されていない砂利道を泣きながら走っている。

 長い間着ているのだろう。いたるところに繕った跡がある。涙で前が見えないのだろう。何回もつまづきそうになりながらも、がむしゃらになって前へと進んで行く。

 彼は駅を目指していた。たった一人、静かに汽車を待つ母がいる駅へ。ただ一心に前だけを見て、膝に血を滲ませながら。

 冷静に一点を見つめながら汽車を待っていた母が、急にキョロキョロと周りを見始めた。微かに、ほんの僅かに誰かが呼んでいる気がしたのだ。


「かあちゃあん!!」


 母はすぐさま駅の入り口の方を向く。


「かあちゃあん!! かあちゃあん!!」


 グシャグシャの顔をした少年が現れた。驚いたのだろう。母は何も言葉を発することが出来なかった。何かがこみ上げてきたのだろう。母は駆け寄った。

 そして、2人はきつく抱擁するのだった。


「かあちゃん。かあちゃん」


 息子は顔を母が着ていた着物の襟にこすりつけた。そして、声を震わせながら言う。


「なんでだよう。なんで行っちゃうんだよう」


 母は一回大きく鼻をすすり、涙を拭くことなく答えた。


「何回も言ったでしょ。あなたの為だって」


 すると、改札口から息を切らした一人の若い女が現れた。女は2人を見つけると、駆け寄って少年の両肩を掴んだ。


「お母さんはね。私達のために行くの。わかるでしょ?」


 息子はその小さな手で力強く母の着物を掴んでいる。


「そんなのヤダ!! ずっとずっと、一緒にいるんだい!! そばにいるんだい!!」


 姉は困った顔で弟の肩を揺らしながら言う。


「そんなこと言わないの!! お母さんが困ってるでしょ!? お父さんが死んだとき、みんなで決めたよね? お母さんを困らせないって。ね? だから、そんなこと言わないで」


 すると、山間から黒い煙を出した汽車が顔を出した。別れの時間は刻一刻と近づいている。

 そんな中、母が声を震わせながら言った。


「……ごめんね……ごめんね」


 たまらず息子が大声で言った。


「何で謝るんだよ!! 俺らの為なんだろ!? それなのになんで謝るんだよ!! 謝るんだったら、もう行くなよお!!」


 もう我慢できなかったのだろう。姉も涙をあふれ出させながら言う。


「そうだよおかあさん!! 謝らないでよ。そんなこと言ったら、私だって、行って欲しくない!! 行って欲しくないよ!!」

 

 汽車が汽笛が鳴らす。ブレーキの音がする。石炭の燃えるにおいがする。母が泣きながら言う。


「もう……行かなくちゃ」


 母は優しく息子に手をやり、体から離す。すると姉がじたばたと抵抗する息子を押さえ込む。母は立ち上がる。後ろを向いて汽車に近づく。

 乗り込もうと汽車に手をかけたとき、足をぎゅっと掴むものがいた。


「行かないでよ……行かないでよ……」


 母はゆっくりと振り向くと、息子の頭をやさしく撫でた。


「弱い人を、守れる人になってね。お姉ちゃんを頼むね」


 姉が後ろから抱きしめて引き離す。


「お姉ちゃん。あとは、よろしくね」


 再び母にしがみつこうと、息子は必死に姉の束縛から逃れようとする。姉は強く抱きしめながら母を見つめる。

 息子が手を伸ばしながら叫んだ。


「行やだあああああ!! かあちゃあああ!! かあちゃあああ!!」


 母はもう、涙を止めることが出来ない。汽車が発車の合図を鳴らす。ゆっくりと動き出す。


「かあちゃあああ!!」


「お母さああん!!!」


 姉は息子を解き放ち、一緒になって汽車と併走する。母が最後に別れの言葉を叫んだ。


「寂しくなったら空を見て!! お母さんも同じ空を見てるから!!」


「お母さああん!!」


「太陽の暖かさを感じて!! お母さんも同じように暖かくなってるから!!」


「かあちゃあああん!!」


「やさしい風を感じて!! その風にお母さんの想いが乗っているから!!」


「かあちゃああああああん!!」


「どんなに!! どんなに離れてても!!」




―世界は繋がっているから―




 思わず母は、汽車の中で泣き崩れた。とめどなく流れる涙。嗚咽交じりの泣き声。それは、残された駅でも同じだった。

 風が吹く。雲が流れる。太陽が顔を出し、世界を暖め始める。そして、3人を暖め始め、繋ぎ始めるのだった。


―3人の心はいつまでも繋がっている―




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