48人目『雪の中を駆ける女と男』
雪の積もる道を男が女の手を引いて、白い息を大量に吐き出しながら走っている。
しかしさすがに疲れてしまったのか女が転んでしまった。
男は迷いもせずに女を抱きかかえると再び走り出した。
同じ道を今度はたいまつと、農具を片手に村中の人が周りを見渡しながら走ってきた。
その中の1人が足元を見て言う。
「足跡が山の方に向かってる!!きっと山を越えて逃げる気だ!!」
雪の降る山道を猛スピードで走る男。
しかし、すでに体は限界に達していた。
ドザアァ!!!
雪の上を転がり雪まみれになったまましばらく動くことが出来ない。
男がゆっくりと這って近づく。
女を抱き起こし、再び立ち上がろうとした。
すると、女が言った。
「もういい。もういいから」
男は大声で言った。
「駄目だ!!!駄目に決まってる!!逃げないとどうなるかわかってるだろ!?」
男は必死だった。
どうなってしまうかわかっているから。
しかし、女は首を横に振る。
どうなってしまうかわかっていても。
「いいんです。私はもういいんです」
「お前が良くても、俺には良くない!!!」
今にも泣き出しそうな顔で、男は叫んだ。
「何が生け贄だ!!!!そんなの絶対に間違ってる!!!!」
静かに女は言った。
「私一人の命でみんなが助かるのよ。みんなの役に立って死ねるんだもの。私は嬉しいわ」
覚悟がその言葉からは感じ取れた。
「みんなが助かっても、俺はどうなる!?みんなの中に俺は入ってないのかよ!!」
雪は先ほどよりも多く降ってきた。
「みんなが助かるなら、一つの命がなくなってもかまわないなんて間違ってるんだ!!!この世には、一つだって消えてしまっていい命なんてないんだ!!!たとえ今にも消えそうなかすかな炎でも、放っておいていい命なんてないんだ!!!あってたまるか!!!!」
その声は吹雪の轟音に掻き消される。
「ましてや!!!誰よりも大きく燃え盛る炎を消してしまうなんてことは、絶対にしてはいけないことなんだ!!!」
「…………はっ」
女が闇に揺らめく幾つもの炎を見つけた。
「くそうっ」
男は辺りを見回す。
「そっちに回れ〜!!!」
「いたか〜〜!?」
「くっ、雪が多すぎる!!離れるな!!遭難したらおしまいだぁ!!」
小さな洞窟の中に二人はいた。
時より外から小さく声が聞こえる。
二人は動くことも忘れ、しゃべることも忘れ。
狭い洞窟の中、暗闇に溶けていた。
大きく燃ゆる、炎の熱を感じながら。
小さな洞窟の中から男が勢いよく飛び出すと、一回二回と左右を見ると全速力で駆け出した。
男は雪が積もった山の中を駆けて行く。
すでに雪は、止んでいた。
茂みの中から平坦なところへ飛び出した。
今にも泣きそうな顔で足を止め、真っ白な息を大量に何回も吐き出している。
何回も周りを確認するが、そのうち前だけを向いて立ち尽くした。
見渡せる全ての景色がキラキラと光り輝く。
スターダストは男の吐く息をも輝かせる。
痛いくらい眩しい世界で、男は立っていた。
男の顔がキラキラ光る。
それはスターダストのせいなのか、それとも涙のせいなのか。
絶え間なく煌めき続けるこの世界の中、それを確かめることなど出来るはずがない。