41人目『受け継いだ男』
燃え盛る炎と、瓦礫が散乱する先ほどまで都市であっただろう場所に、一人の少年がボロボロの服を着て立っている。
少年は暑さも忘れ、恐怖も忘れ、考えることを忘れ、呆然と立ち尽くし、街を破壊し続けるモンスターを見続ける。
モンスターは逃げ惑う人々を、まるでホコリをはたくように蹴散らしてゆく。
どこからもとなく戦闘機が轟音を立てて頭上を通過し、ミサイルを撃ち込んだ。
少年は知っている。
それは効かない。
さっきから何発撃ち込んだことだろう。
何機撃墜されたことだろう。
ミサイルはモンスターにぶつかると激しくひかり黒い煙を出す。
黒い煙の向こうからモンスターが攻撃。
戦闘機は落ち葉のように地面に墜落した。
「無駄だ……」
少年はゆっくりと振り向くと、そこには体中ボロボロになった男が横たわっていた。
少年はゆっくりと近づく。
「ごめんな……」
少年はなんでこの男が謝っているのかわからなかった。
だからなぜ謝ったのか聞くと、男は自分が悪いからだと言った。
男は続けてモンスターの事を話始めた。
モンスターはずっと昔からいたこと。
とても身近にいたこと。
排除しようとしたのが間違いだったこと。
共に生きていくことが正しかったこと。
他にもたくさんのことを話していたが、少年の記憶に残っているのはこのくらいしかなかった。
それに、なんで男は自分が悪いのか話していなかった。
その事を男の話をBGMにしながら考えていた。
すると、男からその疑問を解決するキーワードが発せられた。
―俺が倒す役目なんだ―
「だけど……こんな有様だ」
少し笑いながら言ったあと、男は遠い目をしながら言った。
―俺は世界を守るヒーローなんだよ―
この姿を見て、この男の事をヒーローと思う人は多分いないだろう。
どっからどこをどう見ても、もう死ぬしかない男だ。
少年は疑いの目を向けた。
男はそれを悟ったのかどうかわからないが、再びしゃべり始めた。
この世に無敵のヒーローなんていないこと。
傷だらけになりながらも限界のところで戦うヒーローしかいないこと。
自分は何人もいたヒーローの一人だということ。
今はもう自分しかいないということ。
男の呼吸がだんだん荒くなっていることに気づいた少年は、そのことが気になった。
そのせいでふたたび男の話は少年の脳には残らずに素通りして行った。
しばらく苦しそうに話した後、男はかろうじて動く右腕を動かした。
男の右手には、手袋のようなものが二つ握られていた。
それを震えながら少年に差し出した。
少年には理解できなかった。
なぜ渡そうとしているのか。
その手袋は何なのか。
男はかろうじて開いている右目をなおも細めて言った。
モンスターに爆弾は効かないこと。
水爆も原爆も逆にモンスターを強くさせてしまうこと。
倒せるのは
―己の全身全霊を込めた拳だけだということ―
右手に二つの手袋を握ったまま、少年の家族と同じように、男は動かなくなった。
少年は立っていた。
目の前のモンスターを見ながら。
両手に手袋をつけながら。
両手に手袋をつけた男がボロボロになって横たわっている。
その横に、少年は立っていた。
男は手袋を取って少年に差し出した。
しかし少年は受け取らない。
男はヨロヨロしながら立ち上がり言った。
「正解だ」
手袋を両手につけながら言った。
「なんであの時受け取っちゃったかな〜」
モンスターは業火の中で暴れまわる。
拳同士をガツンッとぶつけ合うと同時に言葉を吐き捨て、業火の中へと歩みを進めた。
―ま、後悔してないけどね―