39人目『もう会えないと悟った男』
ピロリロリン
ピロリロリン
ピッ
「もしもし」
「やあ、夜遅くに済まないね」
「いえいえ、そんなことないですよ。でも、こんな時間に電話だなんて、なんだか最後の別れを伝えるみたいですね」
「まさか、そんなこと……あるはずないだろ……」
「そうですよね。それにしても久しぶりですね。こうやって話をするのは。元気にしてましたか」
「ん?まあそうだな。元気にしていたよ」
「そうですか。それで、なにか急用でもあったんですか?」
「いやあ、そういうわけじゃないんだがね。ただ、ちょっと話がしたくてね」
「そうですか。僕も話たいと思ってたんですよ。電話じゃなくて会って話したいなあ。いつならいいですか?家に行きますよ」
「いやいや、そんなことしなくていい。君も最近は忙しそうだからね」
「そんなことありませんって。あなたに比べたらまだまだヒヨッ子ですから」
「そんなことはない。キミは実力も十分付いてきているよ。教えることはもうないと言ってしまっていいくらいだ。ただ……」
「ただ、なんです?」
「……ただ、キミに言い残したことがあるんだ。そのために電話をしたんだ。それを聞いて欲しい」
「……はい」
「キミは優しすぎる。そんなに周りの人のことばかり考えなくていい。自分をないがしろにしすぎだ」
「はい」
「自分をもっと、大切にして欲しい」
「はい」
「それと、キミはこの前、変わりたくないと言っていたね」
「はい」
「現状に満足しちゃいけない。この世に変わらないものなんてないんだから。常にいいほうへ変わるように努力しなくてはいけない」
「はい」
「キミは、一生懸命何かをしている姿を人に見せるのが恥ずかしいと思っているみたいだが、それは間違っている。熱中している自分を見せてやればいい。見せつけてやればいい。もしも、その姿を見て笑われたのなら、私が絶対にゆるさない」
「はい」
「真剣になって何が悪い。たった一度の人生だ」
「はい」
「言いたかったのは……こういうことだ……」
「はい」
「それじゃあ……さよなら」
「あの……」
「ん?なんだい?」
「その…………ありがとうございました」
「……こちらこそ……ありがとう……」
「……さよなら」
「さよなら」
ピプー
プー
プー
プー