32人目『見兼ねた男』
目の前に突きつけられた仕事を見て考える。
―俺のすべきことはこんなことじゃない―
俺にはもっとやらなくちゃいけないことがあるんだ。
こんなことしても、無駄だ。
こうして俺は
―目の前の仕事に背を向けた―
そして、しばらくして気がついた。
―俺のすべきことってなんだろう―
そして、いつものように今日が終わる。
そんな日々が続いていた。
そんな俺を見兼ねて話しかけてくる男がいた。
「なぜキミは仕事に背を向けているのかね?」
「俺のすることは、こんなことじゃないからです」
「そうか。それじゃあもう一つ質問があるんだが」
彼は目を鋭くさせて俺に質問した。
「キミのすべきこととは、そうやって何もしないことなのかい?」
彼の質問は、核心を貫いた。
俺は、矛盾していることに気づきながらも答えた。
「……違います」
「キミはおかしなことを言ってるね。目の前にある仕事はキミのやるべきことじゃない。だから仕事をしない。だからキミは今すべきことをやってなきゃおかしい。だけど、今キミのしていることもすべきことじゃない。これは、ようするにだ」
―キミは逃げてるだけだ―
俺は泣きそうだった。
身包みを剥ぎ取られ、真っ裸にされた気分だったからだ。
「やるべき事を考えるなとは言わないよ。理想を追うなとも言わないし夢を見るなとも言わない。だけどね、そういうことを、
―逃げる理由にだけはして欲しくないんだ―
今しなくちゃいけないことなんて、そのときは気づかないんだよ。過ぎ去ってから気づくんだ。
―なんであの時しなかったんだ―
って。気づいたらすればいいんだよ。その時までは目の前に与えられた事を懸命にすればいい。どんなことでも
―力を尽くしてしたことは、自分の糧になるから―
一見、逃げるってことはとても楽に見えるけど、実際すごく辛いもんだよね」
俺はいつしか泣いていた。
涙をぬぐって周りを見渡すと、すでにそこに男はいなかった。
あるのは、背を向けた仕事だけ。
俺は、仕事と向かい合う。
―目の前のことをしないで、その先にいけるはずがない―