19人目『抜かない男』
武士が二人、5間ほど離れ、向かい合って立っている。
長髪の方が言う。
「刀を抜け!!」
短髪の方が言う。
「やだ」
長髪は少し苛立ちながら問う。
「なぜだ!!」
短髪は冷静に答える。
「その言葉、俺が言いたい。なんでおまえと戦わにゃならんのだ」
長髪はなおも苛立ちを見せる。
「なぜだと!?初めて会った時から言ってるだろ!!俺は、誰よりも強くありたいんだ!!!」
短髪は腕を組みながら言った。
「俺は、お前が思ってるほど強くない」
すぐさま長髪が言う。
「違う!!お前は強い!!今まで共に行動して来たからわかる。お前は強い!!ただ、それを隠
している!!なぜいつも刀を抜かない!?素手で刀に勝てるのはお前だけだ!!刀を抜けばもっ
と強いはずだ!!だから刀を抜け!!そして、俺と戦え!!!!」
短髪は少し間をおいて答えた。
「……だから、いやだって言ってるだろ」
「なぜだ!?」
短髪は遠くを見ながら言った。
「冬も終わって、暖かい風が吹いてきた。これから一斉に花が咲いて、虫や動物も元気になる。
空も一段と青くなって、雲が白く輝きながら揺れる
―それでいいじゃないか―」
短髪は、涙を流していた。
長髪は困惑しながらも言った。
「お前の言ってることは、意味がわからないっ!!!いいから俺と戦え!!!」
短髪は涙を拭くことなく言った。
「刀と刀で戦って、それで勝ったほうが強いんだったら、それは強さとは言えない。ただ、刀の
扱いが上手いだけだ」
「ならば素手で勝負するか!?お前の得意な!?」
短髪は首を横に振った。
「強さは……力じゃ測れない」
「いいから刀を抜けと言ってるんだ!!!!」
そう言いながら長髪がずかずかと短髪の前まで近づき、短髪の腰にある刀を取り上げ、目の前に
差し出した。
「さあ、手にとれ!!そして戦え!!」
短髪は長髪の瞳を凝視しながら言った。
「刀が強さなら、お前にくれてやる」
「刀は武士にとって命も同然!!それを簡単に」
一瞬のうちに短髪が長髪の腰にさしてあった刀を抜き、一段と青くなった空から花が咲き始めた
大地へと振り降ろした。
長髪が差し出していた短髪の刀が真っ二つになり、一つが落ちた。
「俺はたったいま死んだ。お前の命によってな」
長髪は差し出した腕を下ろすこともせず呆然と呟くように言った。
「……木刀……」
短髪は刀を光らせながら言った。
「刀が命?ホントにそんなこと言ってるのか?このただの鉄の塊が!木の棒切れが命なのか!?
違うだろ!!命ってのは!!」
拳を握り、力強く胸を叩き、言った。
―ここだろ―
長髪は力なく言った。
「おまえは……武士じゃない……」
「当たり前だ!!
―俺は人間だ!!―
なにが武士だ!!なにが力だ!!!」
短髪は刀を地面に叩きつける。
「時代がおかしいんだ。強さと力を履き違えてるこんな時代が!!世の中が間違ってる!!狂っ
てる!!」
短髪が後ろを向いて一歩足を踏み出した。
長髪が静かに言った。
「どうすれば、お前のように、強くなれる」
短髪は顔を横に向けて言った。
「俺は強くない。結局、刀を抜いちまった。刀は抜いちゃいけねえ。抜いちまったら、力になっ
ちまうからな」
春の温かい風を感じながら言った。
―お互い、強くなりたいもんだなあ―
「じゃあな」
短髪は歩いて行った。
短髪が見えなくなると、長髪は叩きつけられた刀を拾い、鞘に収めた。
そらから二度と
―刀が抜かれることはなかった―