16人目『蒔いた男』
「あり?」
今日、庭に一輪の花が咲いていた。
「お〜い」
妻を呼んで聞いてみた。
だけど妻も昨日まで芽すら出ていなかったのだという。
「不思議なこともあるもんだなあ」
そう言って物思いにふけっていると子供が庭に出て近寄った。
「綺麗なお花れす。いったいなんのお花なのよさ」
確かに言われて見れば見たことがない。
チューリップでもパンジーでもアジサイでもヒマワリでもアサガオでもスイートピーでもましてやラフレシアでもなかった。
いままで見たことがない。
そう。
いままでこんなに綺麗な花は見たことがなかった。
「そうなのれす!このお花を観察するのよね!!」
ちょうど子供の夏休みの宿題の自由研究にぴったりだった。
「おおきっくなるんれすんよ」
そうやって水をあげると、水滴によって花はキラキラと光だし、より一層綺麗に見える。
翌朝、花の下に種が一つ二つ三つと落ちていた。
「花も散ってないのに変なもんですなあ」
「そんなこといいのよさ。さっそくお庭に蒔きますれす」
そうやって花の隣に蒔いて水を上げた。
その日の夕方、ふと庭を見るとそこには数本の花が咲いていた。
「よよよっ、こりゃ驚きだ。あの花の種なのにまったく違う種類の花のようだ」
そうなのだ。
一本として同じような花を咲かしていない。
そしてやはり今まで見たことのない花ばかりなのだ。
言うまでもないが、全てが全て美しい。
そんなこんなで1週間もしないうちに家は美しい花園となった。
庭だけでなく家の中も花で埋め尽くされている。
そうしていると周りの家の人たちが種をわけてほしいと言ってきた。
「ああいいですとも。もう蒔くところがなくてどうしようか迷っていたんです。夏休みの自由研究には十分すぎますから」
一人一人に両手一杯の種を分けてあげた。
次の日、花は街を覆いつくしていた。
その日、ちょうどヘリコプターがその街の上を通り過ぎた。
操縦者は眼下に広がる花畑に目を丸くして驚いた。
ヘリコプターは近くに降りたって話を聞いた。
「そういうわけでしたか。それは興味深い。どうか私にも種を分けてくれませんか」
町中からあつめた種を袋に詰めてヘリコプターの中に入れた。
しかし全部は入りきらない。
そこでヘリコプターの足に種が入った大きな袋をロープでくくりつけた。
ヘリコプターは重そうに飛びたって行った。
しばらく飛んでいると警告ランプが点滅した。
重すぎて燃料がなくなってきたのだ。
仕方ない。
種を捨てるしかないか。
袋に穴を開けて種を落としながら飛んだ。
そうすることで何とかヘリポートまで飛ぶことが出来た。
操縦者はすぐに友達に種の話をした。
「それはおもしろい花だ。ちょうどいい。ひとつ譲ってくれないか」
「そういうことは持っていくんですか?」
「もちろんだとも」
「それなら喜んであげましょう。しかし、出発は明日の早朝なのでしょう?重量制限とか大丈夫なのですか?」
「な〜に。種の一粒くらいどうってことない」
翌朝
「スリー、ツー、ワン、ゼロ」
轟音とともにロケットが宇宙へと飛びたった。
「こちら管制室。地球の眺めはどうだい?」
「……言葉がでない……」
「そうだろうとも、誰でもこの青い地球を見れば感動するよ」
「……ちがうんだ……そうじゃないんだ……」
「え?違うって?」
「……青くない」
「それは、どういうことだい?」
―地球は、花色だ―
「おつかれさま。宇宙はどうだった」
「我が家が一番。っていうのは、あれは嘘だな」
「あははは、よく言うよ。それはそうと、キミもやってくれるな」
「いやいや、僕は何もしてないよ」
「確かにそうだ」
「おいおい、ちょっとは否定してくれよ」
「あははは、まあいいじゃないか」
「そうだな」
「乾杯しよう。この宇宙一美しい惑星に!!」
「そして、宇宙一美しい衛星に!!」
『カンパーイ!!!』
夜でもなお、色鮮やかな大地の上で。
地球と同じく花色に染まった月の下で。