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男達  作者: N澤巧T郎
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13人目『裏切る男』

電車から降りると喉かな農村地帯が広がる。


「しかし、熱いなあ……」


薄くなった頭から滝のように滴り落ちる汗をネクタイでふく。


こういう日はメガネが邪魔臭く感じて仕方ないが、かけない訳にもいかず、かばんを持っていないほうの手の中指でメガネを押し上げる。


「ええっと……こっちかな?」


よれよれのメモを頼りに歩き出す。




山に囲まれていて空気が濃い。


田んぼのあぜ道にはトンボを追いかける子供達。


夏野菜の最盛期だ。


「こ、こ、か?」


メモと家を交互に見比べる。


ガラガラガラ


玄関に鍵を掛けないのは無用心かもしれないが、これが田舎のいいところでもある。


「すみませ〜ん」


「ほいな〜。どちらさん?」


部屋からひょこっと顔が出て来た。


「あの〜息子さんが帰ってるはずなんですけど」


「ああ、それならな、孫どもと山いって川遊びしてるだよ」


「お孫さんとですか?」


「そじゃよ。今は夏休みじゃろ」


「ああ、そうですね」


「ほんで、なんの用じゃ?」


「いえ、たいしたことでは……」


「そうきゃ、暑かったべ?ひゃっこい水でも飲んで待ってろ?な?ほれ?上がれ上がれ」


「いえ、おかまいなく」


「そうきゃ?遠慮せんで。ほら」


「いえ、ホントに大丈夫ですから」


「そうきゃ、ほんにひゃっこくてな、うまい水だど?」


「お気持ちだけで十分です。すみません。ありがとうございました」


2,3度ペコペコお辞儀をして戸を閉めた。


ガラガラガラ


「川か……涼しそうだな」


トンボを追いかけていた子供達に聞くと快く教えてくれた。


しばらく指差したほうに歩いていくと川が流れていた。


川の流れをさかのぼっていくと山への入り口があった。


川を上っていくと彼がいるのが見えた。


二人の息子さんと楽しく川遊びをしている。


私は気づかれないように茂みに入って彼らを追い越し上流へ行く。


「ふー」


靴と靴下を脱いで、ズボンをたくし上げて川に浸す。


天国とはこのことをいうのかもしれない。


普段はうるさいセミの音も、今はなぜか心地良い。


川は透明で、魚が悠々と泳いでいる姿がよくわかる。


「ホントに……いい所だなあ……」


「そりゃそうだ。なんせ俺が育ったんだからな」


彼が下のほうから現れた。


私と同じように裸足でズボンをたくし上げていて、ところどころ濡れている。


「昼もいいが、なんていっても夜が最高だ。一面がホタルに星だ」


私の近くまで来て手を腰に当てながら言った。


「そうですかあ。それは楽しみですねえ」


「なら帰ってくれえ」


「それは無理です」


「そうか」


私たちは顔をあわせずに話し続けた。


「夜。ここに来てください」


「……わかった」


そういって再び笑い声のするほうへ戻っていく。


「逃げるならその間ですよ」


彼は立ち止まり、こちらを振り向くことなく言った。


「……もういいんだ……。ここがいいんだ……」


私は左手の中指でメガネをクイッと持ち上げた。




彼の言うとおり夜は最高だった。


虫の音色に川のせせらぎ、ホタルが飛び交い空は満天の星空。


昼の暑さはなく、岩の上で寝そべっていた。


彼の足音が聞こえる。


「本当に最高ですねえ。いやあ、胸がいっぱいになる」


「そんな当たり前のことはいい。早くしてくれ」


私は起き上がり、かばんを持って彼の前に立つ。


「そんなに急がなくても……」


「さっさとしてくれ。もう準備は出来てる」


「……なんで……裏切ったんですか……あなたみたいな人が」


「説明しなくても、お前にはわかると思ったんだがな」


「……すみません」


「そうやってすぐに謝るのはお前の悪い癖だ。お前は何も悪くない」


「すみません」


私はそういってかばんの中に手を入れて、仕事道具を取り出した。


「……家族には……手を出すなよ」


「大丈夫です。その命令は出ていません」


「出てれば……どうした……?」


「私をいじめないでください」


「そうだな……すまん」


私は、ゆっくりと銃口を彼の額に向けた。


その時だった。


大きな爆発音と共に村のほうが明るくなった。


「なんだ!!これはどういうことだ!!」


「し、知りません。こんなことは、聞いてない!!」


「くそう!!ちくしょう!!!!」


突然、彼のこめかみから、液体が噴出し、崩れた。


言葉もなく、呆然としていると、林のほうから一人の人物が現れた。


村からの赤い光がその人物を照らす。


同じ組織の人間だ。


「なぜ、こんなことをしたんだ!?こんな命令じゃなかったはずだ!!」


私が興奮しながら言うと、彼は冷静な口調で答えた。


「あなたが受けた命令なんて知りませんよ。私は私が受けた命令を実行するまで」


「……なんで……なんで……」


「理由なんて知りませんよ。この人が他の人にしゃべってたかもしれないからじゃないですか?」


「そ、そんなはずないだろう。彼が他の人にしゃべるなんて!!」


「ていうか。別に理由が何であれ私はかまわないですし。久しぶりに規模の大きい仕事が出来て私は満足ですからね」


「……そんな……」


「それじゃあ、私はまだ任務がありますんで」


彼はそう言って消え去った。


私は力の入らない足を動かして彼へ近づく。


一歩近づくたびに彼との思い出が湧き上がる。


教わったことが多すぎる。


感謝しても感謝しきれない。


こんな仕事だ。


別れる覚悟は出来ていた。


だけど、こんな別れ方なんて。


足元の彼から視線を村へ移す。


駅から降りたときの田園風景が頭をよぎる。


農作業をしていた人々。


快く私を迎えてくれた彼の父。


無邪気な子供達。




「家が〜!!家が〜!!お願いです!!中にまだ家族が!!お願いです!!」


足に必死で食らいつきながらお願いする人の額に、冷たい感触が。


その人はひきつった声を出しながら地面に転がった。


「うああああん!!あああああああ!!!」


炎が踊る家から子供がわんわん村中に響き渡るような泣き声を発しながら出て来た。


子供に銃を向けた。


「……そこをどいてください」


子供の前で仁王立をしている男が1人。


後から炎の光で照らされ、少し影になっている。


「ふぅ。やれやれ。アナタもですか」


そういい残すとそこに姿はなかった。


私のことを知らせに戻ったのだろう。


判断が速い。


勝てるのか?


「うあああああん!!!あああんあんあんあん!!」


後から子供の泣き声が。


「もう大丈夫だから。ごめんね」


他の人も助けないと。


涙で濡れた子供の手を握り走る。


あなたが裏切ったとき、私はアナタの気持ちがわからなかった。


だけど、今なら少しわかる気がします。


あなたの裏切った理由はわからないけど。


私の裏切る理由は、


―今、私の手の中にあります―


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