雪と少女と肉まん
その時、世界は白く染まっていた。
あたり一面、まさに雪化粧、といった眺め。
雪で白く染め上げられた世界は、おしろいを塗ったように建物も道もそれ以外の物も、等しく純白に染まっていた。
まだまだ深夜と言うほどでもなかったから、道を車が何台も走っていたけど、
不思議と歩行者はいなかった。
僕は塾からの帰りで、時間は遅かったけどあまり急いではいなかったし、偶然なのか何なのか、丁度自転車がパンクしていて、僕はくだらない事を考えながら、とぼとぼ自転車を押して歩いていた。それに、なんだかゆっくりと歩きたい気分だった。
真冬の夜気は冷たく凍て付いていて、風もない道を歩いているだけで頬と耳が痛かった。
そして、道端の白いベンチに座る一人の少女を見つけた。
辺りはもうすでに暗くなっていたけど、街灯に照らされてベンチの周辺はまるでスポットライトが当たってるようで妙に明るかった。それはもちろん、白い路面に反射した街頭の光が、よりいっそうに明るく照らしたからだろうけど、何よりその少女の姿が、より明るさを強調しているように見えた。
ニット帽からコート、ブーツまで完全に白一色で統一された、と云うより、丁度雪で化粧をしたように、身を包む何もかもが白かった。
僕は、そうとは気がつかない内に立ち止まっていた。
少女のはき出す白い息と、脇に置かれた小さなビニール袋、
手に持った肉まんが目に付いた。
少女は肉まんを両手で持って口にくわえたまま前、と云うより道を渡ったその先の、さらにその先の上空をじっと見つめたまま、凍ったように動かなかった。
気になって少女の視線の先を探すと、その先には完成間近のスカイツリータワーの先が小さく見えた。作りかけのプラモデルのように、頭の部分だけが骨組みがむき出しだ。
少女は歯型の付いた肉まんを、両手で包んだままそっと膝の上に置き、じっと、完成間近のタワーを眺めていた。
どうしてだろう、何となく声をかけたくなった。それは歳が近いせいなのか、単に相手が女の子だったからなのか、分からないけど。
「何してるの?」
自転車をベンチの脇まで押して、話しかける。薄く絨毯のように積もった雪が足元でザクザクと鳴った。
「……タワーを、見てるの」
少女は小さく答えた。
「何で?」
本当に気になった、こんな遅い時間に、女の子一人で肉まんを食べているのは不自然だ。
少女は僕を真っ直ぐ見据え、今度ははっきりと言った。
「キレイだな、と思って」
そう言って、少女はまた出来かけのタワーに視線を戻した。僕もつられて視線をタワーへ向ける。確かに、真っ白に染まった世界からスッと顔を出すタワーは、キレイだった。
僕は、少女がもっともな事を言っているように思えて、何故だかタワーをもっと見ていたい様な気持ちになった。
「ねぇ、僕も見てちゃダメかな?」
「……どうぞ」
少女はベンチの真ん中から少しずれ、自分の右側に僕の座る場所を用意した。僕は小さく礼を言ってベンチに座り、少女と同じように遥か前方のタワーを眺めた。
二人ともしばらく何も言わなかった。
彼女は話す事が無かったからだろうし、僕は話す事が出来なかった。なんとなく、少女を邪魔したくなかったから。
「いる?」
不意に少女は僕の鼻の先に肉まんを持ってきてひらひらと動かした。肉まんはまだ白い湯気をほのかに出していて、暖かくて美味しそうだった。
「いいの?」
「いっぱいあるから」
そういって少女は二人の間にあるビニール袋を僕に向けて広げた、
中には肉まんが幾つか入っていて、それぞれ湯気を出している。
「それじゃ、いただきます」
僕は素直に頂く事にした。
「……おいしい?」
はやくも二口目を大きくかぶりついていた僕に、微笑みを浮かべて少女が言った。
僕は流石にばつが悪かったので、小さくだけ頷いた。
すると少女は本当にうれしそうに笑って、最後の一欠けらを口に詰めた僕にもう1つを無言で勧め、自分も肉まんの最後の欠片を口に入れた。
「ありがとう」
僕は、実は結構空腹だったので、今度は遠慮せずに袋から出して、大きくかぶりついた。
あんまんだった。
おもいっきり顔をしかめる僕を見て、少女は本当に可笑しそうにクスクスと笑っている、
「あんまんもあるよ」
今更だよ、思った。
「今更だね」
と、少女は寂しそうに言った。
僕の目線がそんなに恨めしそうに見えたのかな、そう思って、僕は急いであんまんを飲み込んだ。
「おいしいよ?」
「………………うん」
返事はしても、少女は僕の方へ振り向きはしなかった。
僕はビニール袋から1つ饅頭を取り出し、少女の鼻の前でひらひら動かして、
「おいしいよ?あんこか肉かは分からないけど」
少女はやっと、でも不思議そうに僕を見た。
「それ、私のなんだけど」
「いや、これは僕が君から貰ったんだ、だから僕のだ。で、僕のを君にあげる」
くすっと笑って、少女は僕の手から饅頭を受け取った。
「……どっちだと思う?」
少女が訊いた。
「どっちがいい?」
「……あんこが…………いいかな?」
そう言って小さく、饅頭かじった。
「……あんこだ」
少女は嬉しそうに、僕に中身を見せてくれた。
「一緒だね」
「うん」
僕もつられて嬉しくなって、自分の饅頭をほおばった。
甘いあんこと、ほんの少しだけ塩の味がする皮が、暖かかくて、美味しかった。
しばらく、僕達は二人でタワーを眺めながら、無言で饅頭を食べた。
僕が食べ終わってビニール袋へ手を突っ込んだ時、丁度彼女も食べ終わっていて、
袋に手を入れていた。
二人の手が重なった下には、饅頭は1つしかなかった。
「…………」
「…………」
無言で見詰め合う僕達。
僕が遠慮して手を離すと、少女は饅頭を取り出して、チラッと僕の方を見ると、両手で持った饅頭を2つに割って、今度は楽しそうに、僕の鼻の前で手をヒラヒラさせて、
「いる?」
とだけ言った。なんだか嬉しくなって、僕も、
「いただきます」
と言って、少女の手から直接口で受け取った。
少女はビックリしていたけど、やっぱり楽しそうにクスクス笑っていた。
饅頭は肉まんで、今迄で一番冷めていたけど、今迄で一番美味しかった。
饅頭が無くなっても、僕はタワーをずっと見ていた。少女の事も気になったけど、
何となく目線をやり辛かった。
しばらくした後、少女はゆっくり立ち上がった。そのまま立ち去ろうとする少女に、
僕は――――何も言えなかった。
少女も、何も言わなかった。ただ黙って、僕が来た方へと去っていった。
少女が去った後も、僕はしばらく椅子に座って、呆然とタワーを眺めていた。
何故だかすごく、寂しなった。
さっきまであんなに綺麗に輝いて見えたタワーも、ぼやけて霞んで、造り掛けの露出した鉄骨が、雪の結晶よりも儚く危なげに見えた。
不意に体に寒さが戻ってきて、体がブルッと震えた。
どうやら長い間座り過ぎたみたいだ、お尻も冷たいし痛い。
ベンチから立ち上がってズボンを叩いて、すぐ脇に止めていた自転車のハンドルを握り、それに気が付いた。
右ハンドルのグリップに、コンビニのレシートが、同じく、袋に付いていたのだろう、テープで止められていた。
レシートは金額の書いていない裏面を上にした貼り付けてあって、その裏面には電話番号と思しき番号とアドレス、「Let's see again」と短いメッセージと猫の顔の小さい絵が書いてあった。
自然と顔がほころぶ。そうか、また会えるんだ。
そう思うと、今まで感じていた寂しさはどこかに消えていた。それどころか、急に体が温まって寒さもどこかへ行ったようだった。
「また、会えるんだ」
声に出してみると凄く嬉しくて、その後の道のりを僕はずっと駆けて行った。
――――これが僕の両親の出会いなのだそうだ。なんとも臭い話だ。
そう思いながら、僕は20数年前にその臭い話が行われた道にいた。
もうタワーは見えない。
母さんから聞く話はいつも落ちが違う。
いきなりベンチの上で抱き合ったとか(変態だ)
実は素っ気なく別れていて、数年後ばったり再開したとか(少女漫画かよ)
本当はデートの一場面で当時から付き合ってたとか(今までの話は何だったんだ?)
まぁとにかく無茶苦茶だ。
そもそもそんな運命的出会いがその辺に転がってる訳が無いんだ。
そんな、漫画かゲームの中だけの話を持ち出されてもアホらしいだけだ、下らない。
僕はそんなくだらない事を考えながら、とぼとぼと自転車を押して歩いていた。
なぜだかゆっくりと歩きたい気分だった。
真冬の夜気は冷たく凍て付いていて、風もない道を歩いているだけで頬と耳が痛かった。
そして、道端の白いベンチに座る一人の少女を見つけた。
僕は、そうとは気がつかない内に立ち止まっていた。
いまいち下手な文章で恥ずかしいんですが、
まぁ良くできた方なんで載っけときます
感想とか貰えると嬉しいです!
11.8.8 諸訂正 改稿