第121話:新興市場の「破れかぶれ(オール・イン)」! 七星くるみの路地裏奇襲と、卒業を恐れる小悪魔の涙!
1. 16:00:金曜日の放課後と、消えた「新興市場」
「いいか高坂、よく聞け! カレン、アリス、ひまり、ミアと続いた怒涛のタイムシェア(個別独占)も、いよいよ平日最後の金曜日だ! そして今日の担当は、学園のルールも先輩の威厳も一切お構いなし、予測不能なボラティリティ(乱高下)を誇る1年生の新興市場、七星くるみだ!」
放課後の下駄箱。
俺、高坂優人は、親友・佐藤からの熱いインカム解説を聞きながら、周囲を警戒していた。
「くるみは『卒業』という巨大な市場変動に対して、最も強い危機感を抱いているはずだ! なぜなら、お前たち3年生が卒業してしまえば、彼女だけがこの学園に『取り残される』ことになるからな。……気をつけろ高坂! 追い詰められたベンチャー企業は、常識を逸脱した『一撃必殺の奇襲(サプライズ・TOB)』を仕掛けてくるぞ!」
佐藤の警告に、俺はゴクリと喉を鳴らした。
確かに、くるみならいきなり空から降ってきても、下駄箱の中に潜んでいてもおかしくない。
俺は恐る恐る自分の下駄箱を開けた。……何もない。
靴を履き替え、校門を出る。……誰もいない。
通学路を歩き、駅に向かう。……バニラの香りすらしない。
「……佐藤。くるみが、どこにもいないんだが。今日は彼女の『独占日』のはずだろ?」
「……おかしいな。俺の監視ドローン(オリビアから借りパクしたやつ)のレーダーにも、七星くるみの生体反応が全く捉えられていない。……まずいぞ高坂! 新興市場が完全に沈黙しているということは、水面下でとんでもない規模の『ステルス買収工作』が進行している証拠だ!!」
佐藤が絶叫した、その時だった。
2. 16:30:路地裏の「強制非公開化」
駅へと続く商店街の裏路地。普段は誰も通らない、薄暗い自販機の陰を通り過ぎようとした瞬間。
「……捕まえましたわ、先輩」
背後から、俺の制服の襟首を「きゅっ」と力強く引っ張る小さな手があった。
振り返る間もなく、俺の身体は路地裏のさらに奥、建物の隙間の完全に死角になっている狭いスペースへと強引に引きずり込まれた。
「うわっ!? く、くるみ!?」
「しーっ。大声を出さないでください。……ようやく、先輩を私だけの『非公開市場』に拉致(上場廃止)できましたわ」
薄暗い路地裏。
俺を壁際に押し付け、逃げ道を塞ぐように立ちはだかったのは、七星くるみだった。
しかし、彼女の様子が明らかにおかしい。
普段の「小悪魔的な余裕」はどこへやら、彼女の肩は微かに震え、制服のブラウスは少し乱れ、何より……その大きな瞳の周りが、ひどく赤く腫れ上がっていたのだ。
「くるみ……お前、泣いてたのか……?」
「……泣いてません。少し、市場の先行き(未来)を分析していたら、目が乾燥しただけです」
くるみは強がりを言いながら、俺の胸にコツンと自分の額を押し当ててきた。
甘いバニラの香りが、薄暗い路地裏の空気を満たしていく。だが、その香りに混じって、彼女の痛いほどの「焦燥感」と「悲しみ」が、制服越しに直接伝わってきた。
3. 17:00:後発組の絶望(デフォルトの危機)
「……先輩」
俺の胸に顔を埋めたまま、くるみの震える声が響く。
「もうすぐ、卒業なんですよね」
「……ああ。あと数ヶ月でな」
「……ずるいです」
くるみの小さな両手が、俺の制服の胸元を、破れんばかりの力で握りしめた。
「カレンお姉様も、アリスお姉様も、ひまりお姉様も、ミアお姉様も、オリビアお姉様も……みんな、先輩と同じ『卒業生』として、堂々と先輩と一緒に学園から飛び立っていける。……でも、私だけは。私だけは……『まだ1年生だから』っていう理由で、この学園に置いていかれるんです」
彼女の声が、次第に嗚咽に変わっていく。
「どんなに奇襲をかけても、どんなにベンチャー企業として背伸びをしても……この『年齢』と『学年』っていう絶対的なインフラ(壁)だけは、どうやっても越えられない。……卒業式の後、お姉様たちに囲まれて笑ってる先輩を、私だけが『後輩』として見送らなきゃいけないなんて……そんなの、絶対に嫌です……っ!」
くるみは顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺を睨みつけた。
いつも飄々として、大人びた駆け引きを楽しんでいた彼女が、今、完全に余裕を失い、ただの「先輩が大好きな、寂しがり屋の女の子」として、剥き出しの感情をぶつけてきている。
「私、昨日の夜からずっと考えてました。……どうすれば、先輩を私だけのものにできるか。……でも、どんなアルゴリズムを組んでも、どんなハイリスクな投資をしても……『先輩がいなくなっちゃう』っていう恐怖(暴落)から、抜け出せなかったんです……っ」
4. 17:30:破れかぶれの「全力投資」
くるみは涙を拭うこともせず、俺の首元に両腕を回し、背伸びをして至近距離まで顔を近づけてきた。
彼女の柔らかい吐息が、俺の唇のすぐそばで震えている。
「……だから、もう決めました。駆け引きも、小悪魔な計算も、全部捨てます」
彼女の瞳に、強烈な、そして破れかぶれの光(ギャンブル魂)が宿った。
「先輩。私、先輩のことが……誰よりも、宇宙で一番大好きです! お姉様たちなんかに絶対に負けないくらい、私の全財産(心も身体も全部)を賭けて、先輩を愛してます! ……だから、お願い……っ。私を、置いていかないで……っ!」
それは、新興市場がすべての資金とプライドを投げ打って放った、最後にして最大の「全力投資」だった。
こんなにボロボロになって、こんなに必死になって、俺のことだけを想ってくれている。
その後輩のあまりにも重く、痛いほどの純情を前に、俺の理性の防衛線は粉々に吹き飛んだ。
「……くるみ。お前は本当に、バカだな」
俺は壁に押し付けられていた背中を離し、くるみの小さな身体を、俺の腕の中にすっぽりと抱きしめた。
「ひっ……!? せ、先輩……?」
「卒業したからって、お前との関係が途切れるわけないだろ。……俺がお前を置いていくなんて、絶対にありえない。お前が高校を卒業するまでの間、俺が毎日お前に会いに来てやる。……お前のその『全財産』、俺が一生かけて、絶対に損はさせないから」
俺の言葉に、くるみは一瞬ポカンとした後、再び大粒の涙を溢れさせ、今度は俺の胸の中で声を上げて泣き始めた。
「……っ……うわぁぁんっ! 先輩の、ばかぁ……! 私、そんなこと言われたら、もう絶対に……一生先輩に寄生して生きていきますからね……っ!」
5. 18:00:路地裏の「独占契約」
やがて泣き止んだくるみは、俺の腕の中で少しだけ顔を上げ、涙と鼻水で少し汚れた顔のまま、それでも最高に可愛らしい小悪魔の笑顔を浮かべた。
「……言質、完全に録音しましたわ。これで先輩は、私が卒業するまでの間、私専用の『定期預金』です」
くるみは俺の頬に手を添え、甘く、そして強い独占欲を込めて囁いた。
「……ねえ、先輩。私、まだ先輩からの『利益確定』、もらってませんわよ?」
「……お前、泣き顔のまま言うセリフかよ」
「にひひ。ベンチャー企業は、どんな状況でも貪欲に利益を追求するものですわ。……さあ、早く」
俺は苦笑しながら、くるみの腰に回した手に力を込め、彼女の柔らかく震える唇に、そっと、しかし確かな熱を伴ってキスをした。
薄暗い路地裏。
誰にも見られない完全な非公開市場で交わされる、甘いバニラの香りと涙の味が混ざった、強烈な口づけ。
くるみの小さな舌が不器用に俺の唇をなぞり、彼女の全身から「あなたを絶対に離さない」という圧倒的な執念が伝わってくる。俺も彼女の背中を強く抱きしめ返し、その破れかぶれの全力投資に、俺のすべてを捧げて応えた。
ゆっくりと唇が離れた後、くるみは俺の胸元で、とろけるような至福の笑みを浮かべた。
「……ふふっ。大成功(ストップ高)ですわ。……これで、私の『持ち株比率』が一番になりましたよね?」
「……ああ。お前が間違いなく、俺の筆頭株主だよ」
俺がそう答えると、くるみは「えへへ」と本当に嬉しそうに笑い、俺の腕の中で幸せそうに目を閉じた。
6. エピローグ:大引け前の静けさと、最後の黒船
「――おい高坂! 生きているか!!」
くるみを家まで送り届けた帰り道、俺のインカムから佐藤の絶叫が響いた。
「路地裏の防犯カメラの死角で、お前の心拍数が計測不能の天文学的数値を叩き出していたぞ! まさかあの小悪魔後輩……『卒業』という恐怖を逆手に取り、涙の『オール・イン(全力投資)』で一気に形勢逆転を狙いやがったな!?」
「……ああ。ベンチャーの底力、完全に甘く見てたよ。俺の理性、もう完全に破産してる」
「休んでいる暇はないぞ高坂! 平日のタイムシェアはこれで終了だが、明日は土曜日……そう、タイムシェアのオオトリを務める、規格外のグローバル資本、オリビア・サマーズの独占日だ!」
佐藤の声が、極限の緊張を帯びる。
「卒業という『市場の解散』を前に、あの外資系ブラックシップが大人しくしているはずがない! 日本のドメスティックな常識をすべて破壊し、お前を『海外(グローバル市場)』へと完全連行する気だぞ! 明日は……スケールが違う戦いになる!」
卒業(第150話)に向けたカウントダウン。
六大資本による個別独占の狂乱は、ついに週末の「外資系女王の最終決算」へと突入しようとしていた。俺の人生というチャートは、限界を超えたその先で、なおも暴騰を続けているのだった。
(第121話・完)
本日の市場ニュース(個別ピックアップ:七星くるみ編)
七星くるみの時価総額: タイムシェア金曜日。下駄箱での待ち伏せを放棄し、路地裏への強制連行を実行。唯一の1年生であることの「卒業に対する絶望と恐怖」という最強のコンプレックスを涙ながらに露呈させ、計算を捨てた『全力投資』を敢行。高坂の理性を単独で完全に打ち砕き、驚異のストップ高を記録した。
佐藤のアナリスト・レポート: 「小悪魔が計算を捨ててただの『寂しがり屋の少女』になった瞬間、その破壊力はいかなる巨大資本の力をも凌駕する。涙でぐしゃぐしゃになりながらの『私を置いていかないで』という懇願は、投資家(高坂)の防衛線を無力化する究極のリーサル・ウェポンであった」
高坂優人の現在の状況: 路地裏での甘いバニラの香りと、涙の濃厚キスのコンボにより、精神が完全に大破。「……俺、卒業後も毎日くるみに会いにいく定期預金として生きていくんだな」と覚悟を決める重度の『新興市場(後輩)完全依存・被ホールド障害』を絶賛発症中。明日のオリビアのターンに向けて、もはや祈ることしかできない。




