第一話「田園の揺れと黒猫の鈴」
目の前にひろがっている広大な田園を、車の荷台に揺られながら何気なくみる。
「ふあ、のどかだなあ」
その揺れと気候の心地よさでつい眠くなった。
膝の上に座っている金の目の黒猫ミーシャもあくびをして、その尻尾が揺れて鈴がなっている。
「そうさなあ、ここいらは戦争にも直接巻き込まれてないからなあ」
荷台に乗せてくれたおじさんはそういった。
「それでですか」
「やっぱり都市の方はひどいのかい」
「そうですね...... 戦場となった場所は焼けてまだ復興途中です」
「そうかい、それはかわいそうに、なにもできなくて申し訳ない」
おじさんは沈んだ声でいった。
「いえいえ、みんな大変なのは同じです」
ぼくたちの国アスメリア共和国とレザイネス帝国の戦争は、数年に及んだ。 今は休戦協定が結ばれ一時の安寧が訪れていた。
「あんた、珍しい青い瞳だけど、その拳銃と制服、軍人さんだろ」
おじさんはぼくの腰の拳銃をみていった。
「ええ、軍医をやってます」
「ずいぶん若いのにそりゃすごいな!」
「いや、まだ見習いですよ」
そうぼくエドニス・クルスは軍医だった。 確かに16才での軍医は少ないが、それは戦争で軍医の数も減ったのが一因でもあるのだろう。
(まあ、ぼくは同い年より幼くみられるからな)
それはすこし気にしてるところだった。
「軍医はエリートだと聞いているよ。 それでこんな田舎に軍医さんがなんの用だね」
「この近くにいくつか町があると思うんですが、そこで異変があるときいてきたんです」
「あれか...... 飼っている動物がいなくなるっていうやつか」
「ええ、そうです。 ご存知でしたか」
「......ああ、みんな気味悪がってる。 動物がいなくなるのはともかく、埋めた死骸までなくなるなんて異常だ。 まあ飢えていた戦時中は食べるって話もあったがね。 戦争が終わって一年、いまは食料もはいってきてるし......」
そう沈んだようにこちらをみずにおじさんはいう。
(やはり戦争は前線から離れたこんな田舎まで影響があったんだな)
「それを調べるために派遣されたんです。 もしかしたら帝国と関係があるかもしれませんし、何かあれば上に要請します」
「なるほど! いや助かるよ! 国には再三調査を依頼したんだが、動いてくれなくてね。 あのときだって動いてくれなかったから諦めていたんだが」
「あの時?」
「い、いや」
おじさんは口ごもる。
「すこしでも情報がほしいんです。 知ってることがあれば教えてください」
すこし沈黙があったが、おじさんはゆっくりと話し始めた。
「ん、ううん...... 実は戦争中、ここいらで流行り病が流行ってな。 かなりの人が死んだ。 それを国に伝えたがなんの支援もなくてな」
「それは...... すみません」
「いや、軍医さんのせいじゃないさ」
「それでそのままですか」
「いや、グレインの町にいた医者夫婦が懸命に治療してなんとか病はおさまった。 だが......」
「どうしたのですか?」
「奥さんの方がな。 別の病で今も病床に伏せてるって話さ。 そんないい人をさ。 ほんと神様ってのは無情だよ」
「......そうですね」
そういったあとおじさんは黙ってしまった。
「ありがとうございました」
「ああ、なんとか解決しておくれ」
そういっておじさんは車を走らせた。
目の前には町がある。 片田舎だがこのグレインという町はそこそこ大きいようだ。
「さて、行こうか」
ぼくはそういい歩きだすと、横をミーシャが並んで歩くとしっぽに結んだ鈴がなった。
町を歩くとすれ違う人たちがぼくを見ている。
(そんなに軍人が珍しいのか。 ミーシャのことか...... いやそんな感じでないな)
「すこし、いいかね」
目の前にいた二人の中年の男性が話しかけてきた。
「はい」
「えっと、私はリグ、そしてこっちがマイク、ここの自警団をやっとるものだが、あなたは軍属だね」
そう小太りの男がいい、隣の背の高い男はうなづく。
「はい、ぼくはアスメリア軍、軍医、エドニス・クルス少尉です」
そう敬礼して答えると、二人は一瞬戸惑った顔をした。
「ああ、それは少尉どの。 大変失礼しました。 それで少尉は一体なぜこの町へ」
「実は政府にこの近辺で動物の失踪事件が起こったとの報告がありました。 もしかしたら帝国の策謀の可能性があるのではと上は考えているようで、ぼくが派遣されたのです」
「動物が策謀の可能性ですか?」
「ええ、以前から帝国は動物を使った作戦もつかっています。 例えば感染症などを利用した生物兵器です」
「生物兵器...... 感染症」
「それでこの町で動物などに異常は起こっていますか?」
「いえ、特には......」
二人の目がすこし泳いだ。
(この反応なんだ...... なにかを隠しているのか)
「この町にいる獣医や医者を教えてくださいませんか」
「獣医はいませんが、医者ならば...... しかし、ユグナ先生はお忙しい身ですよ。 正直動物がいない程度で調べるのはいかがか」
そうマイクは困ったように眉をさげる。
「まあ、もしかしたら町の人になんらかの病気が広がっている可能性もありますから」
「......そんなことはないと思ってるんですがね」
リグはいぶかしげにこちらをみて、先生をあまり困らせないでください、そういって渋々医者の住所を教えてくれた。
(その医者は慕われているようだ。 まあ町を救った英雄だからあたりまえか...... でもこの反応は)
教わった住所にきた。 そこは古い診療所のようだった。
「ここか、ミーシャは待ってて」
不満げにミーシャはプイッと横を向き歩いていった。
(もうわがままだなあ)
門扉をあけ中にはいると花の香りが鼻にとまる。 一面に黄色の花がさいている。 そのそばに女の子がたっていた。
「あっ、患者さん?」
少女が積んだであろう花の束をだいて近寄ってきた。
「いえ、ユグナ先生はご在宅でしょうか」
「うん、お父さんなら診察中」
そういう少女──リジェクトに話をして診療所にいった。 診療所には老人や松葉杖の人たちがいた。
「ごめんなさい。 診察中だから、今はダメなの。 すこしまってもらえる」
そうリジェクトにいわれる。
「いえ、こちらこそお忙しいのにきてしまいましたから、終わるまで待ちます」
「そう伝えるね」
そういうとリジェクトは部屋にはいっていった。
何人かの患者が室内に入り帰ると、しばらくして白衣の男性がやって来た。
「お待たせしてしまいすみません。 私がユグナです。 こちらにどうぞ」
応接室に通された。 ぼくは軍医であることを告げ、話を始める。 ユグナ医師はすこしつかれた顔をして、ぼくにソファーに座るよう促した。
「実はこの近隣の町で動物の失踪事件がありました。 そのことはご存知ですか?」
「ええ、噂では...... なるほど帝国が動物を使った感染症など画策しているのではとお疑いなのですね」
「ええ」
「ですが、この町の住人でそのような兆候を見せているものはいませんね」
そうカルテを机からだして、ぼくにみせた。
(確かに最近のものだ。 老若男女、血液にも異常無し......か)
「この通り、血液検査などもしていますが、特に異常のほうはみうけられません」
「そうみたいですね。 それなら生物兵器などではないか」
そのとき、部屋に全身包帯姿の人物が現れた。
「お母さん。 そっちじゃないよ」
そうリジェクトはよたつくその人物をつれていった。
「いまのは............」
「すみません。 驚かれたでしょう。 あれは私の妻ハミラです」
「確かこの町に病気が流行ったときに」
「ええ、ご存知でしたか。 そうです。 感染症にかかってあのような姿に...... ですがかなりよくなってきてまして」
(確か、さっきのおじさんは床に伏せてるといっていたっけ)
その時、窓から吹いた風で花の香りが部屋にまった。
「なにかわかったら、お伝え願えますか」
「はい、ですが感染症の疑いがなくなったのに、まだ何か探されるおつもりですか?」
「ええ、すこし気になることがありまして」
そういってぼくは席を立った。




