俺が好きなのは今カノだ、初恋の君ではない
俺は君が好きだった。
だから、俺が縁を切る側になるなんて、思わなかった。
◇◇
「へぇー?キリヤって、ヒヨリのこと好きなの?」
「おい、もっと静かに言えよ」
「ハハッ!やっぱそうなんだーヒヨリに言っといてやるよー」
「ちょっ、馬鹿!やめろ!」
中学生の頃、俺はある友達に好きな人を教えた。そうしたらそいつは、俺の好きな人を周りに暴露していた。おかげで、みんなが俺の好きな人を知ることになった。
冷やかされたり、近くにいると耳打ちされたりした。席替えのときに隣の席にしてもらったりもした。これだけは感謝している。
もちろん好きな人本人にも知られた。
いわゆる好きバレだ。
好きバレしたとき、反応があまり良くなかったのを覚えている。
けれど、俺はずっと夢を見ていた。
中学校の卒業式で、告白しようと決意した。式が終わった後に呼び出した。
相手は薄々勘づいていたと思う。こんなシチュエーション、告白以外にない。
「ずっと好きでした。その……あの、付き合ってください!」
雰囲気の重圧。失敗することの不安。ありがちなセリフを言うことへの羞恥心。そして……目の前に好きな人がいる、という事実。
これらに打ち勝った俺は、しぼり出すように叫んだ。
そして右手をすっとさし出す。
ヒヨリの目をまっすぐ見つめる。
ヒヨリは……つまらなそうに俺を見ていた。
こうなることがわかっていたみたいだった。
地上波初解禁の映画だとしても、その前に映画館で観ていれば価値がない。
それと同じで、あっちからすれば「ふぅん、で?」って感じだったらしい。
「無理」
そのまま、ヒヨリは俺の横を通り過ぎていく。
俺が、沢山の重さに打ち勝って得た報酬は、たったの二文字だった。
さしだした右手は、誰にもとってもらえなかった。
俺は何が起きたのかわからないまま、右手を自分のほうへ戻す。
そのとき俺は確かに見た。世界が色を失っていくところを。
でも、高校では新しい出会いがあった。
田舎だったので、ほとんどの生徒が同じ高校に進んだ。中学校の延長みたいだった。
クラス発表はドキドキだった。自分が載っている紙に、ヒヨリの名前がなかったのを確かめる。
ふっとため息をついた。
隣の席は、俺とは違う中学校から来た奴らの一人だった。なぎさという、ボブヘアーの女子。
とにかく、めちゃくちゃ可愛い。アイドルみたいに可愛い。都内を歩けばスカウトされると思う。だが、最初は可愛いとしか思ってなくて、普通に接していた。
5月におこなう体育祭に向けて、練習をしていた日のこと。リレーで、俺がアンカー、なぎさはその一つ前だった。つまり、なぎさのバトンを俺が受け取る形になる。
俺は、女子に対して基本何も思ってない。
でも、走るときに前髪を気にする奴は好きではない。
あいつらは走りに全力を出さない。前髪に意識を飛ばすからだ。そもそも、全力を出すこと自体がダサいって思ってる奴が多い。さらに、頑張ってる人が失敗すると陰で嫌そうにする。
だが、なぎさは違った。
なぎさは、俺の腕に真っ先に、そこだけを目標にして突っ走った。全力なその姿と顔がかっこよかった。可愛かったし、美しかった。
そのときのなぎさには、鮮やかな色が染み出ていた。
バトンを受け取ったとき、俺は動揺していた。走ってもないのにもう息苦しかった。
コンディションが最悪なまま走り出した。そのせいで俺は、半分走った頃に転んだ。ずっこけた。
砂の味がした。
慌てて立ち上がって、走りきる。走り終わると、すぐになぎさが駆けつけてくれた。
「大丈夫?膝が……」
「平気。心配ありがとう」
他の友達も来てくれて、そろって保健室に行く。
「おまいらありがとな」
「そりゃお前、ケガしてんだから助けるわ」
「当たり前だろー」
膝をすりむいただけで、リレーのアンカーを務めることに支障はなかった。けれど、俺はなぎさの直向きさに見とれた。心を奪われた。
体育祭が終わった後、俺はなぎさを呼び出した。そして、ひっそりと想いを伝えた。
すると思いがけないことを知った。
なぎさも同じことを考えていたらしい。
「わたしも、キリヤが全力で走ってるの、カッコイイって思ってた」
「そうだったんだ……」
「ケガしたときも、大丈夫?って声かけにお礼してたよね。自分が辛いときも周りに気を配れて凄いなって、ああだから友達が沢山いるんだなって思った」
「俺だって、なぎさが真っ先に駆けつけてくれて嬉しかったよ」
「ええ〜そうなの?当たり前じゃんっ」
俺はなぎさと付き合うことになった。
ほんっとうに嬉しい。報われたなって思う。
中学生のときに冷やかしてきた奴らに、また冷やかされる。羨ましそうにからかってくることすら、愛おしい。
何より、俺の彩りと輝きはなぎさが取り戻してくれたのだ。
しかし、何事もよく思わない人間はいる。
「キリヤはウチのことが好きだったんだよ?」
(今更なにいってんの、この人)
「浮気じゃない?それとも、なぎさちゃん騙されてるんじゃない?かわいそ〜」
こんな感じで、やたら絡んでくる女子がいた。俺がなぎさと付き合ってから、急にだ。一人でいるところを突然邪魔してくる。
ヒヨリだ。
まだ俺がヒヨリのことを好きだと思っているのだろうか。
それとも、過去のできごとを未だに引きずっているのだろうか。
前までは自分のことが好きだったのに、急に心変わりしたのだ。動揺はするかもしれない。
振った相手が、違う人と付き合っている。それで、悔しくなったのか、羨ましくなったのか、屈辱的なのかは知らない。
まあ、告白された側なのに、先を越されたんだ。多少は悔しいかもしれない。
でも、俺だって振られたし。
それも、かなり雑に。
そんなに後悔するなら、もっと丁寧に扱ってもらわないとな。
さて今日も絡まれた。
「キリヤ、私のことが好きだったんじゃないの?」
「確かに好きだったよ」
「今は?」
「今はなぎさのことが好き」
「何番目?」
「好きは好きだろ。順位とかないわ」
ここで、一番好きとか言ってはいけない。二番がいるの?とかほざかれるからだ。
次の日も。
「ねぇねぇ。乗りかえるの早くない?」
「どういうこと?」
「ウチに振られてから、すぐに別の人と付き合ったよね。ウチのことも、ずーっと一途に想ってたのに諦めたよね。しかも、短期間しか知り合ってないなぎさちゃんといきなり付き合うって、どうなの?」
「そもそも、諦めさせるような振り方をした君も悪いでしょ。思ってた性格と違って落胆したよ。でもなぎさは優しいってわかってるから。だから付き合った」
その次も。
「付き合ってることを周りにバラしてどうするの?自慢したいの?」
「俺は、仲いい人にしか言ってない。それも、遊びに行くときとかにごまかしたくないから言ってる。噂になってるのは、一緒にいるのを見たのか、誰かが広めたのか知らないけどさ」
「ウチと喋って、女と一緒にいていいの?」
「君がしつこくついて回るから喋ってるんじゃん」
「無視すればよくない?」
「無視したら、俺は浮気してるとかいう噂を流すんだろ?その噂は本当かって聞かれたら、本人に聞いたけど無視された。きっと、ボロが出るから無視してるんだ。とか、言うんじゃないの?」
ヒヨリはしばらく黙り込んだ。
俺は、ヒヨリの目をまっすぐ見つめる。
今も昔も目が合うことはない。
可愛かったのに……と、昔のことを思い出す。記憶を探りながら、可愛いはずのヒヨリを見る。
でも、好きだった頃とは違った。純粋無垢だった、くもりなきように見えていた瞳。そこにうつる濁りが、今は、見えてしまった。
俺はもう、ヒヨリと関わりたくなかった。
ヒヨリという存在は、今や俺にとって煩わしい。俺の嫌な思い出の具現化となってしまったのだ。
「もう好きじゃないんだ」
最後に、ヒヨリに直接、思いの丈を話す。
「構うのはやめてくれ」
「……これまで、キリヤには嫌な気持ちにさせてきたのかもしれない、けど……」
「それは、そうだけど?何?」
「……ごめん」
今更謝って、この人は何がしたいんだろう。
謝罪の言葉も、俺には薄っぺらく感じた。
「もう話しかけないでほしい」
ヒヨリは一瞬、ぱっと俺の顔を見る。でも、目が合ったとたん、すぐにうつむいてしまう。
やっぱりこの人、無理だ。
無理なんだわ。
そもそも俺にはもう、なぎさという彼女がいる。俺は両想いの人といたい。こんな過去に縋っている理由はない。
ずっと目が合わなかった。まともに会話もできなかった。
告白もあしらわれた。
なら俺だって、構ってる必要はない。
そのまま、俺はヒヨリの横を通り過ぎていった。
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