8-2.影紡ぎの巫女
第8話の後編です。よければブクマや評価よろしくお願いします。
「では次、私と戦う生徒は準備してくれ」
鬼瓦先生の出番が終わると、御陰先生はすぐフィールドに足を踏み入れる。
清水先生や鬼瓦先生がポロシャツやジャージといった動きやすい服装になっていたのに対し、御陰先生はいつも通りのスーツ姿。準備運動も大して行っていない。
しかし、決して油断はできない。御陰先生も圧倒的な力を見せつけている教師陣の1人だ。
「1人目の相手は、通だな。準備が出来たらフィールドに来てくれ」
先生はフィールドの中央から俺のことを見る。
俺は一度大きく深呼吸をしてから先生の下へと向かった。
フィールドの中央で御陰先生と相対する。相変わらずすごいスタイルの良さだ。身長は恐らく180cm後半から190cm。全体的に細身ではあるものの、スーツの上からでも分かるほど出るところがしっかり出ていて女性らしい。
けれども、品の無さは一切なく、どこを切り取っても品位が感じられるようなスタイルとファッションだ。
「通、試合前に少しいいか?」
俺が緊張を忘れ御陰先生の観察に耽っていると、不意に話しかけられた。
「あ、はい。すみません」
「何を謝ってるんだ、別に怒ってるわけじゃないぞ」
「あ、なんというか、集中してなかったもので」
「ん? まぁいい、集中はしてくれ。試合前に私の能力について伝えておきたい」
俺の様子を不審がりながらも、御陰先生は話し始める。
「能力? 戦う前にですか?」
「あぁ、そうだ。清水先生と鬼瓦先生は自身の能力を明かさないまま試合をしていたが、生徒の能力を知っている教師と教師の能力を知らない生徒とではあまりにも生徒が不利すぎるからな。私は自身の能力を明かしてから戦いたいと思う」
「なるほど……ありがとうございます」
正直、教師陣の能力を知っていたとしても実力差がありすぎて勝つことは難しいと思うけれど、聞いておいて損はない。
俺は先生の言葉に耳を傾ける。
「私の能力は【影紡ぎの巫女】、化身型の能力で、魔力で出来た糸を作り出すことができる。この糸は手から出すことができて、本数と強度は魔力量によって増していく。以上だ、質問はあるか?」
御陰先生は自分の手のひらを見せながら、無駄のない簡潔な説明をしてくれた。
説明を頭に入れながら、質問を考える。
「えーっと、糸の太さと強度はどのくらいですか?」
「太さは毛糸くらいの太さからピアノ線くらいの細さまでなら自由に変えることができる。強度は、少なくとも生徒の能力では破壊できないくらいだ。絶対に切れないピアノ線を幾らでも生み出せる能力だと思っていれば分かりやすいだろう」
つまり、目に見えない程細い糸でひたすら攻撃される可能性もあるということか。
なるほど、警戒のしようがないな。
「もう質問はないな。では、試合を始めよう」
先生は一歩離れて距離を取る。俺も先生に習って一歩下がる。
話している間に審判の位置に清水先生が立っていた。
「両者準備はいいですね? それでは、試合開始」
清水先生によって静かに試合の火蓋が切られる。
「【独り歩き】!」
俺は試合開始と同時に影人形を繰り出しながら距離を取る。
自身と先生の間に影人形を立たせ、いつ攻撃されても対応できるような態勢を取る。先生はまだ能力を発動していない様子だ。
「(化身型の能力ならこの距離感でいきなり攻撃されることはないはず。それに先生の能力は手から発動される。手を注視していれば不意打ちをされることもない)」
先生の能力の性質を考えながら様子を伺う。先生はまだ動かない。
「能力を発動しているのに攻撃しないのか?」
すると、先生が話しかけてきた。
こちらの攻撃を誘っているのだろうか。
「……先生は能力を発動しないんですか?」
「まだ使う必要がないからな」
俺が攻撃するまで能力を使わないつもりだろうか。だとしたら、先生の能力の発動は一手遅れることになる。
きっと俺からの先制攻撃を受けても問題ないと思っているのだろう。
「じゃあ、いきますよ!」
俺は影人形を先生に向かわせた。
狙いは右肩、影人形の拳に魔力を集中させる。
「遅いな」
先生は軽々と拳を躱した。
影人形のスピードでは先生の相手にならないようだ。
「(だったら下からだ)」
俺は影人形の左足で蹴りを放つ。先生の左すね辺りを狙った視界の外からの攻撃だ。
先生はそれを避けず、攻撃は命中した。
「よし!」
「弱いな」
喜んだのも束の間、俺はそれがぬか喜びだったということを一瞬で理解した。
確かに蹴りがモロに当たったはずなのに、先生は全く動じていない。気づかない間に能力で防御していたとは考えられない。攻撃が当たった上でそれがダメージになっていないのだ。
「先ほどの魔力を込めた拳は遅く、今の蹴りは弱い。これでは攻撃になっていない」
先生は欠点を指摘をしながら、影人形の腹に蹴りを入れた。
影人形は吹き飛ばされ、俺の足元まで転がってくる。
とんでもない威力の蹴りだ。影人形の魔力が一気に失われるのを感じる。
「その人形だけでは勝てないぞ」
先生は少し挑発するように言った。
以前匣宮さんから指摘されてことを思い出す。俺自身も攻撃に参加するべきだろうか。
「(ダメージ覚悟で攻めてみるか……?)」
俺が悩んでいる間も先生は腕を組んだまま動かない。また俺の攻撃を待つつもりのようだ。
「(カウンターを狙ってるのか? いや、さっき聞いた先生の【影紡ぎの巫女】はカウンターを狙うような能力とは思えないけどな)」
影人形を立たせながら考える。先生が動かない以上こちらから攻めるしかない。
俺は身体中に魔力を巡らせて身体強化をする。
「じゃあ、いきますよッ!」
影人形と共に一気に先生との距離と詰め、攻勢に出る。
いくら先生が強いからと言って、2vs1の状況なら隙が生まれるはずだ。
俺は右の拳で先生の肩を狙い、影人形は左足で先生の太ももを狙う。
しかし、俺の拳は半身で躱され、影人形の蹴りは足で受け止められた。やはり基礎的な身体能力に圧倒的な差があり、まともに攻撃が当てられない。
俺は影人形と連携をしながら肉弾戦で攻め続けたが、難なくいなされる。
「お前の能力は容易に2vs1という状況を作り出せる点で優れている。だが、それに頼りすぎているな」
先生は攻撃を躱しながら言った。
「頼りすぎてるって、中々理にかなってる戦い方だと俺は思うんですけどッ!」
右のハイキックを繰り出したが、当たらない。
「ならば、こうなったらどうする? 【影紡ぎの巫女】」
先生はここで初めて能力を発動する。手から紫色の光る糸が出現した。糸は日光の下でよく目立つ、暗めの紫だ。
その糸はみるみるうちに伸び、影人形に絡みつく。
「なんだ……?」
能力で攻撃されることを警戒しながら、その様子を見守る。
次の瞬間、糸が影人形を締め付けた。影人形は抵抗する間もなく拘束される。
そして、タイヤがパンクするかのような破裂音とともに影人形が消滅した。
「う、嘘でしょ!?」
衝撃的だ。
先程攻撃を受けていたとはいえ、身体強化もしている影人形が一撃で壊されるなんて思いもしなかった。
影人形は魔力で作り出した俺の分身のようなものだ。それを一撃で壊せるということは、つまり俺の身体も同様に壊すことができるということになる。
「さぁ、どうする?」
「どうするって言われても、もう攻撃手段が無いし、こうさ」
「負けそうだからってすぐに降参することを私は許さないぞ」
先生は俺の言葉を遮り、手の甲から出た糸を踊らせながら一歩近づいてくる。俺は思わず一歩後ずさりをした。
「よく考えろ、この試合は授業だ。授業の目的は生徒の成長と育成だ」
「成長と育成……?」
「お前の能力は、”魔力で人型の物体を作り出す能力”なのか?」
先生はまた一歩近づいてくる。
「お前は今、能力が使えない状態なのか?」
俺は頭をフル回転させて考える。
俺の能力で今出来ることは何なんだ。魔力が尽きたわけではないけれど、さっきまでのような影人形を生み出す魔力は残っていない。
【独り歩き】は、魔力でできた人形を作り出す能力、そして、その形も大きさも自由自在だ。
そこまで考えて、ある考えを思いついた。
「そうか!」
俺は一度先生と距離を取り、間髪入れずに距離を詰めて肉弾戦を仕掛けた。
「……さっきと変わらずか」
相変わらず、俺の攻撃は全ていなされる。影人形が破壊された今、単純な徒手空拳では手も足も出ない。先生の能力で生み出された糸が身体に絡みついてくるのを感じる。
でも、これでいい。
「これで拘束完了だ」
先生の糸で縛り上げられた俺は立ったまま身動きが取れなくなる。
「【独り歩き】!」
俺は拘束されながら能力を発動し、影人形の”手の部分だけ”を生み出した。その手を操り、先生に向かわせる。
俺の能力で生み出すことのできる影人形の形は自由だ。板状にすることも手のひらサイズに小さくすることもできる。
影人形を破壊されて攻撃手段を失ったと思っていたが、そんなことはなかった。
人型の影人形を生み出す魔力は残っていないけれど、手の部分だけならば何とか生み出すことができる。
残っている魔力ほとんど使って生み出した影人形の手は、先生の脇腹へと直撃する。
「くっ……やるな!」
先生は俺の攻撃で怯み、拘束を解いた。
「「「おぉーーーー!!」」」
見学している生徒からの歓声が聞こえる。
今のところ先生相手にまともに攻撃を通せたのは俺だけだ。
「これが、正解ですか?」
「そうだな、お前は自分の能力を制限している。お前の能力はもっと自由なはずだ」
先生は脇腹をさすりながら話す。
「自分の能力を完封されたとしても、相手に通用するようにどうにか工夫を凝らす。さらに、自らが拘束されることで相手を油断させ、攻撃を確実に通す。良い判断だ」
「ありがとうございます、先生がアドバイスしてくれたおかげです」
俺は正面から先生に褒められ少し照れながら謙遜する。
口では謙遜したけれど、先生相手に攻撃が通せたことに少し自信を感じていた。
もしかしたら、生徒の中で唯一先生に勝てるかも!
「その目、調子に乗ってるな?」
先生は俺の内心を見透かしてニヤリと笑った。
その瞬間、俺の真横でまた破裂音がする。
音がした方向に目を向けると、先ほど俺が生み出した影人形の手が破壊されていた。先生はいつの間にか俺の周りに糸を張り巡らせていたらしい。
「教師に一撃入れたからって勝てると思ったか? お前を成長させるために手加減していたに決まっているだろう」
先生の手から生み出される糸がどんどん多くどんどん太くなっていく。
「ここからは本気だ。抵抗してみろ」
その言葉と同時に、無数の紫の糸が襲い掛かってくる。
俺はなけなしの魔力で身体強化をかけ躱そうしたけれど、手数の多さと攻撃の速さに対応しきれない。
そこからは一方的な蹂躙だ。
足を縛られ転ばされ、糸を鞭のようにして叩かれ、最後は拘束されてゲームセット。
「降参です……」
「そこまで、試合終了」
清水先生の声で拘束が解かれる。
「通、良い試合だった。身体中が痛むだろう、保健室に行くといい」
「は……はい」
御陰先生は先ほどまで俺を痛めつけていたとは思えないほど優しい言葉をかけてくる。後半は俺をいたぶるのを楽しんでいたように見えたけど、気のせいだろうか。
俺は痛む箇所を抑えながら保健室へと向かう。
この日の授業は結局誰一人として教師に勝てないまま終わった。
しかし、みんなの様子を見ると教師と戦った生徒全員が自分の弱点や伸びしろを理解しているようだった。
俺もそのうちの1人だ。これから自分の能力を高めていこうというやる気がふつふつと湧いてくる。
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御陰 糸穂
能力名:【影紡ぎの巫女】
型:化身型
・手から紫色の糸を生み出し、それを操ることができる。
・魔力を込めるほどより多く、より太い糸を生み出すことができる。
・糸が最も細い時(ピアノ線ほど)、最も強度が下がる。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
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