夫が私のことを話す時に、ものすごく早口になるので困っています
この私アロッタが、侯爵家のご令息ニール・ラーウィド様と結婚したのは二年前のこと。
ニール様はそよ風でなびくようなさらさらの金髪の持ち主で、切れ長の眼で、微笑がよく似合うお方。長身で、白のコートとスラックスを愛用し、性格は至って温厚で穏やか。
領地経営においてもお義父様をよく補佐し、自身でも領地をよく見て回り、積極的に民が抱える問題を吸い上げている。
ニール様主導で作られた領内の用水路によって、作物の収穫高は例年の三倍以上に伸びた。
しかも剣術にも長けていて、王都で開かれた貴族による剣術大会では優勝を収めている。
まさに“文武両道”という言葉がよく似合う、本当に素晴らしいお方。こんなお方と結婚できたことを、私自身未だに信じられていない部分があるし、本当に幸運だったと思う。
だけど、そんなニール様にも一つだけ“困った点”があるのよね。
王都のホールで開催される大規模な晩餐会。
私も侯爵家に嫁いだ夫人として、ニール様とともに出席する。
周囲を見回すと、私からすれば雲の上の人のような一流貴族がずらり。私も精一杯着飾ってはきたけど、どうしても委縮してしまう。
そんな私にニール様はにこやかに声をかけてくれた。
「心配いらない。君は僕が選んだ人なんだからね。君の気品は他の誰にも決して負けてはいないよ」
まるで私の心の中を読んだかのようなアドバイスで、私も平静を取り戻す。
そう、私はアロッタ・ラーウィド。侯爵家に嫁いだ夫人。そのことに自信と誇りを持たねばならない。
この日のために新調したモスグリーンのドレスに恥じぬ女であらねばならない。
「行きましょう、あなた」
私の動揺が収まったことを確認するように、ニール様は小さくうなずいた。
晩餐会が始まり、私はニール様に付き添い、様々な紳士や婦人と会話を交わす。
この頃になると、私の緊張もすっかり収まり、会場に用意されたワインを嗜む余裕もできてくる。
今宵のワインは程よい甘さと苦さが調和して、私を上品に酔わせてくれる。
だけど、そんな時、私の酔いを覚ます出来事が起こってしまう。
ニール様の知己である侯爵家の方と会話をしていた時のこと。その方がニール様にこう尋ねたの。
「そちらがご夫人ですね。いやはや、お美しい。ニール、お前は奥方のどこに惚れたんだ?」
私は瞬間的に「まずい」と思った。
これまで私は神経を集中させ、私のことが話題にならないように会話を誘導してきた。
だけど、ワインのもたらした酩酊が、私の判断力を鈍らせてしまった。
ああ、こうなってしまってはもうニール様を止められない。
なぜなら、ニール様は私のことを話すとなると――
「どこに惚れた、か。なかなか難しい質問だが、しかしいい質問ともいえる。なぜなら僕が改めてアロッタの魅力を見つめ直すことができるからね。さてどこに惚れたかと問われれば、あえて僕は雰囲気と答えたい。アロッタを見てくれ。彼女は緑色のドレスを好んで着ることもあって、まるで草原のような雰囲気をその身に宿している。彼女を見てごらん、広い草原の中を颯爽と走る馬の姿を思い浮かべることができるだろう。さらにその黒髪は長く美しく、たおやかに波打っている。肌は透き通るように白く、その中に漂う薄い桃色の唇が本当に愛らしい。そこから奏でられる言葉はまさに天使の歌声。そこから生み出される微笑みはまさに女神の祝福。彼女が喋るたび、笑うたび、僕の心臓にキュンキュンと突き刺さってしまうんだ。だが、僕が惚れたのは容姿ばかりではない。当然、彼女の性格にもぞっこんだ。アロッタの性格は奥ゆかしく、いつも夫である僕の少し後ろを歩き、いつも僕を立ててくれる。そんな彼女だけど、決して奥ゆかしいだけではない。社交も得意で、こうした晩餐会ではその気さくさでたちまち初対面の人間とも打ち解けてしまう。アロッタはバターのようにどんな人間にもしみ込んでいくんだ。さらに、アロッタはダンスも得意でね。ダンスをしている時の彼女は普段とはまた違う一面を見せてくれる。優雅でなおかつキレのある動きを披露し、たちまちその場の主役となってしまう。このように全ての部分で優れているアロッタだが、これでは『どこに惚れた』という質問の答えになっていないよね。ずるいと言われても仕方ない。だけどそんなずるい僕にもアロッタは変わらぬ愛を向けてくれる。あえて言うなら、そんな大らかさに僕は惚れてしまったのかもしれないね」
早い早い早い。
いくらなんでも早口すぎる。
今のをよどみなく、息継ぎも無しに、ノンストップで言い切ってしまうんだもの。よく噛まないわね、と感心さえしてしまう。
慣れている私は全部聞き取れたけど、相手の方はどうかしら。
……うん、明らかに聞き取れていない。困惑した表情を浮かべ、
「な、なるほど」
と返すのが精一杯だったわ。
本当にごめんなさい。夫がご迷惑をおかけしました。と私は心の中で謝った。
当のニール様は「どうだい?」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべているし、困ったものだわ。
本当に、これさえなければ非のうちどころのない旦那様なのだけれど……。
***
昼下がり、私とニール様は領内のとある街でデートを重ねていた。
昼食は小さなレストランで取る。
ニール様はジューシィなステーキ、私は魚のソテーを食べ、食後にはチーズケーキを楽しむ。
とても美味しく、満足したわ。
だけど、二人ともお腹いっぱいになってしまって、午後に行く予定の劇場には馬車で向かうことに。
街の中には辻馬車の待機所があるから、そこへ行ってお金を払えば、目的地まで連れていってくれる。
私とニール様はある御者に頼んで、劇場まで行くことになったわ。
御者は壮年のベテランの方で、安定した手つきで馬車を走らせる。
「今日はどんなご用件で?」
「ちょっと演劇鑑賞をね」
「ほぉ~、いいですなぁ。ぜひ楽しんできて下さい」
「ありがとう」
ニール様と御者がこんな会話を交わし、私も和む。
だけど、御者の方が突然――
「奥様とは、どんな馴れ初めが?」
私は自分の顔が強張り、同時にニール様の心にある歯車が高速で動き出すのが分かった。
ああっ、もう止められないわ。
「あれは三年前のことだった。僕も夜会に出て、数々の令嬢と話していたんだけど、社交界というものにどこか乗り切れない部分があった。僕はこれでも侯爵家の出で、夜会でそのことを告げると、とたんに相手の女性の顔が明るくなって、僕の前で必死にアピールを始める。それがたまらなく苦手だったんだ。貴族の令嬢として、自分を売り込みたいというのは理解できる。だけど、僕の心が動かされることはない。結果、結婚相手は見つからない。そんな日々を過ごしていた。そんな時、僕はある夜会でアロッタと出会った。僕が立食をしていると、アロッタは『美味しそうに食べていますね』と話しかけてきて、妙な声のかけ方だな、と思ったのをよく覚えている。しばらくは他愛のない会話をしてたんだけど、僕は自分が侯爵家の出であることを話した。どんな令嬢の態度も豹変するカードを切るつもりでね。だけどアロッタは全く変わらなかった。『へえ、そうだったんですか』ぐらいのノリで会話を進める。ここで僕は一気に彼女に引き込まれたね。彼女は良くも悪くも他の令嬢とは違うと分かった。さて、夜会がダンスの時間になる。僕はその流れでアロッタをダンスに誘った。僕は剣術が得意なんだが、ダンスにも自信があってね。アロッタをリードしてやるつもりで踊り始めた。すると、どうだ。アロッタは僕のダンスに平然とついてくるんだ。それどころか、後ろにいる人とぶつかりそうになったら、華麗にかわしてもみせる。空間把握能力に長けているんだろうね。逆に僕がリードされてしまう局面さえあった。ダンスが終わる頃には僕はすっかりアロッタに魅了され、アプローチをかけていたよ。あの夜会のことは今でも忘れられない。といったところが、僕とアロッタの馴れ初めかな。僕の人生はあの日から薔薇色になったんだ」
やっぱり早いわ。早口すぎる。
途中で、「あなた、ステイ!」なんて声に出したくなっちゃったもの。
言えば、本当にステイしちゃいそうなのが、ニール様の可愛らしいところなんだけど、愛する夫にそんなことさせるわけにはいかないものね。
あと、馴れ初めは全部本当のこと。
私は伯爵家であるシュレア家の出身なのだけれど、次女ということもあって、両親からあまり厳しいことは言われていなかったわ。
だから夜会に対するスタンスも、美味しいご馳走を楽しく食べられる場所、ぐらいのノリだった。
そんな時、ニール様と出会い、私もニール様とのダンスで彼に魅了されてしまった。
あの時のことを思うと、今でも胸がドキドキしてしまう。
……って、私まで馴れ初めを思い出してどうするの。
御者の方の反応は――
「良き出会いでございましたね」
多分聞き取れていなかったはずだけど、ニール様が何を言っていようと問題のない、完璧な返事だわ。
さすがはベテラン御者、お客を不快にさせない技術も心得ているのね。
馴れ初めを話したニール様はすっかり上機嫌になって、私たちはこの後の演劇も存分に楽しんだわ。
***
よく晴れた日、私たちは領内の町の役所に来ていた。
領地を治めるのはラーウィド家だけど、実際に行政を行うのは各町に配置された代官たちだからだ。
ニール様は彼らの重要性をよく理解していて、代官や役人とのコミュニケーションを欠かさない。
「なるほど、この町は特に問題なさそうだね」
代官はうなずく。
「ええ。それにしてもニール様は役所にもよくお越し下さり、本当に助かっています」
「いや、貴族としては当然のことだよ」
ニール様はこう言うけど、領地の経営は代官や役人任せという貴族は多い。
そのため、領地の深刻な問題に気づかず、領民を不幸にさせてしまっているケースも後を絶たない。
ニール様に限ってはそんなことがない、というのは私の誇りの一つだ。
「ですが、最近はちょっと困ったこともありまして……」
「ん?」
「富裕層を狙った強盗が多発してるんです。兵にも命じて追わせているんですが、なかなか捕まらず……」
「なるほど……。分かった、この町に兵を増員させることとしよう」
「ありがとうございます!」
ニール様は決断が早く、そして的確だ。
世間を騒がせている強盗も、きっとすぐ捕まることでしょうね。
役所を出て、後は少し離れた場所に停めてある馬車に乗るだけ――そんな時だった。
「おう、そこのお二人、いい身なりしてるじゃねえか」
見るからに人相の悪い男たちが話しかけてきた。
全員、刃物や棒切れを持っている。
噂をすればなんとやら、というやつね。
「そうか、お前たちが強盗グループか」
ニール様もすぐに察したようだ。
「悪いことは言わない。今すぐ自首するんだ。今度ばかりは相手が悪い」
余裕を崩さず、相手を気遣う言葉さえかけるニール様は本当にかっこいい。
「ああ? ナメてるとブッ殺すぞ、コラァ!」
だけど、相手は悪党の集団。戦いは避けられそうもない。
「分かった……。だが、今の僕は妻を伴っている。悪いが、手加減できそうにない」
ニール様は腰に帯びている剣を抜いた。
その途端、私にまでピリリとした雰囲気が伝わってくる。
「とことんナメやがって……やっちまえ!」
彼らもニール様の強さは察したはずだけど、今更退けるはずもない。
一斉に襲いかかってきた。
剣術大会優勝経験もあるニール様と、私から見てもあまり凄みを感じない強盗たち。
これほど結果が見えている戦いもない。
決着はあっけなかった。
ニール様が相手の人数分、剣を振るうだけで、強盗たちは倒れてしまった。
だけど、全員意識はあるし、大きな怪我もしていない。手加減はしないといったけど、だいぶ加減していたようね。こういうお優しいところも、もちろん魅力的だ。
ニール様は強盗のリーダー格に剣を突きつける。
「妻に危害が及ばなくてよかったよ」
「く、くそ……!」
リーダー格の男は悔し紛れという感じにこう言い放った。
「さっきから妻、妻って……! さぞかしラブラブなんだろうなぁ!」
強盗からすれば、せめてもの仕返しに私たちを茶化すつもりで言ったのだろうけど、これはよくなかった。
さぞかしラブラブなんだろう。こんなことを言われたら、ニール様に潤滑油を注いでしまうようなものなんだから。
「僕とアロッタがどれほどラブラブか知りたいのかい。仕方ない、悪党に話すようなことではないが特別に答えてあげよう。僕は早朝目を覚ますと、真っ先にアロッタに会いに行くんだ。アロッタはすでに起きていて、僕に優しく微笑みかけてくれる。これで僕の目はバッチリ覚めてしまう。そう、アロッタはどんな鶏より僕の目を覚ましてくれるんだ。朝食はアロッタが作ってくれる。アロッタはとても料理が上手でね、朝に彼女が作ってくれるハムエッグは絶品さ。焼き加減が絶妙だし、なにより愛情がこもってる。僕はこのハムエッグを食べさえすれば、一日中朝から晩まで働いたって全然苦にはならないね。仕事に取りかかっている時はさすがにアロッタのことは頭から離す。こればかりは仕方ない。アロッタのことを考えてしまうと、仕事が手につかなくなってしまうから。だけど仕事中、ふと空を眺めて太陽を見ると、僕はアロッタのことを思い出すんだ。ああ僕にとってアロッタは太陽みたいなものだと。つまり、僕には太陽が二つあることになる。これほど幸せなことはなかなかないと自分でも思ってるよ。さて夜になれば夕食だ。夕食は基本的には専属のシェフが作ってくれるんだけど、アロッタも自分で一品、料理をこしらえてくれる。これがまた絶品なんだ。アロッタの料理の腕は決してシェフにも負けてはいない。いつだったか彼女の作ってくれたリゾットはあまりにも美味で、僕はそのまま屋根を突き抜けて、空まで飛び立ちそうになってしまったよ。食後には屋敷内にある広いスペースでダンスを踊ることもある。彼女と踊っている時はまさに至福のひと時。二人で踊れば、そこはすぐさま最上級のパーティー会場に早変わりさ。お互い笑顔で踊っていると、ああ、僕とアロッタの心は今繋がっているということを実感できる。ダンスが終わればお互いティーを楽しんで、あとは二人で夜をゆっくり過ごす。どうだい、このラブラブぶりは」
うーん早い。相変わらずの早さだわ。
言っていることに嘘はないんだけれど、最初の方にある私が鶏以上の目覚ましって部分は、「これ褒められてるのかしら?」という気分にもなるし、途中の太陽が二つあるって部分は「太陽が二つもあったら暑そうだわ」と思ってしまう。
強盗たちもポカンとしている。
だから私は彼らにアドバイスしてあげた。
「あなたたち、さっさと自首した方がいいわよ」
「します……させて下さい!」
ニール様の方を向くと、「なんだもっと喋りたかったのに」という表情をしていた。
こうして領内を騒がせていた強盗騒ぎは一件落着したわ。
***
年に一度、城で開催される王家の大パーティーに、私たち夫婦も招待された。
このパーティーに招かれるのはまさしく超一流の貴族の証であり、私たちも大いに喜んだ。
だけど、不安要素もあった。招かれた客は国王陛下と直接お話しをする機会を頂ける。もしその時、ニール様の“癖”が出たらどうなるのか、火を見るよりも明らかだわ。
だから私は心を鬼にして忠告することにした。
「あなた」
「なんだい?」
「あなたは私のことを話す時、ものすごく早口になるわよね」
「……! なぜそれを!?」
自覚はあったようだけど、私には気づかれてないと思っていたみたい。
そんなところも好きなんだけど、今はそうも言ってられない。
「今夜、陛下は私のことも聞いてくると思うわ。だけどその時、いつもみたいに早口でまくし立てたらどうなるか、分かるわよね?」
「それは……もちろん……」
ニール様はうなずいてくれた。
「だから、陛下に私のことを聞かれても、あまり話題を広げようとせず、すぐに終わらせて欲しいの」
言った瞬間、私の胸も痛んだ。だけど仕方ない。
「分かった……。君の言う通りにするよ……」
露骨に落ち込むが、ニール様は納得してくれた。
私は心の中で謝った。ごめんなさい……。
パーティーが始まった。
国中の大貴族が集まったパーティーだから、気品も普段の夜会や晩餐会とは桁違い。
だけど、私もニール・ラーウィドの妻。負けてはならない。
精一杯背伸びをして、見栄を張るのも貴族の業務みたいなもの。緊張しつつ、他の出席者の方とお喋りしたり、お酒を嗜んだりする。
とても楽しいけど、気を張り続けなきゃいけないから、かなり疲れる。
そんな私にニール様は優しく微笑みかけてくれた。「大丈夫?」と目で励ましてくれる。
ありがとう、その笑顔で私の気力は回復するわ。
すると、王家の執事の方が私たちに話しかけてきた。
「ニール様、アロッタ様、陛下がお呼びです」
ついに陛下と直接お話しする時が来た。
執事の方に案内され、私たちはパーティー会場の一番奥にいらっしゃる陛下と対面した。
陛下は王冠をつけ、長い銀髪と髭を持つ、貫禄あるお方だった。
だけど不思議と安心感もあり、私は緊張せずに対峙することができた。
「ニール君、君の活躍は聞いている。若くしてお父上をよく補佐し、剣術大会でも優勝、領地をよく治めているそうだね」
「お褒めに預かり光栄です」
さすがはニール様、陛下を前にしても堂々としていらっしゃる。
受け答えもしっかりしていて、こうしてその姿を見ているだけで、私はうっとりとした気持ちになってしまう。
「ところで、隣のご夫人……アロッタといったかな。素敵な女性だね」
「ありがとうございます」
ニール様の口調が強張る。おそらく私のアドバイスを思い出しているのだろう。
「ぜひ奥方を、私に自慢してくれないかね」
普段のニール様だったら餌を投げられた鯉のようにこの“振り”に飛びつくでしょうけど、今日はそうはいかない。
陛下にあの早口を披露するのはさすがにまずいもの。
「いえ、自慢できるような妻ではありませんので」
ニール様は私の忠告を忠実に守った。
「そうか……謙虚なことだね」
陛下もニール様の対応は謙虚さの表れと判断してくれたみたい。
関門を突破した形になるけど――私はちらりとニール様を見た。
大きく表情にこそ出していないが、非常に悲しそうだった。
こんなニール様を見るのは初めてだった。きっと心の中は土砂降りに違いない。そんな夫を眺める私の心も……。
そして――自問する。
本当にこれでいいの?
陛下の御前という晴れ舞台で、我が愛する夫を縛り付けるような真似をしていいの?
本当に夫を愛しているのなら、その背中を押してあげるべきじゃないの?
その結果がどうなろうと、奈落に落ちようと、夫を支えるという覚悟で!
私の心は決まった。
不思議と、その一言はスムーズに出た。
「いいわよ、あなた」
「え……」
「思う存分、自慢してちょうだい!」
ニール様はにっこり笑ってうなずいた。
もう止まらない。止める必要もない。
さあ、どうぞ。私の自慢をして下さいませ!
「陛下、やはり気が変わりまして、妻の自慢をさせて頂きます」
「む?」
「一言でいうと、妻は私にとっての女神です。ご覧のように顔立ちは美しく、緑色のドレスがよく似合う、草原や森林を思わせる清楚で穏やかな雰囲気を纏っています。それだけでなく気品も備えており、超一流揃いのこのパーティーでも気後れすることなく、他の賓客と談笑を重ねてきました。加えて性格もとても素晴らしいです。控えめで奥ゆかしく、いつも私を立ててくれ、なおかつ社交性も持ち合わせており、すぐに赤の他人とも仲良くなってしまう。そんな彼女の良さは貴族としての領地経営にも生かされています。例えば、馬車で領内を移動する時、市民から時折声をかけられる時があります。そんな時、アロッタは必ず馬車から降りて領民たちに接するのです。そして、彼らの話をよく聞き、よく笑い、場を和ませてしまう。私もそんな彼女の姿勢を見習い、領内の巡回をよくするようになりました。彼女がいなければ、私は今もなお領民を高いところから見下ろすような、そんな高慢な貴族だったかもしれません。アロッタは料理やダンスも得意で、いずれもプロにも劣らぬ腕前があると断言できます。今日のパーティーに出ていた料理も非常に美味しかったですが、アロッタの作る料理の数々も決して負けてはいないでしょう。ダンスに関しても、アロッタは社交界でトップクラスであると思っています。ぜひ陛下にも彼女のダンスをご覧頂きたいものです。必ずや陛下を満足させてくれるでしょうから。そんな非のうちどころがない彼女ですが、彼女にあえて非があるとしたら、それはこの私ではないでしょうか。アロッタほどの女性が、私のような未熟な貴族と結婚してしまった。私は常々“自分はアロッタに相応しいのか”と自問しています。苦しむ時もあります。しかし、だからこそ私は貴族として大きく成長できたと実感しています。アロッタがいたから、私はこうして陛下と直に話せるほどの男になることができました。私は今後の人生もアロッタと歩んでいきたいと思っています。私はアロッタを心の底から愛しています。これまでも、そしてこれからも」
やっぱり早い。ものすごく早い。いつもより早い。
でも、私をたくさん褒めてくれて、これからも愛してくれるとおっしゃってくれた。本当に嬉しい。今すぐにでも抱きつきたくなってしまう。ありがとう、あなた。
だけど、陛下はちゃんと聞き取れたのかしら。
私が陛下を見ると――
「ふむ、ご夫人が素晴らしい女性だというのはよく分かった。そして、君は自分が彼女に相応しいか悩んでおるようだが、私の目から見れば十分相応しく見えるよ。素晴らしい自慢話だった」
さらに付け加える。
「ご夫人のダンス、ぜひ私も楽しみたいものだ。必ずや機会を設けよう」
「ありがとうございます!」
ニール様が頭を下げる。
この答えに、私も驚いていた。
なぜなら、陛下のお言葉は、明らかに“聞き取れていなければ言えない言葉”だったからだ。
「……よく聞き取れましたね?」
思わずこう尋ねてしまった私に、陛下は笑った。
「フフ……城で行われる会議は、毎度重臣たちが各々凄まじい勢いで意見を飛ばし合うからね。今のを聞き取るぐらいはわけないことだよ」
世の中には10人ぐらいが一斉に話しても、なんなく聞き取れてしまう人がいると聞くけど、陛下もそうしたスキルの持ち主だった。
私は陛下の偉大さを改めて思い知らされた。これぐらいでなければ一国の王など務まらないのでしょうね。
「そして肝心なことをまだ聞いていなかったね」
陛下の話はまだ終わっていなかった。なんだろう?
「ご夫人、今度はあなたの口からニール君の自慢話を聞かせてもらえないか?」
――私!?
ニール様を見ると、ニヤリとしている。
「さあ、今度は君の番だ」と言わんばかりに。
ああ、ダメなの。私はダメなの。ニール様のことを本格的に考えるだけで――
「ニール様は……あの……とても素敵な方で……。この方と結婚できたことが……未だに信じられないぐらいで……。あの……本当に大好きで……」
私は夫のことを話す時は、しどろもどろになってしまうのよ。
ニール様はもちろん、陛下までこんな私を、温かい笑みで見つめてくるし。
あーもう、恥ずかしい!
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。