はぁ...ハードル低くない?
拝啓最愛の母君へ
今私は遠い異国の地どころか異世界なんていう場所へと来ています。
そして色々と大変な事態も乗り越え、今は日本にいた頃では到底お目にかかる事も出来ないであろう美少女と同じ部屋で寝ています。
今夜私は男になるのでしょうか。
―――――30分前
「――――は?」
彼女は何を言っているのだろうか、「ワタシハフトンデネルノデ」それは今まで聞いたことの無い呪文だった。
(え、どこで?どこで布団で寝るの?まさかここ?なぜ?why)
「ん?なんですか?」
何故聞き返されたのかなんて到底わかっていないか様な純粋な顔で尋ねる少女。
「いや、どうしてここで寝るの?家に帰らないの?」
「私、ここが家みたいなものなんです」
そう言われて思い返す。確かに先程彼女は住み込みで働いてる人の為の部屋があると言っていた。だがまさかあれが自分の事を言っていたなんて誰が思うだろうか。
自分の家が無いのか?そこにもなにか深い事情があるのか?
色々な事が気になっていたが今の問題はそこじゃない。
「じゃあ俺出てった方がよくない?」
「え、どうしてですか?」
(あれ、俺がおかしいのか?)
そんな風に思ってしまう程、彼女の目は素朴に疑問を訴えかけていた。
――――え、もしかして俺の事好き?
我ながらキモすぎる仮説が浮かんできた。だが実際どうしたらいいのか皆目見当もつかない。このままここで寝てしまってもいいものなのだろうか。
相手がいいと言っている以上、必要以上にこちら側が遠慮するのはそれはそれでよからぬ事を意識しすぎている様で不審に見えるかもしれない。
「見知らぬ男の人と同じ部屋で寝るのとか…抵抗ないの?」
もしかするとこの子が見た目とは裏腹に俗に言う「ビッチ」というモノなのかも知れない。聞いていいものか迷ったがどうしても我慢できなかった。
この子が何を考えて俺を自分の部屋に呼んだのかが本当にわからなかったのだ。
すると彼女は笑いながら言った。
「いやもう見知らぬって程の関係じゃないでしょ!貴方は私が嫌がる様な事はしない人だと思ってますよ?」
「……何を根拠に?」
「だって貴方は私の事を深く追求してきたりもしないじゃないですか。――――色々と気になってるんだろうけど我慢してくれてるのとか、ちゃんと伝わってますよ?」
はにかみながらそう言う彼女の顔はとても眩しく見えた。
彼女の発言からするにこれは本当にただの善意から来るモノなのだろう。そう考えると色々と邪な事を考えていた自分がどうしようも無く恥ずかしく思えてきた。
というかそもそも色々と気になっていた事がバレていた事が恥ずかしい。
(いやそりゃ気になるわ!そもそもこれだけコミュ力高いのに友達がいない事もおかしいし、若くて可愛いこんな子が街外れの辺鄙な店で住み込みで働いてる事にも違和感ありまくりだし)
「べべべつになんも気になってないけど?」
「ふふっ、じゃあそういう事にしときましょうかっ」
(本当にシンプルに俺の事を信用してるから泊めてくれたのか…?
いや、だとしたら信用するハードル低すぎないか!?大丈夫なのかこの子!いつか悪い狼さんの餌食になっちゃいそうでおじさん心配だよ!)
「まぁ一応言っとくけど…。俺はなにも変な事とかする気ないけどさ、そんな簡単に男を信用しちゃダメだと思うよ」
「わかってますよーっ。……でも貴方は―――なんだかお父さんに雰囲気が似てる様な気がするんです」
「……お父さんに?」
勿論信用してくれるのは嬉しい、嬉しいがこの場合は純粋に喜んでいいのかわからなかった。
この子のお父さんという事はどう若く見積っても40前後の筈、そんな40前後の男性と雰囲気が似ている18歳というのはむしろ受け取り方次第では悪口の様にも聞こえるからだ。
(え、もしかして俺老けてる?)
というか――そもそも彼女にお父さんがいた事も正直意外だった。
いつ店に来ても彼女は働いていた、更にはここに住んでいるなんて言うからてっきりもういないものかと思っていた。
「そうです。お父さんに……どこがって言われたら難しいんですけどね。なんとなくそんな感じがするんですっ」
なんとなくだがこの話はあまり掘り下げない方が良い気がした。元の世界でならともかくこの世界では何があったって不思議では無いのだ。いつどこでどんな地雷を踏むかわかったものではない。
「ふーん…。そっか…」
そう言って少し不自然だったかもしれないが急に話を終わらせようとした俺の方を見て彼女が微笑む。
「あ、また気を使ったでしょ?そんなに気を使ってくれなくてもいいんですよ?聞きたい事とかあったら全然聞いちゃってください!」
どうやらまた気を使った事がバレてしまっていたらしい。彼女が異様に鋭いのか、それとも俺が異様にバレやすいのか今後の生活の為にもとても気になるところだった。
(これじゃ下手に下心も抱けないな……)
「まぁ気にならないと言ったら嘘になるけどね。でもそっちが話したくなるまでは聞かないでおくさ」
真面目に働いているし愛想もいい。若いのにしっかりしているしなにより可愛い。
普段の俺だったら是非お近づきになりたいと思っていた事だろう。いや、例え俺で無くとも世の大半の男達はこの少女の事をとても魅力的に思うに違いない。
だが――――何故かはわからなかったが、この子とは深く関わってはいけない様な気がした。
「……そうですか。ところでフルネームはなんて言うんですか?今更な気もしますけど…」
心なしか彼女の顔が少し残念そうに見えたのは恐らく俺の勘違いだろう。
(名前か…。いや、クレナは褒めてくれたし大丈夫だろ!)
「ナガヒサ・レイアだよ。一応レイアが名前」
「ナガヒサ・レイアさんですねっ。改めてよろしくお願いします!」
少し身構えていた分、名前に関してノータッチだった事に逆に拍子抜けしてしまった。
だが考えてみればそれは当然の事だった。普通初対面の相手の名前にケチをつける様な奴なんてそうそういる筈が無いのだ。そうそうは。
もしそんな不躾な輩がいるとしたらそれは恐らく禿げている奴とか、周りとはちょっとだけ違う色の灰色のローブを羽織った奴とか、賢者とかいう痛々しい呼び名をされている奴ぐらいのものだろう。
「じゃあもういい時間だし、そろそろ寝ようか」
「そうですね。明日も仕事がんばりましょー!」
隣にいる少女は本当に素直な子に思えた。恐らく裏表とかも無いのだろう。
こんなにいい子にもなにか深い暗い事情があるのかもしれないと思うと少しだけセンチな気持ちになってしまった。
「そうだね。明日も頑張ろー。あ、―――そういえば君の名前はなんて言うの?」
「私の名前は―――――エリスです」




