四者四様
「ういー。戻ったぞー」
ワイバーンの討伐を完了してすぐ、俺はギルドへと戻ってきていた。
(散乱していた冒険者達の死体や燃え盛っていたワイバーンの亡骸も全てをそのままにして帰ってきてしまったけど......やる事はやったし別に大丈夫だよな...)
もし事後処理の様な何かが必要だったとするのならば、それはあの場にいただけで特に何もしていなかった他の冒険者達がやってくれるだろう。
その程度の仕事もしないでこちらに文句を言ってくる様な輩がいたならばまた懲らしめてやる必要があるかもしれないが。
それに流石にあそこまで焼き尽くされたワイバーンが実はまだ生きていた。なんて事もないだろうし、あれ以上あの場に残っていても周りは知らない顔ばかりで少しばかり居づらかった。
「早すぎるだろ!……まぁ――お前の事だから虚偽の報告では無いんだろうけどよ…。それでも一応事実確認ってのが必要になる。だから報酬やランクアップの手続きは他の冒険者達や現場の職員達が戻ってからになるが構わないか?」
あの場にいた冒険者の数はおよそ20人程、だが死体の数も同数近くあった事を思い出す。
その後処理などを終わらせてから戻ってくるとなると――到底今日中になど帰って来れそうには無い。
それらを終えてから彼ら全員が歩いて帰ってくるとしたなら更に数日はかかりそうなモノだがそれは仕方のないことだと受け入れるしか無いだろう。
「構わないよ。――――じゃあ俺はもう帰っていいのか?」
「あぁ、お疲れさん。助かったぜ」
サウロに労いの言葉を貰いギルドを出る。今の冒険者ギルドには出発前程の活気も無く、チーム・サニスの面々も他のクエストへ行ってしまった様だった。
改めて考えてみるとサニス達がいないとこの街でする事が何も無い事に気付いた。
「サニス達もいないみたいだしな、なにしようかな…」
――――まぁたまには街をブラブラしてみるか
――――――――――――――――――――――――――
「やっぱりとんでもねぇな…」
冒険者ギルド――レスティア支部ギルド長室
そこでサウロは例の冒険者からのクエスト完了報告を聞き、一人考え込んでいた。
どう移動したのか皆目見当もつかないが帰ってくるまでの時間の短さもさる事ながら、この短時間で本当にワイバーンを倒してきたとするなら―――それは到底Bランクどころの騒ぎではない。
(……恐らく本当なんだろうけどな)
――――初めて奴に会った時には特に何も感じる事は無かった。
初めてあいつに会った時の事はよく覚えている。特に何かを感じたわけでは無かったが明らかに異様な恰好をしていたのでやたらと目に付いた。
あの時のイメージは、ただただ屈強な冒険者達に気圧されている若き蕾でしか無かった。
だが……今日久しぶりに姿を見て俺は自身の感覚を疑った。
――――圧倒的な強者としての風格。魔物にも人間相手にも言える事だが、戦わずして相手の強さを感じるには自身もそれに近しい程度の力を持っている事が大前提となる。
例えばただの子供がレイアの事を見たとしても何も感じる事はないだろう。見た目通りのただの気だるげな青年に見える筈。
だが――俺の様な元SSSランクの冒険者や他のSランク以上の冒険者だったら間違いなく気付く……その異質さに。
幸いな事にレイアは今のところこの国やギルドに対し、敵対する様な素振りは見せてはいない。
更に言うなら俺個人の見解だが心根のいい奴の様にも思えた。
果たしてこの先あいつがもたらすのは――――幸か不幸か
――――――――――――――――――
「――――アルシェ様!」
私は今日もいつも通りの業務をこなしていた。最近では特に問題事も無く、帝国は平穏な日々を重ねていた。
そんな時だった――――私の護衛 兼 秘書の様な存在でもあるイエラが駆け込んできたのは
それは普段はクールな彼女にしてはとても珍しい取り乱し方だった。
「どうしたイエラ。そんなに慌てて」
目の前の青髪の美少女が息を整えつつ始めた報告の内容は驚愕に値する内容だった。
「――クレナードの森の前で見張り業務についていたアーナが……瀕死の状態で発見されました」
「――――なに…?」
その報告はにわかには信じ難いモノだった。
アーナというのは十賢の一人だ。その名を知らぬ者などいない程に帝国内外で有名な人物。
十賢とはいえ力量には幅がある。例えばユージンの様に研究をメインに活動している者などもいるが、アーナはその中でも生粋の戦闘枠の中の一人だった。
(そのアーナが瀕死?相手は?森の魔物か?)
様々な可能性が頭の中を飛び交うがどれもしっくりくるモノは無かった。
「詳しい情報を」
「――――偶然近くを通った商人が、瀕死で倒れていたアーナを発見しすぐに衛兵の方に連絡した様です。少なくともその商人はアリバイもありますし白だと思われます」
「なら相手はわかっていないのか?クレナードの森の魔物か?」
「――――それが…よくわかりません」
聡明な彼女にしては珍しい程の体たらく。彼女とアーナは十賢の中では割と親しい間柄だったのを覚えている。余程困惑しているのだろう。
「よくわからない?どういう事だ?」
「――――まずアーナは片腕がありませんでした…。そしてその後に恐らく……顔面をとてつもない力で殴打されています。
アーナをそんな風に蹂躙出来る『人間』がいるとは到底考えづらく…。かと言って魔物だとしたなら何故瀕死のアーナを捕食せずに残していったのかが不可解です」
「片腕が……無い…?」
そう聞いた時、私の中にあり得ない仮定が生まれた。いや私じゃなくともあの時あの場にいた者なら間違いなくその可能性へと行きつく筈。
(――――だが…それはあり得ない)
森に入ってから一月以上も時間が経っているのだ。今更奴が生きているわけが無いのだ。更には大前提としてそもそも奴ではアーナには勝てない。
「とりあえずはアーナの回復を待つしかないな。アーナの口から聞かない事には犯人の探し様も無い」
「――――それが……アーナは現在酷く錯乱しております。まともな情報を得るのは難しいかと……」
「錯乱状態……だと?」
十賢や十剣にはこういった非常時の為に精神を鍛える鍛錬もさせている。それに彼等はまごう事無き強者、簡単に心が折れる様な弱者では無いのだ。
私達の想像を超える様な余程恐ろしい目にでも合わない限りそんな事にはならない筈なのだが。
(……厄介な事になったな)
「そうか。イエラには悪いがアーナのケアの方をしてもらってもいいかな?」
「――――わかりました」
まさかアーナをそんな一方的に蹂躙できる様な存在がいるとはな。面倒な事になりそうだ。
――――――――――――――――――
「――――アルシェ様に心配かけるな馬鹿」
アーナとは同期の様な関係だった。強さも近しく遠距離戦闘は私、近接戦闘はアーナの方に分があった。
別にそんな必要無いって言ったのにアーナは意固地になってずっと一人で森の見張りを続けていた。
「――――どうしてこんな事に…」
今回の事件はかなり異様だった。何故なら通常の場合、アーナ程の強者との戦いであれば当然の事ながら周りにも大なり小なり被害がある筈なのだ。
強い魔法を使った場合や、ぶつかり合う事で起きる余波でもそう。
だが今回はそんな報告も一切無かった。もちろんそんな音がしたり大きな魔法の発動をしたのが見えていたなら誰かしらがすぐに駆け付けていた筈だ。
という事は――――あそこで行われていたのは『戦い』では無かった。という事になる。
(あのアーナを相手に戦いにもならないって……どれだけの強さなの?そんな存在があり得ていいの?そんな奴を相手に私達に何が出来るって言うの?)
私はここしばらく味わう事のなかった恐怖という感情を胸の奥へとしまい込み、再びアーナの元へと向かった。
――――――――――――――――
はぁ...闇が
本当になんにもする事の無かった俺は街を散策する事にした。なんだかんだ言って結局ゆっくりとこの街を散策した事なども無かったし、今更ながらこの世界での知り合いが少なすぎる事に気付いたのだ。
(――べ、べつに俺がコミュ障だからとかじゃ無いんだからねっ?やる事が多くて忙しかったから街の人達とコミュニケーション取る暇が無かっただけなんだからね!)
「――――――とりあえず腹減ったな。飯でも食べますか」
今歩いているのは貴族街でもなく、様々なギルドが立ち並ぶ商業区でも無かった。
恐らくは普通の暮らしをしている街の住人達が闊歩している中心街という区域。
今日は折角だから今までに行ったことの無いエリアに行ってみる事にしたのだ。それにどうしてかはわからないが貴族街の方には行く気になれなかったのだ。
やはりあの陰口のオンパレードと冷たい視線の数々は知らぬ間に俺の心に深いところに傷を残していたのかもしれない。
(……なんか変な視線も感じるしな)
しばらく前からなのだが何者かからの嫌な視線をずっと感じていた。大して脅威とはなり得ないであろうと思いスルーしてきたがやはり心地の良いモノでは無い。
恐らく城の関係者なのだろうが、藪をつついた所で自身にとって都合の良いモノ等何も出てこないだろう。
(まぁどっちにしろお金も無いから行ったところでなんだけどな)
今まで色々な戦いはこなしてきたがどれもクエストとは無縁なモノで、勿論報酬なんかもあるわけの無いモノばかりだった。
それに旅の道中は荷物がかさばるのがイヤで魔石や素材品なども特に回収していなかった。その為今回のワイバーンの討伐報酬が出るまでは贅沢な食事なんてしている余裕はとてもじゃないがあるわけが無かった。
「早く報酬のいいクエスト受けられるランクになりたいな…」
そんな事をぼやきながら街を歩いているとやがて質素に佇む飯屋を見つけた。
「見るからに安そうだしあそこでいっか」
とても失礼な物言いにも聞こえるがそこに悪意は全く無い。ソレは元の世界で言う軽食屋の様な雰囲気のお店だった。
貴族達が談笑している高級そうな場所や、ガラの悪い冒険者達のたまり場となっている飲み屋に比べれば幾許かの入りやすさを感じる。
「いらっしゃいませー!」
中に入ると、質素な外観からは微塵も想像のつかない美少女がそこにいた。
(なんだこの美少女は…。中心街にはこんなレベルの子がゴロゴロいるのか?)
見るからに性格の良さをうかがわせる様なキレイな茶髪に温厚そうな瞳。冒険者ギルドにたまにいるような強気然とした感じのお姉さん系の美女では無く、家で一緒にいるだけで全ての疲れが癒されてしまいそうな優しい面立ちをしている子だった。
「ご飯をお願いしたいんだけど……初めてでメニューとかよくわからないからおススメでお願いします――――あ、野菜は苦手なので野菜は抜いてください」
「かしこまりましたー!――――でも野菜もちゃんと食べなくちゃダメですよ?」
下から覗き込むような感じで優しく諭してくる少女、天使の様なその微笑みは俺の胸の中になにか不思議な温かみを感じさせる。
ただの営業スマイルなのだろうが、例えそれでも構わないと思わせる力があった。
(絶対いい奥さんになるなこの子……羨ましいなぁ!未来の旦那さん!)
『旦那さん』なんてワードを思い浮かべてしまった事で俺は改めて冷静に考えてしまう。今でこそ強さと言うアドバンテージを手にした俺だが、元の世界に戻った場合俺には何も残らないのでは無いだろうか。
(そもそも何も無くなる所か腕も一本無くなっているし)
そんな何も無い18歳のフリーターに、『奥さん』なんて存在が出来る事があるのだろうか。
別に結婚願望なんてモノがあるわけでも無いのだが考えるとちょっとだけ悲しくなってきた。
(いや馬鹿!俺には母さんがいるだろうが!実家で一生暮らせばいいんだよ!ゆくゆくは母さん達を養って、母さんがこの世での務めを終えたら俺もそれを追って死ぬ!それこそが俺の生きる道じゃないのか!)
――――ここに宣言は成った。現実逃避の一面も含んではいたが本人は至って真剣、だがこんなにも悲しい宣言があっていいのだろうか。
そんなこんなくだらない事を考えているうちにいつの間にかご飯が運ばれてきた。
メニューは肉とパスタの様な物が絡まっている上にトマトソースをかけた様な物と魚のムニエルの様なモノ。
(……なんかオシャレだぞ?これはSNSに投稿したら女の子達やカップルが殺到するんじゃないか?)
店の見た目はお世辞にもお洒落とは言えない様なモノだった。正直俺自身もこんな料理が出てくるだなんて夢にも思っていなかった。
今までに大勢いたであろうその外観に偏見を持ち店内に入らなかった者達にはざまぁみろと言わざるを得ない。
(店の見た目に騙されて入る事を渋った奴らはドンマイだな)
個人的にはこの店はかなりの高評価だった。場所も大通りから少し外れた所にあり隠れ家的な雰囲気を感じるし、ご飯は味も見た目も文句なしに美味しい。
更に言うなら働いている女の子がめちゃくちゃに可愛いというのもプラス評価と言わざるを得ないだろう。
堅苦しいシェフがいる様な店よりも、俺にはこちらの店の方が断然居心地がよかった。
「お兄さんはなんのお仕事をしてる人なんですか?」
無心でご飯を食べ進めていると不意にそんな声がかかった。
「――ん?あー俺か、俺は一応冒険者だよ」
別に隠す様な事では無いし、すぐにそう答える―――と、何故だか女の子が一瞬悲しそうな顔を浮かべたのを視界の端に捉えてしまった。
何かまずい事でも言ってしまったのかと話を聞こうとしたのだが、そんな表情は既に消え去っており少女は笑顔へと戻っていた。
「――ッ…。冒険者さんなんですね!大変ですよね…身体には気を付けてくださいね?」
冒険者という職業に対しなにかイヤな思い出でもあるのだろうか。改めて少し気になったが、まだ今日が初対面だしそこまで踏み込むのも良くないだろうと思い踏み止まる。
「ありがとね。でも俺はそんな危ない事をしてるわけじゃないから大丈夫だよ」
ワイバーンを倒し帰って来たその足でここを訪れている男が言った。
(嘘は言ってないからな...別にギルドなんかで受けるクエストで俺に危険が及ぶ事なんてほぼ無いから!だから嘘じゃないから!)
「あ、そうなんですね?それがいいと思います!私は無茶な事をしてお金を稼ぐよりも安全な事でコツコツ稼いで行く方がいいと思います!」
「それは同感、命は一つだけだからね。まぁでも無茶をする人達にもその人達なりの理由があるんじゃない?知らんけど」
「……そう…なんですかね。どんな理由があっても命が一番大事ですよ。――――命さえあれば先の事なんてどうとでもなるのに…」
先程浮かべた暗い表情が再び浮上してくる。せっかく一度押し戻したのにまた出てくるという事は余程根強いモノなのかもしれない。
(闇が...闇が深い...絶対なんかあるよこの子…)
あからさまに気分の落ちている彼女の様子に、むしろ聞いて欲しいのか?なんて思ってしまうが生憎俺にそんな度胸は無い。
もしそれが勘違いだったとした時の恥ずかしさは計り知れないモノがあるし、もし断られでもしたら心に深いダメージを負ってしまうであろう事は容易に想像できる。
「そうだねー…」
とりあえずこの場は適当に相槌を打ち、流す事にした
「――あっ…。ごめんなさい変な話しちゃって!お皿片づけますね?」
「気にしないでいいよ。まぁもしなんかあったら聞くからさ、遠慮しないでね。――――ご馳走様でした」
そのまま会計を済ませ店を出る。最後は少しだけ微妙な空気になってしまったが、あの子はとてもいい子そうだし料理も美味しかった。
これからあの店が俺の行きつけになるであろう事は容易に想像出来た




