はぁ...すっきり
「うっわやばっ!」
長い旅路を経て、森を出て眩しい日差しの中へ踏み出した俺を待っていたのは――――身体の中まで射通すかの様な明るい陽射しだった。
目の奥まで差し込んでくる白い光に思わず手で太陽を覆う。
(なんだこれ……すごいな…本当に。外の世界ってこんなだったっけ?)
「――――太陽って凄いんだな」
感動に浸りながら辺りを見回していた時、少し離れた所に見覚えのある人間を見つけた。
森に入ったばかりの頃の俺だったなら、どうバレない様にこの場をやり過ごすかをすぐに考えていたに違いない。
だが様々な経験を経て、自信に満ち溢れていた俺の口は自然に開いていた。
「――――やっぱいるよな。そりゃ」
(てかあいつは……あッ!あいつ俺の顔面ぶん殴ったやつじゃねぇか!)
どうする?殺すか?―――瞬時にそんな物騒な選択肢が浮かんでくること自体、知らぬ間に自身が大分変わってしまったのだと再認させられる。
だが相手は魔物では無い、人間なのだ。流石に殺すというのはやり過ぎかもしれない。 そう考えた俺はとりあえず相手の反応を見てから考える事に。
「――――お前はっ!まさかとは思ったが…やはり生きていたのか!」
「その節はどーも。で?俺はこれからレスティアに帰る所なんだが……通ってもいいのか?」
「いいわけないだろうが!ちょうどよかった。あの時は油断して逃がしてしまったからな。今度こそ確実に息の根を止めさせて貰う!」
飄々としたこちらの態度に舐められてるとでも思ったのだろうか。激昂して構えを取る黒髪の長身美女。
当然だったが素直に帰らせてくれる様子は無さそうだった。
(まぁ当たり前か。こいつらは俺の事を帝国にとって害を成す人間だと思っている様だし――――勘違いなのに…ほんと馬鹿)
少し前までの神経がささくれ立ちまくっていた俺だったならば何の躊躇いも無く奴の事を殺していたかもしれない。だが今の俺は半分くらいは本当にどうでもいいと思っていた。
彼女がこのまま通してくれると言うのなら、相手が女性という事もあり何の報復もせずにいてあげようと、
今は復讐よりも先に、腕を治す術の方を優先しよう、と
「ふーん……。俺の事を殺すつもりでいるんだよな?だったらそっちにもそれなりの覚悟があるって思っていいんだよな?」
最終確認のつもりだった。もしこの脅しにも動じない様ならいよいよ自らの手で女性を傷付ける覚悟を決めようと思っていた。
だが帰って来たのは――――ただの嘲りだった。
「なにを馬鹿な事を…。雑魚を一人殺す程度の事でいちいち覚悟なんて持っていられるか」
その言葉に何かが吹っ切れた様な気がした。
「――ふふ……。―――あっはっは!」
笑うしか無かった。彼女は今の俺の姿を見ても何も思わないらしい。
明確な証拠も無いまま敵だと決めつけ集団で襲い、片腕を奪う。
そんな非道な行いをし、更にはその被害者の前で彼女は何の感情も抱いていないのだ。
(そっか、そうだよな。痛みって自らが味わってようやく理解出来るモノだよな)
もう話は終わりだとでも言いたげに臨戦態勢に入った相手を見て、俺の内から込み上げてきたモノは恐怖でも焦りでも緊張でも無く――――ただただ冷笑だった。
あの時の俺はどうしてこんな奴に無抵抗で殴られたのだろうか。
そこまで弱かったのだろうか俺は。それとも焦りで周りが見えてなかったのか。
奴が俺に勝っていそうな部分を探してみるが――――皆無だった。どうすればこの女に負ける事が出来るのか今では想像もつかない。
こいつ一人を殺すのに必要な力、それは恐らく赤狼を三体同時に相手する時と同じぐらいの力で十分な様に思えた。
そう思ってしまうぐらいに、目の前の女が放っている殺気はモブ達のソレだった。
「気でも狂ったか?あの森の中で一月もどう逃げ延びたのかは知らんが、外に出てきたのは迂闊だったな」
「あー……そうか。お前らにとってはあの森の魔物は脅威なのか―――面白過ぎるな」
面白い、確かに面白いがそれと同時に込み上がってくる別の感情があった。
「…ははっ。こんな奴らに腕を落とされたなんてな―――あの時の自分に対する怒りで吐きそうだ…っ」
「ずっと逃げ延びていただけの癖にくだらぬ強がりを…。まぁいいもう終わりにする――――死ね!」
十賢――――それはこの国の武の象徴
そんな事を言っていた男の顔を思い出す。そもそも奴の話が嘘だったのだろうか。
それとも本当にこの程度のモノが帝国の武の象徴なのか。
戦闘の最中だとは思えない程に今この瞬間俺の頭の中を様々な情報が駆け巡っていた。
だがそれも仕方の無い事だった。こんなにも"ゆっくり"と向かってきている相手を前に焦燥も緊迫も生まれる筈が無いのだから。
帝国有数の実力者と思しき女がゆっくりと俺の元へ向かってくる。
(まさか―――遊んでる?)
そんな疑念が過るがすぐに考え直した。恐らくこれが彼女の全力なのだろう。
そうで無ければああも必死な表情は作れない。そんな形相でゆっくり迫ってくる女を見ていると先程までの怒りも不思議と冷めていく様な感じがした。
(むしろこっちが遊んでやるか?いや、時間が惜しいしわざわざ構ってやる必要も無いな)
怒りよりも呆れの感情の方が強くなっている様な気がしたが、一応この女は俺を殺そうとしているのだ。そうなれば多少の痛みは与えてやらなければならない。
そうする事でようやくこの女も『痛み』というモノを理解するだろう。
女が向かってきている速度の倍程の速度でこちらからも駆け寄っていく。そしてそのまま女の右腕を掴み――――握りつぶす。
肉も骨も全て。それらをただ純粋な握力のみで握りつぶし引きちぎる。
そして強制的に本体と分離させられ、ただの肉塊となったソレを手に持ったまま横を過ぎ去る。
女とすれ違い10メートル程進んだ所で振り返り女の方を見てみると、女は目の前から突如消えた俺の姿を探し忙しなく辺りを見回していた。
(……ん?まさかまだ気づいてないのか?)
黒髪の女は後ろにいた俺をようやく見つけ再び睨みつけてくる。
―――だが俺の右手に握られている"ソレ"を見つけてようやく自身の身に起きている異常事態に気付いた。
徐々に見開かれていく両目、そしてその視線が己の右腕部分に辿り着いた瞬間、
「――う…うわぁぁああああっ!腕が!私の腕がぁああああっ!!」
その取り乱し様は凄まじかった。俺は少し前までただのニートだった、だからこそあれ程までに動揺していたのでは無いかと思っていた。
だが目の前の彼女を見ている限りでは、決してそういうわけでは無かった様で少し安心した。
彼女は帝国が誇る戦士。その彼女があれ程取り乱すのであれば恐らくはあれが普通の反応なのだろう。
(傍から見たら俺もあんな感じだったのか?だとしたらちょっと恥ずかしいな…
というか『これ』どうしようかな…)
今も手の内にある女の右腕を見てしばし思案する。
このまま返していいのだろうか、だがもしかしたら何らかの手段で治せたりしてしまうかもしれない。
自分の腕は治っていないのに相手の腕だけ治るなんてそんな事到底許せる筈が無い。
女の腕を上空へ放り投げる。その瞬間、女が投げられた腕の方へと走り出そうとするのが見えた。
取り乱してはいても何をすべきか、どう動くのが優先なのかはしっかりとわかっているのだろう。
絶望しているだけならまだしも、悪足掻きしようとしているその姿に多少の腹立たしさを感じた。
勿論そのまま取り返させる筈も無く、女が丁度間に合わない位の速さで火の玉を放ち女が腕へ辿り着く寸前で腕を焼失させてみせる。
「――――うっ…」
唖然とした表情を浮かべ、最早言葉を発する事も出来なくなっている女の方へと近づいていく。
「ちょっと前まで凄くお前らにムカついてたんだけどな。それもこんな姿を見せられるとなんか哀れになってくるよ…。だから――――これでチャラでいいよお前はっ」
そう言い女の顔面に蹴りを入れる。勿論手加減はしている、先程から感じている力量差は結構なモノだった為恐らく俺が本気で蹴った場合彼女は絶命を免れられないであろう事が容易に想像できるからだ。
「――――ッァグァ!」
未だ腕からの夥しい出血を続けながら10メートル程転がり続け、ようやく静止する女の身体。
(周りから見たらマジでヤバイ奴みたいだよな俺……)
もしこの場に目撃者がいたとしたら、この時の俺の姿は悪魔そのものに見えている事だろう。
「――――じゃあ帰るから。死なないといいな、じゃ」
返事は無い。女は寝転がったままピクピクと痙攣していた。
(死んじゃうかな…。まぁそうなったらそうなっただな。あいつの運が無かったって事だ)
「あーちょっとスッキリしたかも!」
そう言い俺は飛行魔法を行使する。向かう方角の遥か先にあるのは懐かしきレスティア王国。
一つの旅が終わり、また新たな旅が始まる。
――――じゃあなクレナディア。次俺になんかしたら本当に全員殺すからな




