はぁ...バケモン
「言われた通り来てやったよ。それで?あんたは俺に何の用なんだ」
俺が開口一番口にした疑問は至極当然のモノだった。俺が今まで出会った事のある魔族は先日森で遭遇した奴だけだ。
奴の性格を魔族の基準として考えた場合、今目の前にいるこの魔族が俺を生かして帰す理由が見つからないのだ。
俺は相手に気付かれない様、密かに臨戦態勢を整える。
ただ、返って来た答えは俺の予想の斜め上を行くものだった。
「本当に大した用事なんて無いの。ただどうしようも無く暇だった所にキミが現れた。だから色々と話してみたかった―――本当にそれだけなの、だからそんなに警戒しないで?」
――――無理だった。当たり前だ、魔王と呼ばれる存在を目の前にして警戒するなと言う方が無茶だろう。
(わざわざ自らの城まで人間を呼んでその理由が話したかっただけ?あり得ないだろ)
「その言葉を鵜呑みにするのは中々難しいだろ…。じゃああんたは本当に俺に危害を加えるつもりが無いって?」
「だから最初に会った時からそう言っているでしょ?キミの能力に興味があってね。――――どうしてキミは魔物のスキルが使えるの?」
「――――っ!」
瞬間、俺の中で一気に膨れ上がる警戒心。
それもその筈、これは戦う前からこちらの手の内を暴かれている様なモノなのだから。
(どうする?これ以上色々と情報を探られる前にこっちから仕掛けてみるか?どうせやる事は変わらないんだ。それが少し早まるだけ)
「その質問には答えられないな。まぁ実際お前の真意がどうだったとしてもこちらのやる事は変わらない」
元の世界に帰る為にはこの目の前の魔王を殺す事が必須条件。勝てるかどうかは別問題として、今はピンチでもあったがそのチャンスでもあるのだ。
すると彼女は興味深そうな瞳でこちらを見据えた。
「へー?――やる事って…?」
「わかってんだろ?別にお前には何の恨みも無いが、死んでもらわなくちゃならないんだよ」
後ろに隠していた剣を構え、俺もまた奴の深紅の瞳を見据える。
「えー…何もしていないのに死ぬのは流石にイヤだなぁ――――戦うのは別にいいんだけど理由くらい聞いてもいいかな」
中々噛み合わない温度差を不思議に思ったが、奴は本当に理解していない様に見えた。
もしかすると勇者と魔王の関係は結構一方的なモノだったりするのかもしれない。魔王側は特に勇者の事を意識したりはしていないのだろうか。
「まぁいいか…。――俺は元々この世界の人間じゃないんだよ。それで元の世界に戻る為には魔王を殺さなくちゃいけないらしくてな」
俺がそう言うと彼女は少しだけ驚いた様な顔をして、それから何かを考えるような素振りを見せる。
そしてその後――――笑顔でこう言った。
「…なるほどね。わかったわ、じゃあ戦いましょうか」
何かを考えている様だったが思い当たる節でもあったのだろうか。何故か急に状況を受け入れた魔王の様子に多少の違和感は感じたが、こちらとしては事がスムーズに進むに越したことはない。
「理解が早くて助かる――――行くぞ!」
言うや否や俺は、自身の体と剣に出来る限りの魔力を付与し魔王の元へ飛び込む。
「この一撃で終わらせる」声には出していないが、それぐらいのつもりで思い切り剣を横薙ぎしてみせた。
「ッ!――まぁそりゃそうだわな!」
だがその全力の一撃を、魔王は特に力を込めた様子も無く指先で受け止めていた。
自身の本気の一太刀で倒せなかった敵など今までいなかった。俺は決して小さくはない動揺を受けていた。。
スキルの取得通知が無い。と言う事は何か特殊なスキルを使ったわけでも無く、恐らくはシンプルなステータス差と魔力付与だけで防がれたのだろう。
(なるほど――――化物だな、やっぱ)
だったら久しぶりに本業に戻らせて貰うとしよう。俺は一旦距離を取りすぐに自身の周りに最高密度の風の刃を五つ具現化してみせる。
俺の発動させる魔法は込める魔力の量によって様々な変化が起きる。シンプルに威力が増すモノ、サイズが大きくなるモノ、硬度が増すモノ。
今回の風の刃はシンプルに威力が増すタイプのモノに分類される。最高密度の風の刃はその気になれば山を貫通する程の威力と持続力を誇る。
そしてそれとは別に魔王に向けて二十個程の炎の槍を飛ばす。この風の刃は護身用、出来る事なら使わずに終わって欲しいというのが本心だった。
(さて、どんな対応をしてくれるのかな?)
俺はそのまま魔法を放った先の光景を見ていた。そして――――そこに起きたのはとんでもない光景だった。
魔王が腕を一振りする、すると途端に俺の魔法が全て消滅した。かつて俺を死の淵まで誘ったアルシェのディスペルとは違う――――単純に風圧で炎を消し払ったのだ。
「―――おいおい、まじでバケモンだなこりゃ…」
するとそんな俺のぼやきが聞こえたのか、少しだけ不満そうな顔で魔王が言う。
「あら、女の子に向かってバケモンは酷いんじゃない?」
「妥当な評価だわボケ。バケモン以外にそんな簡単に魔法を消されてたまるか」
「むー、怒ったっ!…じゃあ次は私の番ね」
魔王がこちらに手のひらを向ける。すると俺の足元から赤く巨大な腕が現れ、獲物を捕らえようと縦横無尽に暴れ乱れ始めた。
(なんだこれ……まさか…血?)
恐らく血か何かで出来ているであろう手を躱しながら考える。あの美しすぎる容姿に深紅の瞳、更に使う魔法が血属性――――
それらの情報から導き出される答えは一つしか無かった。
「――お前、ヴァンパイアか」




