はぁ...魔族
「――――へー、こりゃまた…」
そう呟きながらそいつはこちらの事をジッと見つめていた。
恐らく新しく入ってきた様々な情報を頭の中で咀嚼し吟味しているのだろう。
だがそれと同時にこちらもまた、様々な情報を頭の中で整理していた。
まずは見た目―――緑の髪に薄黒い肌、髪の隙間から覗いている突起物は角だろうか。 その角を見付けた時、俺はつい先日出会った魔王の事を思い出していた。確か魔王にはあの様な物は付いていなかった筈、魔族といえど様々な種があるのだろうか。
だがそれはそうと―――こいつもまた、今までの奴等とはタイプこそ違うが間違いなく美形だった。
(なんなんだ?この世界は…。人間だけじゃなく魔族まで容姿端麗なのか?
これあれじゃね?逆に平凡な顔をしている俺こそこの世界ではイケメンだったりするんじゃないの?)
そんなわけは無いとわかりつつも僅かなその可能性に縋るしか無い自分に悲しくなる。
その答えは、今までのこの世界での生活で一度たりとも恋愛イベントが発生していないという事から容易にわかる事なのに。
「お前は……魔族?――――あぁ違ってたら悪い、なにせ今まで一度も見た事がないもんでね」
「いーや合ってるよ。道理で俺の姿を見て冷静なわけだ」
冷静ってわけでも無いのだが。俺はこう見えて奴の一挙手一投足を注視している。
なにせ俺が知っている魔族はあの魔王だけだ。こいつが本領を隠しているだけで実はあれに近しい力を隠し持っているという可能性も十分あり得るからだ。
「俺は普通に旅をしているだけなんだけどさ。どうする?人間と魔族が遭遇したらやっぱり戦うもんなのか?」
出来る限りフランクな感じを装いそう言うと、奴は頭をポリポリ掻きながらアクビをした。
「別にそんな決まりは無いよ。そもそも大体の人間は魔族と出会ったら大慌てで逃げ出すからな。」
その答えは正直以外だった。俺の中での魔族のイメージは正直いいモノでは無い。あの魔王にせよ手を出される事こそ無かったが温厚なイメージなど到底持てなかった。
それにレスティア王国側は明らかに魔族に対していいイメージを持っていなかった。その為相手側も同じ気持ちでいる可能性が高いと見ていた。
(まぁ戦わなくていいならそれに越した無いのだが)
なんてぬるい考えを抱いてるのが伝わったのか、俺の淡い幻想は一瞬で砕かれた。
「まぁそれでも俺は戦いが好きだし?こんな所まで一人で来れる強そうな人間をむざむざ逃がすなんて事は――――無いけどなぁ…っ!」
奴がそう口にした瞬間高まる殺気、押し寄せる威圧感。肌がひりつく様なこの感覚は恐らく錯覚では無いだろう。
「だよなぁ…。――――じゃあ、やるか」
言うや否や飛び掛かってくる魔族。飛び掛かってくるという表現が正しいのかどうかはわからないが。
何故なら気付いた時には既に俺の目と鼻の先に奴がいたからだ。首を掻っ切ろうとしてくる奴の凶刃、それは奴自身の爪。
その爪撃を俺は瞬時に魔力付与を施した剣で受け止めた。ここ最近でだいぶ強い魔物達の相手をしてきたつもりだったが、奴の速さと攻撃の重さは今までのどの魔物よりも凄まじかった。
「――っぐ、うらぁッ!」
いつまでも鍔迫り合いしているのは体力の無駄と判断し、一旦力任せに奴を強引に弾き飛ばした。
すると奴は一瞬だけ驚いた様な顔をしたが、すぐに舌なめずりをしながら楽しそうにこちらを見やる。
「――――へぇ、やっぱり強いなぁお前」
「お前も中々強いと思うよ。まぁ多分俺の方が強いけどな」
「くっくっく…言う…ねぇっ!」
今度は薄い光を帯びた爪が俺を襲う、心無しか先程よりも速さが上がっている様に感じた。
そうでは無いかと思っていたが先程のはやはり全力では無かった様だ。自分でも闘いが好きだと言っていたし様子見の様なモノだったのだろう。
(――――やっぱり強いなこいつ。ほんとに魔物と人間のハーフそのものって感じだ)
俺はその初撃を剣で弾き、一旦後ろに跳躍して距離を取った。恐らくだが近接戦では分が悪い。
出来る限り平静を装ってはいたが、こんな馬鹿げた速さの攻撃をいつまでもいなし続けるのは到底不可能。
「悪いな。こっちはこれが本領なんでね」
炎の槍を50個程具現化し、それら全てを敵に向け飛ばす。流石にこの数全てを防ぐのは無理だろうと思っていたがそんな事は無かった。
奴は半分程を魔法で相殺し、残りを爪で切り裂きながらこちらへと突貫してくる。
(あれだけ速い上に魔法も一流かよ…。聞いてた通りの存在だな、魔族)
だがここまでは予想通り。俺はすぐさま土の壁で魔族を囲む、だがそれで止められたのはほんの一瞬だけ。
奴はそんな壁など端から無かったかの様に、一瞬で壁を壊し再度突貫してくる。
だがその一瞬が大事だった――――自分の姿が魔族の視界から消えたその瞬間に飛行魔法を使い魔族の背後に回る。そして背後から雷の槍で魔族の胴体を貫いた。
「ッグァアアア!」
流石の魔族も俺の魔法に直撃して無傷とはいかなかった様だ。背中から煙を上げ、苦悶の表情を浮かべている。
だが安心したのも束の間、奴の背中から出ていた煙の量がみるみる減っていく。
その光景に俺は、つい最近同じような光景を見た事を思い出す。
(高速再生…か。魔物のスキルを使えるのは俺だけじゃないって事か)
「――――ッチぃ……めんどくせぇけど本気で行くか」
【「身体能力向上LV5」を取得しました】
【「高速再生LV3」を取得しました】
奴が持っていたスキルはどれもこれも俺の持っているスキルの上位互換だった。そして先程の言葉通り、確かに奴は本気を出したのだろう。
先程とは段違いのスピードで襲い掛かる魔族。だが奴と同じスキルを手に入れた俺もそのスピードについていけてしまう。
これには魔族も度肝を抜かれている事だろう。
実際俺は手加減をしていたわけではない。ただこの魔族が本気を出せば出すほどそれに比例して俺も強くなれてしまうのだ。これは相対する相手からすればたまらない事だろう。
「――――っな!なんでてめーがこの速さについて来れる!?」
「さぁな。さっきまではお前に合わせてただけかもな?」
奴が悔しそうに歯ぎしりをしているのがわかる。自分の能力のチートぶりに敵ながら同情してしまう。
呑気にそんな事を考えていると、奴は苦し紛れか力任せに殴りかかってくる。
だが俺はそれすらも平然と受け止めて見せた。何も不思議な事は無い、同じスキルを持っているのだから簡単な事だった。
「――――馬鹿な…。力まで…だと?」
こう見ると流石の魔族も哀れだった。喧嘩を売ってきた時の自信満々で生き生きとしていた頃の奴を知っている俺には、あの驚愕と絶望の入り混じった表情は中々に愉快なモノだった。
「そろそろ終わりにしていいか?」
話に聞く魔族は何もかもが人間より遥かに勝っていると聞いていた。確かにその話は事実だった。
力も速さも人間とは到底比べ物にならないレベルの上、魔法だってなんなく詠唱破棄を使っていた。
更には魔物のスキルまで持っているのだから人間如きが勝てる道理が無い。
そんな優れた存在である魔族は当然の様にプライドも高いのだろう。俺の嘲りの言葉を聞いた瞬間、奴の表情が劇的に変わった。
「に…人間如きが調子に乗ってんじゃねえぞごらぁああ!!」
激昂している奴を俺は、冷静に見据え剣を構えた。
――――最早これ以上は茶番。もう終わらせてやる事にした。
イメージするは奴を囲む煉獄の蛍火――――その瞬間、奴の周りに現れる100を優に超す火球。
俺が目を閉じると同時に、それらが全て標的へと殺到した。
奴はそれらを自らの爪で迎撃するが流石に数が多すぎた、処理が追い付かず被弾する度に高速再生のスキルが発動し治癒を繰り返す。
負傷 治癒 負傷 治癒 負傷 治癒 負傷 治癒
それはまるで一種の拷問の様にも見えた。そして俺は別に奴に恨みがあるわけでも無い。
奴を長々といたぶるつもりも無い、そうすると今の自分に出来るのは一刻も早く幕を下ろしてやる事だけだった。
奴から有り難く頂戴した身体能力向上LV5のスキルを発動し、更に全身に魔力を付与。 そうして飛び出した俺の視界は―――今までとは次元の違うモノだった。
下手をすればそのまま奴を通り過ぎて数十メートル先の木に衝突し、ようやく止まる様な速さ。俺は細心の注意を払い奴の首に狙いを定めた。
駆け出す――――早過ぎる自身の速度にまるで自分以外の世界が止まってしまったのでは無いかと錯覚に陥る。
そしてそのまま奴の首を刎ね、残りの火の玉で奴の身体を跡形も無く消滅させる。
流石にここまで原型が無くなればいかに高速再生LV3のスキルを以てしても復活する事は不可能な筈。
終わってみれば激戦――――とは言えなかった。最初の5分以降はほぼ一方的だった様な気もする。
奴は確かに強かった。帝国の奴等と比べても、それこそこの森の魔物達と比べても桁が違うぐらいに。
(なるほどな。魔族か――――多分だが俺は魔族と相性が良さそうだな)
恐らくだが魔族は人間には無いスキルを色々と持っているのだと思う。だからこそそのスキルの差で人族達を蹂躙出来ていたのだろう。
だが俺との間にその差は生まれない、何故なら相手が強いスキルを持っていれば持っているほど俺も強くなるからだ。
だから恐らく、相当のLV差でも無い限り俺が魔族に後れを取る事はない様な気がした。
【LVが上がりました】
「ようやくか…。これで多分300かな?
というか……魔族を倒してもレベルが上がるのか…
――――それってもしかして…」
(いや深く考えるのはやめておこう。もしこの考えが当たっていたとしたら恐ろしすぎる)
なんだかよくわからないが今俺の心を埋め尽くしていたのは、強敵に勝てた喜びや安堵といった感情とは程遠いナニカだった




