はぁ...予想以上
店内の方から聞こえてくる食器の擦れる音、そして早鐘の様に激しく鼓動を鳴らし続ける自らの心臓の音。
今俺は、昨晩と同じ様にエリスちゃんの部屋?に通され彼女が店仕舞いを終えるのを待っていた。
「なんだこの状況は…。とてつもなく緊張するんだが…」
(普通逆だよねこれ。男の方がこんなにドキドキして部屋で待ってるっておかしいだろ!)
そんなドキドキしている反面、先程彼女が言っていた言葉が少し胸に引っかかっていた。
話を聞いて貰いたい、それは一体どういう事なのだろうか。
知り合ってまだ日も浅い俺に何かしらのカミングアウトがあるとは考えづらかった。
――――――だとすると……やはり告白?
(いやいや何回目だよこの妄想!まだ会うの4回目だぞ?ありえないだろ!)
努めて冷静に考える。一番可能性があるのはなにかしらの相談事の可能性、だがもしそうだとした場合たかだか一介の冒険者でしか無い俺にしてあげられる事など殆ど無い。
今一番俺が力になってやれる事と言えばそれは「お金」だった。汚い話だが今の俺の懐状況は潤いに潤っている。だからもし彼女がお金関係の事で悩んでいるのならば力になる事はやぶさかで無い。
だが俺が今まで見てきたエリスという少女が、人にお金を貸してくれなんて頼む姿は微塵も想像出来なかった。
(ていうかこの世界での異性を部屋に泊めるって事へのハードルの低さやばくない……?)
もしかしたら自分の考えが古いだけなのかもしれないとも思ったが、そこに対する観念の違いに驚きは禁じ得ない。
だが同時に彼女がそんな軽い人間にも到底思えないのだ。たしか彼女は俺と彼女のお父さんとの雰囲気が似ていると言っていたがその部分が思いの外大きいのだろうかとも考えたが、やはりそれだけで無条件に信用してはいけないのでは無いのだろうかとも思ってしまう。
(てかお父さんか…。老けてる…って事だよなぁやっぱり…)
散々幼いと言われ続けて見た目だ。やはり彼女が言っている雰囲気というのは見た目では無く中身の事なのだろう。
(……クール...とは違うんだろうなぁ...)
そんなくだらない事を色々考えているうちに、店仕舞いを終えた彼女が戻ってきた。
「すいませーん!お待たせしちゃいましたっ」
そう言いエプロンを外しながら部屋に入ってくる彼女の姿に、新婚生活の一部分の様な錯覚を俺が覚えていたのはここだけの話。
「全然大丈夫だよー。それで――――お話って?」
戻ってきたばかりの彼女にそう問いかける。急かす様な感じになってしまったが事実その部分が気になってまともに他の会話など出来なそうだった為仕方が無かった。
だが彼女の答えは、どこか無意識に身構えてしまっていた俺が思わず拍子抜けしてしまう程なんて事のないモノだった。
「あー…。そんな畏まった感じじゃなくていいですよっ。ただ色々と愚痴とか悩みを聞いて欲しかったんです。
私ってそういうお話を出来る様な相手とかいなくて…。それにレイアさんも色々と気になっている事があるんですよね?
レイアさんが次ここに来るのいつになるかわからなそうだったから、それなら行っちゃう前に色々と話しておきたいなぁ…って」
色々と身構えていた為拍子抜けしてしまったが、要はシンプルに雑談をしたかったという事なのだろうか。
深刻な話で無かった事に安心した様な、残念な様などこか複雑な気持ちだった。
「そういう事かー。なんだ、てっきり告白でもされるのかと思ったよ」
「いや流石にそこまで軽くないですよ私っ!」
色々と真剣に考えていたこちらの空気を察したのか、つられてどこか申し訳なさそうに見えたエリスちゃん。
そんな彼女を笑わせる為に言った冗談は思いの外しっかりとウケてくれた様で、場はしっかりと和やかな雰囲気に変わってくれた。
「ごめんごめん。それで……どうする?俺が質問していくような感じの方が話しやすいかな」
「そうですねー。うん、それでいいと思います」
(これは普通に俺が気になっていた事を聞いていけばいいんだよな?)
「――――じゃあ……いきなりなんだけど、どうして友達がいないの?エリスちゃんは凄く社交的で人当たりも良さそうなのに、そこに最初凄く違和感を感じたんだよね」
いきなり核心を突いた。聞かれる人によってはとても失礼な質問にもなり得るが今回の場合はそうでは無いと感じていた。これは本当に純粋に抱いていた疑問なのだ。
「えーっと……まず最初に。私はそこまで社交的なタイプじゃないですよ?お客様としてだったらそりゃ最低限愛想よくも出来ますけど……それでも世間話とかは全然話したりしません。
レイアさんとよくお話していたのは、昨日も言った様にお父さんと雰囲気が似てるからだと思います!」
知らぬ所でお父さん似の雰囲気が大活躍していたらしい。確かに振り返ってみると彼女が他の者と話をしている所はあまり見た事が無かった気もする。
「なるほど…。最初にって事は他にもなにかあるの?」
もしかするとそこは聞き流して欲しかった部分だったのかも知れない。そう聞いた時、彼女が少しだけ暗い顔をした様な気がしたから――――
「実は……私の家って借金があるんです…。だからずっと働き詰めで、勿論友達と遊んだりする時間とかも全然無くて…。
気の合う人とかいた事もあるんですけど――やっぱり長い間遊んだり出来ないとだんだん疎遠になっちゃって…。だから気付いたら一人ぼっちになっちゃってたんですよね」
そう言って彼女は苦笑いを浮かべる。その話を聞く事でこちらがどんな気分になるのかをわかっていたのだろう。だから先程彼女はあんな表情をしたのだ。
黙っている事も出来た筈、だが彼女はその選択を選ばなかった。もし相手が彼女では無い他の誰かだったなら捻くれている俺の事。同情を誘っているのか?なんて思っていた可能性もある。
だがこと彼女に置いてそんな考えは微塵も過らなかった。彼女はただ――こちらに対し嘘をつかないでくれただけなのだ。
茶化すつもりは無い。適当に聞き流すつもりも無い。ただこれ以上踏み込んでもいいのか、そんな事を思い躊躇ってしまう。
こちらは聞くだけだからまだいい、だが話している彼女はつらいのでは無いだろうか、嫌な事を思い出してしまうのでは無いか。
彼女の真摯さにこちらも無自覚に影響されているのかもしれない。
「――そんな事情があったわけね」
結果そんな無難な事しか言えない自分の浅はかさが恥ずかしくなる。
「あーっ!また遠慮してるでしょ!聞いて貰った方がすっきりする事もあるんですよ?だから気にしないでくださいっ」
何故か暗い過去を話している本人よりも落ちているこちらの様子も彼女は見逃さない。
(本当に…どうしてなんでもバレてしまうんだこの子には……)
そんな彼女の優しさに気付かされた。余計な気遣いなど失礼なだけだ、自分を哀れんでいない者に同情など単に蔑んでいるだけでしか無いのだ。
「わかったよ、ごめん。―――じゃあこれも聞いちゃうんけどエリスちゃんって冒険者に対してなにか思う事があるよね?冒険者って言葉を聞くとなんだか暗い顔になってる気がする」
「えっ、顔に出てました…?ごめんなさい…。別に冒険者さんがイヤとかじゃないんです。ただ私のお父さんも冒険者だったので……」
「お父さんが冒険者…?それがどうして暗い顔に繋がる――」
言っている途中で気付いた。どれだけ馬鹿なんだ俺は自分の愚かさに嫌気が差す。
この話の流れで行きつくところなんて決まっているのに、彼女の口からその先を言わせる事になってしまった自分に嫌悪感すら湧く。
「――――仕事中に……死んじゃったんです」
そんな事を言わせてしまった自分自身にどうしようも無く腹が立つ。
そして更に嘆かわしい事に俺は……何も言えずにいた。気の利く男だったならこんな時、なにか彼女の気が安らぐ様な事が言えるのだろうか。
ただ自分に腹が立っていただけなのだが、神妙な顔をして黙っていた俺に気を遣ってくれたのか必死に空気を切り替えようとするエリスちゃん。
「――――って、ごめんなさい。なんだか重くなっちゃいましたね!別に最近の事ってわけでも無いので気にしないでくださいっ」
年下の少女にここまで気を遣わせる。改めて自分という人間の浅慮さを痛感しつつも、今自分がすべき事を必死に考える。
必死に考えた末、絞り出したその答えが正しいのかどうかなんて微塵も自信は無かった、無かったがこれ以上彼女に気を遣わせるのにはもう耐えられなかった。
だから俺は、浅慮な自分に相応しく―――浅い言葉を吐く。
浅かろうがなんだろうがそれが俺の本心だったからだ。
こんな俺にでも出来る事、それは彼女に対し真摯に向き合う事、彼女には決して嘘はつかない。今この瞬間――――そう決めた。
「なんかあったらすぐに言ってくれ。俺に出来る事なら何でもするから」
そう言った時の彼女の驚いたような笑顔は――――とても印象的だった
心の底から思った――――この子には幸せになって欲しいと




