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兄上お慕いしております!拙者は今日もにんにん忍ぶでござる。

窓から注ぐ日差しを受け目を覚ます。


少しドキドキとしながら周りを警戒する。


「今日は……大丈夫そうだな?」


息をはきつつベッドから降りると、寝間着を脱ぎ制服へと着替えてゆく。


「靴下わっと……」

「あ、今日はこちらが良いでござる」

「あっ、ありがピャーーー!!!」

俺は飛び退きベッドの上に退避する。


「兄上、朝から大声を出すのは体に負担がかかるので控えた方が良いでござる」

「お、お、お……お前!いつからいた!」

目の前には、制服に身を包んだ見た目は美少女だが色々と残念な妹が小首をかしげていた。


「いつから、と言われましても……ずっとという答えになってしまいますれば?」

「ずっと?」

「ええ。昨晩からずっと?」

「ぞっとするわ!」

なぜ首をかしげながらなのか問いただしたいが、相変わらずの様子にため息をつくことしかできない。


「早くしないと遅刻するでござるよ?」

そう言って俺の靴下の口を広げ「拙者が……」とにじり寄ってくる妹に今日も恐怖を感じてしまう。


「自分で履けるわ!」

そう言って靴下を奪い去るとベッドに腰を下ろし急いで履いた。


時間を確認するとあまり余裕はない。

急いで上着を着てトイレに駆け込む。


「ふぅ」

ため息をつきつつもすっきりと朝の一番搾りを放出しペーパーを……ん?無くなったか?仕方ないと立ち上がり棚の上に手を伸ばし、お、丁度トレペが1つ取れ……


上を向くと天井の板がズレ、妹の顔が見えた。手にはトレペを持ちそれを俺の手に……

俺はそのトレペを顔に投げつける。


「ぎゃん!」という声と共に顔が見えなくなった隙に、急いで棚にあった別のトレベで尻を拭きトイレから飛び出した。


「兄上、窓が全開でござる。朝から拙者へのおねだりアピールで……」

俺は目の前になぜかいる妹の良くしゃべる口を素早く掴みぐりぐりとした後、チャックを上げ居間へと移動した。


背後から「兄上のナニを握った手でおひねりプレー」などと声がしたが無視を決め込んだ。


冷蔵庫を開けると牛乳をコップに注ぎ飲み干した。


「兄上に白い汁が補充されてゆく……」

無視だ。無視無視。


朝を食べる暇はないのですぐに出る。

玄関を出ようとすると背後から、というか耳元で声がかかる。


「兄上、忘れ物でござる」

耳に息がかかるほどの距離で囁かれ「ぴゃっ!」と逃げながら振り向くと、妹は俺の鞄を手渡してくれた。


「す、すまんな」

そう言って靴を履き玄関を出る。


「拙者への熱い口づけをお忘れでは?」

無視して玄関から逃げるように出ていった。


それから、通学路は何事もなく学校までたどり着く。

妹は反対方向だから一緒に着いてくることも無い。学校だけが心癒される空間でもあった。いっそ学校に住もうかな?


1つ年下の妹である早苗は、小さい頃から俺に良くなついていた。

小学生高学年の頃、両親が事故で死に叔父の金銭的援助を受けながら2人で何とか暮らすことになった。


「お兄ちゃんが早苗を守ってやるからな!」

「うん!お兄ちゃん大好き!大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるの!」

そう言っていた頃が懐かしい。


そして、中学校に入るとアニメでやっていた忍者に憧れ、「私、立派なくのいちになる!」そう言って家を飛び出した。

3日3晩探したが結局見つからず、警察に捜索願を出していた。


だがその3年後、妹は立派な忍びになって帰ってきた。


「兄上、遅ればせながら帰ってまいりました!これからは兄上のことを拙者が一生お守りするでござる!」

とりあえず泣きながら抱きしめ、「疲れただろ?ゆっくり休め……」と温かい食事で持て成し、そのままにしておいたベッドに寝かせた。


そんなこんなで妹も今では立派な忍者(ストーカー)となった。


癒しの場である学校で、放課後も遅くまで友達と一緒に部活動に汗を流す。

県大会にも進んだ強豪のサッカー部だ。


試合も近いので最後の追い込み。俺もボール拾いに汗を流している。いずれは試合に出たいなと思いながら。


先輩方が返った後、シャワー室で汗を流し部室のガキを閉め友達を歩いて帰る。

途中で友達とも別れ一人夜道を歩く。


「少しだけゾワっとするな」

薄暗い道を歩きながら何の気なしにそうつぶやいた。


「拙者がいるので大丈夫でござる」

「ピィーヤァーーー!!!」

突然横からの声に心臓が口から出そうになった。


「兄上……近所迷惑というものが……」

俺は容赦なく妹に拳を落とした。


「兄上ひどいでござる……」

涙目で上を見ながらそう言う妹に、少しキュンっとしてしまうが首を大きく振り邪念を捨てた。


「ひどいじゃねーよ!心臓止まるかと思ったわ!」

そう言った俺の胸に飛び込んできた妹は、胸に耳をあてホッと一息……


「良かった動いてる!」

「止まっててたまるか!」

肩を掴んで引きはがすと、名残惜しそうに俺を見る妹に少し手が緩むが、すぐに思いとどまりグインと力を入れ突き放す。


「家で待ってれば良かっただろ!」

「ですが、拙者がいない間に兄上が不埒な輩に攫われでもしたら……」

「そんな輩はいねー!」

「では、隕石が兄上の頭上に……」

「落ちたら早苗が何とかできるってのか!」

そんな俺の言葉に首をかしげる妹。


「頑張れば?」

「頑張ればいけるんかよ隕石……具体的にどうやって?」

我ながら馬鹿な質問だとは思ったが、しばし沈黙が続く。


「これをこうやって……忍法、極竜爆撃破(ドラゴンクラッシャー)を……」

右手を大きく回して天を突く動作をしながら説明する妹に、大きなため息を返す。


「ちなみにそれはどんな忍術だ?」

投げやりに聞いてみる。


「隕石がこう、兄上の至高の脳を目指して落ちてきたとしますれば……」

手で上から俺の頭の方にゆっくりと動かす妹を見て、「ほうほうそんで?」と返してみる。


「それを拙者がこう、下からぐっと……」

そう言いながら両手を下にぐっと下げ、溜めるように腰を落としている妹。


「ここから一気にこうっ!」

右手に全部の勢いを預けるように突き出し、勢い余ってぴょんと飛ぶ。これはいわゆる昇〇拳では?


「ほんで?手から光線でも出るの?」

「兄上、漫画の見すぎではござらぬか?」

妹がジト目で見ている。


「お前が言うなよ!じゃあどうなるんだよ!」

「ですからこのように力を籠めた拳の一撃により、隕石などパカーと!」

「パカーっとじゃねーよこのバカが!」

その言葉に「むー」と言って頬を膨らませる。ちょっと可愛いなと思ってしまった。


「とにかく!何があっても兄上は拙者がお守りするでござるー!」

「はいはい」

無駄な体力を消費したくないと適当に相手することにした。


そんな毎日を送る中、今日は休みだショッピングだ!ということで池袋に移動する。


妹も多分だが着いてきている。時折背後から鼻息がかかるからな。振り向いてもいないが……


山手線で数十分。

池袋に到着し駅を出ると目的のソフ〇ップへ歩く。


目の前には人だかりが……やっぱりここら辺は混んでるな。

そう思って見ていたが、近づくにつれ怒号やら悲鳴やらが聞こえてきた。


好奇心に負けその人だかりに近づくと、急に目の前の人の群れがわっと割れる。

そして見えたのは包丁を振りまわしているおじさん……それがこちらに近づいてきていた。


咄嗟に身構えるがそのおじさんと目がばっちりと合ってしまった。

身が竦んでしまった俺に、そのおじさんはニッコリと笑顔を浮かべた。


そしてこちらにドスのように構えた包丁を突き出すようにしてこちらへ走り出した。


「きぃえーーうぃぃ!」

気合の声と共に飛び込んでくるおっさん……


「兄上!」

身体が竦み動けない俺の目の前には、妹が割り込んでくる。


「早苗!」

咄嗟に叫ぶが、おじさんは容赦なく妹に包丁を突き刺し、「ぐっ」と言うくぐもった声が聞こえうずくまる妹をスローモーションのように見ていた。


そして、地面には柄だけになってしまった包丁が落ち、おじさんは妹が飛ばした投網のような物に絡まり藻掻いていた。

すぐに周りの人達がそのおじさんを取り押さえ、俺は倒れる妹を抱きかかえる。


「早苗!死ぬな!俺の為に……こんなところで死ぬんじゃない!一生俺を守ってくれるんじゃないのか!」

俺は必死に声を掛ける。


「ぐほっ!」

そう言った妹からは鮮血が飛び散っていた。


「早苗!」

そして俺は妹を抱きしめる。


「ぐふふぅ!」

変な声をあげる妹。


俺にもどくどくと流れる血が顔に……


顔に?

ホワーイ?


俺は妹の顔を見る。


「拙者、ついに、兄上を一生お守りする契りを交わし申した……」

恍惚の表情を見せる妹の鼻からはダクダクと鮮血が……


俺は慌ててポケットから出したティッシュを丸め鼻に突っ込んだ。

そして妹の上着をめくる。


「綺麗な腹筋してやがる」

「ぐふぉぉ!突然の劣情!」

俺の顔には妹に詰めていたはずの真っ赤に染まったティッシュが飛んできた。


「フヘヘ」と笑う妹にもう一度ティッシュを詰めると深いため息をつく。


「お前、刺されたんじゃないのか?」

「兄上、拙者、そんなへまはしませぬぞ?」

「お前な……包丁、柄だけになってるじゃねーか。どうやったんだ?」

「それは、忍法、竜星の一撃(シューティングスター)により横からバーンと……」

そう言って手をクイっと自分の腹の前で横に動かす妹。


良く見ると路地には包丁の刃も転がっていた。


「なんで鼻血なんて吹き出してんだよお前は」

「拙者はしかと聞いたでござるよ?兄上が一生守れと、それは兄上が拙者に"一生一緒にいてくれや~"って奴でござろう?」

「そんなミッキーみたいなこと言ってね……え、よ?あっ言ったわ」

また「ぐほっ」とティッシュを飛ばす妹。


「いい加減にせい!」

そう言って再びティッシュをつめる。


気疲れもあり疲れ切った俺は地べたに座ると、すぐに到着した警察により事情聴取をされた。


数日後……


「お前、すっかり忍ばなくなったな……」

「拙者、もう公認でござろう?」

寝起きから隣に寝ていた妹を見て、深いため息をつくしかなかった。


「兄上、拙者が一生お守りするゆえ、末永くよろしくお願いするでござる」


今日も忍ばなくなった妹にストーキングされる一日が始まった。



おしまい



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