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2-2 同居の始まりとベレニス事件


「どうでしょうか」


 レモン色のワンピースを着たティナは嬉しそうな表情を浮かべた。さらさらとしていて着心地がよい。


「どうでもいい。というか暗くて見えん」

「ドレスよりこちらの方がいいですね。締め付けもなくて楽ですし、軽いです」

「そうか」


 二人は自宅に戻るために小さな森を歩いていた。日はすっかり落ちている。梟の鳴く声だけが聞こえる静かな夜だ。


 ティナが風呂の入り方や着替えの方法をマーサから教えてもらっている間に、クロードは大量の荷物を運び終えていた。

 先ほどまで着ていたローブを胸に抱いたティナは、小さく口を開く。


「クロード様は元々王都に住んでいらしたのですか?」

「なぜそう思う」

「このローブ、魔法局の紋章がついています」

「五年も前の話だ」

 

 早々と歩くクロードはティナの前を行き、表情は見えない。だけどクロードを纏う空気が一瞬ピリッとしたことを感じて、ティナはそれ以上は聞けなかった。


(どうして魔法局にいらっしゃった方がここに住んでいるのかしら……お若そうだし、引退したわけでもなさそうだわ)

 

 そんなことを思いながらもティナは黙ったまま、クロードの後をついて歩く。

 魔法局で働けるものは限られている。魔力があり魔術を極めた者しか入れないし、平民にはそのチャンスも与えられない。つまりクロードは貴族なのだろう。

 なぜ貴族で元魔法局の人が国の外れの小さな村にいるのか。不思議に思いつつも聞けないまま、クロードの家に到着した。


 オレンジ色の光が優しく照らす穏やかで小さな家に入る。

 

「私の椅子があります」


 ティナは嬉しそうな顔をして椅子のもとへ急いだ。ロッキングチェアの隣に木製の椅子が置かれてる。


「ばあさんにもらった古いやつだぞ」

「ありがとうございます、大切に使います」


 そして机の上にはパンと鍋に入ったミルクスープ。


「君、腹減ったんじゃないか」

「そういえば何も食べていませんでした……見るとお腹が空いてきますね」

「ばあさんからもらったやつだ」


 そういうとクロードは暖炉に鍋をかけた。暖炉に火を点けるとすぐにぐつぐつと湯気が立ち、香りが部屋中に充満する。

 香りにつられて、ティナのお腹が小さく鳴り、真っ赤になりながら謝罪した。

 ここにきてからずっと緊張で張り詰めていたティナの顔がほどける。そうしていると年相応の表情が生まれた。


「はしたないことを……申し訳ありません」 

「別にここには誰も咎める者はいない。ほら」

 

 クロードは木のカップにスープをよそうとティナに渡した。


「ありがとうございます」


 スプーンですくって口の中に入れる。一口飲み込むと喉から胃がじんわりと温まり……ティナの瞳から涙がぽろりと出る。

 ティナの皿にパンを並べてやっていたクロードはぎょっとしたように顔を見た。


「口に合わなかったか? さすがに貴族のような食事は出せないからな」

「いえ、違います。嬉しくて……ありがとうございます」

「はあ? このスープが?」


 作った本人でもないのに偉そうにクロードは片眉をあげた。


「クロード様もマーサ様も優しくしてくださいます」


 そう言うとティナの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ出る。驚くことの連続で、感情の整理も出来ていなかったが、ティナはずっと不安だったのだ。

 

 魔力が徐々になくなっていくひと月は、悔しい思いをすることも多かった。

 魔力が戻ればいいと願ってはいたけれど。誰かから奪おうなんて考えは一度も思い浮かべたことなどなかった。

 

 しかし現実には、ティナは魔力を奪おうとした大罪人として捕らえられた。

 暗い塔の中で過ごす日々を考えていたのに。何の運命か、この小さな家であたたかな食事を食べている。

 今まですべてのことが現実とも思えなかったが、喉を通るあたたかさは紛れもなく現実で、切なさなのか安堵なのか、涙腺が一気にに緩まってしまったらしい。


「僕が優しい? そんなこと二十年生きていて初めて言われたな」


 涙が止まらなくなったティナを見て、クロードは困ったように顔を掻いた。照れているのか、本気で困っているのか……どちらでもあるのだろう。

 クロードは盛り合わせたパンをティナの前に移動させて、居心地悪そうにスープをすすった。


 ・・


 食後、クロードはティナの首に埋め込まれた種を大きさを測っていた。

 ティナが眠っていた二日も大きさを測り続けていたらしい。


「変化はなさそうだな」

「良かったです。日毎に大きくなると言われたら不気味ですから」

「既に不気味ではあるがな」

 

 数値をノートに記入すると、クロードは触ったり、撫でたりして種を確かめる。


「くすぐったいです」


 ティナが身をよじると「動くな」と肩をがっちりと掴まれる。

 くすぐったいし……、ここまで男性と距離が近くなったり、こんな風に触られたりするのは初めてなのだ。

 身体が緊張して、身をよじりたくなる気持ちもわかってほしい……とティナは思った。


「できれば成分を採取したいとも思ったが、この種を削って君の身体に影響が出ても困る」

「気遣ってくれたのですね」

「僕は正常な倫理観をしている」


 クロードはティナから離れて、自分の椅子に座りなおすと、食後に淹れたはちみつたっぷりの紅茶に口をつけた。


「種は毎日計測、観察する。それから一応文献や魔術書は調べ直していく」

「お手伝いします!」

「君は過去の事件について調べてくれないか。過去の殺人事件や、魔力絡みのトラブルなんかを。魔力譲渡の研究をして捕まった人間なんかもいるかもしれない。ばあさんの家に大量に過去の新聞がある」

「わかりました」


 手伝うことが見つかり、ティナはほっとする。居候するのだから、何か調べることくらいはしたい。


「昼にも言った話だが、過去にも文献は調べ尽くしている。実物の種がここにあるから、新たな気づきがあるかもしれないが大きな進展は期待できない。


 やはり、ベレニス事件から考えていくのがいいだろう」


 あの事件が自分に罪を着せるために起きたことなのでは……と考えるだけでティナの背筋は冷たくなるが、避けては通れない。


「まずはあの日のことを振り返ろう」


 

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